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第6話「ユキコのおばあちゃんち」
道は、登っているはずなのに下り坂のようだった。
木々が重くしなるように道を包み、草のにおいがぬるい風と混ざっている。
ナギは、無言のまま歩いていた。
濃い緑の影の中を、ミント色のTシャツがぼんやりと浮かぶ。
ボブカットの髪が額にはりつき、背中に貼りつく自由帳が少し重たく感じた。
そのすぐ前を、ユキコが歩いていた。
ワンピースのすそは揺れているのに、足音はしなかった。
首元のレースが少しほつれていて、それが妙に、目に残った。
「ここが、わたしのおばあちゃんち」
木々が急にひらけて、ぽつんと家があった。
まるで、山そのものに抱かれるように建っていた。
屋根はゆるやかに傾き、壁には苔がついていた。
だけど不思議と、壊れてはいなかった。
時間だけが、静かにこの家の中に沈んでいた。
ナギが戸を開けようとすると、ユキコが先にすっと手を伸ばした。
指先が戸にふれる瞬間、光がにじむようにして開いた。
中は、すこしひんやりとしていた。
畳のにおい、古い木のにおい、誰かの寝息のような空気。
「おばあちゃんは、今はたぶん、寝てるよ」
ユキコが言った。
「起こすの?」
「ううん……この家にいるってことだけ、ちゃんと見ておきたくて」
ナギはうなずいて、そっと上がりこむ。
廊下の先に、小さな仏間があった。
その奥に、しず婆が座っていた。
丸まった背中に、白髪がふわりと重なる。
畳の上に座るその姿は、時間そのもののように感じられた。
しず婆は、目を閉じていた。
でも、ナギたちが近づいた気配に、すこしだけ口を開いた。
「……ユキコ、また会えたね」
その声は、風が壁をすべったようだった。
なにか言葉を選んでいるのではなく、ただ、残った声が出てきただけのように聞こえた。
「今日はナギちゃんを連れてきたの」
ユキコがそう言うと、しず婆はゆっくりとうなずいた。
「よく、ここまで歩いたねぇ。あの道は、登ったり下ったりばっかりだったろうに……」
ナギは、なにも言えなかった。
ただ、しず婆の手元にあるものに目をとめた。
それは、古いハンカチだった。
でも、端の刺繍に、見覚えがあった。
それは──ナギの家にあった、祖母のハンカチと、まったく同じ柄だった。
「……ねぇ、ユキコ。しず婆って、本当に“おばあちゃん”なの?」
ユキコは少し考えて、首をかしげた。
「そうだった気がする。でも……たぶん、“おばあちゃんみたいだった”だけかも」
ナギは視線を落とした。
畳の目がまっすぐに並んでいて、その先に、時間が折りたたまれている気がした。
「じゃあ……わたしたちも、似た誰かなんだと思う?」
ユキコは、答えなかった。
ただ、その目が少しだけ色をなくしたように見えた。
家の奥、時計の音がしないのに、時間だけが流れている気がした。