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「目標、成層圏下部の対流圏界面付近まで上昇し巡行。イオン濃度をホログラムパネルで表示。外気温-2°より凍結防止フィールドを展開」
≪了――― ≫
≪機体上昇角によりμ《ミュー》値を補正し常時演算。フィールド上に粒子被膜を生成します≫
「頼む――― 」
≪告――― 危険な減衰《げんすい》振動を感知。如何《いかが》されますか?≫
「振幅を自動計測し上昇角を再演算。抜け道を探せ、空中分解だけは勘弁だ」
≪了――― ≫
「剛性が弱い割に容量の大きな物を詰め込み過ぎたな、バランスを取るのも冷や汗ものだ。あのジジイめ」
≪現在時速467㌔で上昇中。上昇角修正。高電磁波規定量確認。エネルギーガンマ熱量に転換――― オーグメンターにより再度加速します≫
「了解――― 」
≪重力加速度が約14.3秒間8Gを越えると予測され、ブラックアウトを引き起こす可能性があります。重力環境培養装置《クリノスタット》を起動し、操舵室内部の重力分散を行いたいのですが許可願えますか? ≫
「あぁ任せたよ。優しく頼む」
≪オーグメンター再度加速を承認。エネルギー噴射を開始します≫
≪アフターバーナー起動5秒前4・3・2…… ≫
―――再点火《ファイヤー》―――
ビリビリと操舵室が激しく縦揺れを起こす。後《のち》に訪れた突き上げる様な衝撃にパラパラと頭上に埃が舞うと、更にドンッと暴力的な重力加速度が身体を座席に磔《はりつけ》にした。不安を煽る不規則な振動が脳を襲う。認知している筈の映像が視界から外れ、ホログラムの計器画像に乱れが生じると、抱いていたモフモフが膝元を飛び出し斜め後方に飛んで行った―――
「みぎゃぁぁぁ~ 」
「ぐおぉぉぉ―― 」
≪残り21.8秒で予定巡行高度11800mに到達致します≫
容赦の無い加速度は加減を知らず、操舵室の縦揺れは更に激しさを増す。船体が軋み悲鳴を上げると、頭上の計器類が小さなショートを起こし、それを切っ掛けに火花が散ると、照明がチカチカと切れ掛かる。
―――堪らず叫ぶ様に指示を飛ばす―――
「よっ予定高度到達までにっ減速をかかっ開始。オーバードライヴを併用しエンジン出力を20%低下。じゅっ巡航速度1200㌔を維持ぃ―― 」
≪了――― ≫
≪巡行高度到達。外気温は-56°巡行速度は1200㌔を維持、及びこのまま水平飛行に移行します≫
「はぁはぁ…… ふうぅ…… あっ有難う。ご苦労様」
機内が漸《ようや》く僅《わず》か乍《なが》らの落ち着きを見せると、急激な体調不良にグッタリと頭を垂れ、苦悶の表情を浮かべ苦しそうに少ない言葉を吐き出した―――
「すまんマザー。やっぱり…… ダメだったようだな。すっかり夜喰いに…… 追い付かれちまった。どうやら此処までのよう…… だか…… ら…… 後は…… 頼む」
そう言い残すと少女はマザーに全てを託し床に倒れ込んだ。
≪マスター⁉ ≫
するとどうだろうか…… 暫くするとまるで何事も無かったかの様に少女はまた目の前でムクリと起き上がってみせた―――
≪マスター大丈夫ですか? ≫
―――うっんん―――
「アイタタタッ…… やっと出れた――― 」
≪マスター⁉ あのっ⁉ マスター⁉ ≫
「ああんもうッ、マスターマスターってッ るっさいわねぇ‼ あたしはミューよッ⁉ 変な名前で呼ばないでよッ。うわッ⁉ ダッサ何このセンスの欠片も無い格好…… しかも臭いし最悪なんだけど。げッ⁉ ど~でもいいけどさぁドクロ好きなのって普通チビッ子よね? 」
【メタモルフォーゼ】
変身や変化という意味指す。生物学では、昆虫等が成虫になる過程で姿や形等の形態を変える事をメタモルフォーゼ《変態》と言うが、この場合は特殊な事例で、外見では無く、精神下でのメタモルフォーゼ化であると一部研究機関により提唱された。唯一、月下人種《ムーミン》の純血種《デイウォーカー》のみに見られる現象であり、現在も詳しくは解明されていない。
人格だけでは無く身体能力や趣味嗜好に至るまで違いが顕著に表れ、この自称『ミュー』に限って言うならば、夜間視力の向上と膨大な魔力《オーラ》を身に宿し、縦長のスリット状の瞳孔を持つ赤い眼球が特徴となる。この事から単に二重人格と定義するのも難しく、変異型のメタモルフォーゼであるとされた。
「ねぇ聞いてんのアンタ――― 」
≪あっハイ…… ≫
「しかしアンタもバルザもやってくれたわねッ」
≪何の事でしょう――― ≫
「とぼけるんじゃないわよッ! こんなオンボロの船にいいように金掛けさせた癖にさぁ。しかも聞きなさいよッ。汚ったないオヤジにアタシの身体をペロペロさせやがったのよッあの馬鹿は、信じられるぅ?」
≪はぁ…… ≫
「マジぶっころよッ、ねぇそう思わない? ぶっころしかないわよね? どうやればアイツを殺《や》れるのかしらッ…… あッ⁉ そうだ‼ 自分で頭を撃ち抜いちゃえばいいんだッ、そうよね? あははははッ、アタシったら、あったまいい~」
≪そっそれは――― ≫
「先ずはこの臭い服を捨てなきゃねッ」
ゴーグルを投げつけ、革製のパンツとブーツをダスターシュートに投げ入れる。男物のパンツを履いている自分に気が付くと半狂乱で破り捨てた。
「何でこんなもん履いてんだよッ‼ ふざけやがって‼ 玉が蒸れんだっつぅのッ」
全てを脱ぎ捨てあっと言う間に全裸になると、操舵室の隅《すみ》でガタガタ震えるモフモフを見つけ、見下ろす様に仁王立ちで立ち塞がった―――
「あぁ~ん⁉ 何だてめぇ~ あに見てんだよ殺すぞ」
≪まっマスターその生物は…… ≫
「天井裏《バックヤード》アクセス―― 」
すると天井付近から光を放つホログラムがゆっくりと回転し、何かが形を具現化させながら降りて来た。そしてその物体が掌に収まる頃には、重厚な銃へとその姿を変えていた。
「知ってるよッ、アタシだって馬鹿じゃないからねッ、ナニ人の股間ばっか見てるのよ。スケベな駄犬ね」
銃口がモフモフへと差し向けられると、堪らずコテンと震えながら腹を見せる―――
≪それは犬ではありません≫
「これッ、エイリアンって言う犬種でしょ? 」
≪それを言うならポメラリアンですね≫
「同じぢゃん‼ 何が違うのよッ、地球《グローブ》の古代種でしょ? ちゃんと知ってるんだから。騙そうったってダメよ」
≪いや犬では…… ≫
「まぁそんなことはどうでもいいわ」
キャプテンシートに腰を沈め、先程と同様に天井裏《バックヤード》から引き出した道具を使い爪に塗料を塗り始める―――
「あのさぁ、もしアンタがさぁ、バザーだっけ?名前」
≪マザーです…… ≫
「ばざー 」
≪motherです≫
「母親⁉ 」
≪産んでません≫
「アタシどっから出て来たのッ? 」
≪産んでませんってば≫