腐ったまちの一角。私はそこに向かわされている。私のせいではないのに。今どこにいるのかわからないけど、空は明るいのに大人の人が多くて、煙草臭い。男が多くて気分が悪い。過ぎ去るビルは看板に男の写真が写っていて、すごく怖い。こんなところに住むのかと、不安になる。
前を歩くのは父だ。今から一緒に暮らす人に会いに行く。義母と義兄。急に兄という存在ができることがすごく怖い。だからこのまちも怖く見えるのだろうか。
なんの相談もなしに再婚を決めた父に怒りを覚え、強くあたるようにしている。新しいお母さんも私を救ってくれることはないだろうと思うと悲しさで壊れてしまいそうだ。
前を歩くお父さんが、突然立ち止まる
「着いたよ。」お父さんがそう言った。
「は?ここ?」目の前には通ってきた道と同じような看板。そして煙草臭い空気。ビルはまだ新しいが、お昼頃なのに賑やかじゃないのが怖い。
「とりあえず中に入ろう。説明は後でするから。」お父さんはそういうけど、全く納得できない。こんなところで暮らすなんて。
余談だが、父は成人までは一人暮らしさせてくれない。そういうところも嫌いだ。
「入るからね。」お父さんはそう言って立ち止まった。金のプレートに筆記体で文字が書かれている。
「は?嫌だよジジイ」私がそう言うと、お父さんはため息をついた。
「美晴は可愛い顔してるんだから、汚い言葉は控えなさい。」子供に言い聞かせるような口調と内容がムカつく。
「黙れおじさん」若干、丁寧にそう言った。
お父さんが目の前の扉を押した。
「お客様、申し訳ございません。開店前でございます。」扉の近くにいた男がこちらを振り向き、そう言った。
「実は私、こういうものです。」そう言って名刺を差し出す父。
それにしても、お昼頃に営業しないなんて、おかしい。なんのお店なのか見当がつかない。ホストとか?クラブとか?キャバクラとか?それなら前の家の方が狭いけれどよっぽど好きだ。そう考えているうちに、お父さんに呼ばれた。
お父さんにつづいて廊下を歩く。
こんなところに自分が入るなんて、すごく怖い。だんだん暗くなっていく照明に、心臓の音が速くなった。もう抗えないのだから、このくらいは許してほしい。
「お待たせいたしました」ウェイターのような服装の人だ。
「中へお入りください。」そう言って押し開けた扉は、少しだけ煙草の匂いがした。
お母さん、ごめんなさい。私、少しだけ誰かの娘になります。じゃあね。