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「ねぇ、お前ってもしかして」
俺のこと好きなの?
佐久間が無遠慮に突然そんなことを言い出すもんだから、恋愛に耐性のない俺は、反射的に否定してしまった。
「ないないないない」
手をブンブンと音が出るほどに振って、顔を背ける。一刻も早くこの場を退避したいと、伝票を無造作に掴み、席を立った。
行きつけの個室焼肉屋で、久しぶりに佐久間と二人きり対面で飯を食っていた。
俺にとってこの夏最高のイベントにして最大のチャンスがいまや風前の灯となって呆気なく目の前から消えようとしている。
佐久間への恋心を自覚してからというもの、彼を自分から誘うということが俺にはまったく出来なくなっていた。
昔からいつもこうだ。
誰かに好意を抱くと、当たり前に出来たことの手順が一気にわからなくなる。今日の焼肉は念願の佐久間に誘われて、天にも昇る心地で来たというのに。
いや。
相手は同じグループのメンバーだし、これで良かったのかもしれない。いくら大好きな仲間だからって、中途半端に付き合った結果に拗れて、深い仲になってからダメになるダメージに比べれば今この瞬間にこの恋を諦めた方が傷は浅いだろう。
「…………違うのかよ」
サングラスの隙間から見上げる佐久間の目は、笑いを取りに来ているようでも、からかっているようにも見えなかった。
それどころか、どこか不機嫌そうに俺を睨みつけている。
佐久間、お前はどうなんだよ。
喉元までそんな言葉が出かかるが、勿論言えない。
ここまで俺たちはどんな話をしていたっけ? 俺の脳は目まぐるしく回転した。少しだけ付き合った酒のせいでうまく頭が回らないことを全力で後悔する。
「まあ、とにかくもう一度座れ。俺にもう少し付き合え」
佐久間は何杯目かの酒のお代わりを頼むと、ついでに肉をさらに何種類か追加して、無言でサラダをむしゃむしゃと食べ始めた。胸も腹もいっぱいの俺は、大人しく席に戻ると、いつもと雰囲気が違う物静かな佐久間を気まずい気持ちでじっと見つめていた。
◇◆◇◆
「いや、飲み過ぎだって。バカなの?」
酒に呑まれた佐久間に肩を貸しながら、言われた住所をそのまま運転手に伝える。後部座席に強引に佐久間を押し込んで、そのまま帰ろうとしたら、佐久間の手が俺のシャツを掴んで離さなかった。仕方なしに隣に座る。とんだ酔っ払いだ。
「送ったら帰るからな」
そう佐久間に強く言うつもりが、発車した車の勢いでピンクの頭がぐいっと肩に乗り、思わぬ密着を受け、何とも情けなくか細い声になった。
「……お前、酒くせぇわ」
口から出て来たのはその程度の憎まれ口だけ。
耳に響く心臓の音と誤魔化しきれない顔の熱に、俺も酒に酔って寝たフリを決め込んだ。
◆◇◆◇
佐久間のことを俺がそんなふうに見るようになったのは、そもそも阿部ちゃんが発端だ。
『佐久間ってわかりやすいよね。翔太のことが本当に大好きだもんね』
二人きりになったタイミングでふいにそんなパスを阿部ちゃんが投げて寄越したのは、今から三ヶ月ほど前のことだった。その週に、俺はオフに一泊二日で地方に住む友達の所へ遊びに行く計画を立てていて、新幹線や宿の手配を全部佐久間に丸投げした直後だった。
「何を根拠に…」
「えぇ?だって、佐久間さっきまで楽しそうに手配してたよ。新幹線も、ホテルも。ぶーぶー文句言いながらいつも翔太に頼られるとなんだかんだ嬉しそうなんだよ」
佐久間と二人での仕事を終えたばかりの阿部ちゃんは、その後の打ち合わせで到着が遅れている佐久間がいない隙に、俺にそんな情報を伝えて来た。
「だから、これからも佐久間をコキ使ってやってね?あ、舘さま〜♡」
あざと可愛い笑顔で俺にウインクすると、阿部ちゃんは涼太のところへとさっさと行ってしまった。
人を好きになるのに、大きなキッカケなんて要らないと思う。
これは佐久間を意識するようになってからますます思い知った、俺の恋愛における持論だ。
俺の場合は、大抵、好意を向けられていることに気づいてからが恋の始まり。自分から人を好きになって、相手に気持ちを伝えるなんて俺の人生にはあり得ない。そんなことは想像すら及ばない世界の出来事だった。
それに俺の感覚では、自分から気持ちを伝えたら負け、なのだ。なぜなら俺は臆病だから。
万一フラれたら一生立ち直れないし、運良く両想いでも、自分から言ったという負目は交際中ずっと背負わなければならない。
………それにしても。世の恋人同士って、みんなどうやって結ばれるのだろう。
目の前をいいなと思う人が通り過ぎても、俺は見ているだけで自分からは決して手を伸ばさない。
結果、俺に伸ばされた手の中から、俺はいつも最良と思えるものを選ぶ。
ずっとそういう恋をしてきた。佐久間だって同じだ。だから、佐久間から始めてくれないと俺たちは始まらないのだ。
◆◇◆◇
「ほら、家に着いたぞ。じゃあな」
よろける佐久間を玄関に下ろし、すぐに踵を返そうとすると、佐久間が言った。
「逃げんなよ」
「は?」
「俺の気持ち、ちゃんと聞いてから帰れよ」
「気持ちって…」
「とりあえず、水」
半ば呆れながら、家に上がる。冷蔵庫を勝手に開けて、中に入っていた水を取って、玄関に戻り、佐久間に渡した。佐久間はペットボトルを一気に半分ほど空にすると、ふうっと大きく息を吐いた。白い首の中央の喉仏が忙しなく上下するのを俺はその間ただ見ていた。佐久間の目に力が戻る。
「舘がさ、俺に言うんだ。翔太って、俺のことが好きなんじゃないかって」
「………何だよそれ」
佐久間は佐久間で、気心知れた俺の幼なじみに俺への気持ちを焚き付けられてるらしい。今、目を逸らすと自分の気持ちが先にバレそうだったので、我慢して表情に出さないように佐久間の目を見返した。
「俺はさ…」
佐久間はじっと俺を見ている。唇を舐めた。佐久間の顔が赤く見えるのは、酒のせいか、照れているせいなのか俺にはよくわからない。
「翔太がいつも俺の隣にいてくれたらいいなって、思うんだけど」
「………………」
「…………だめか?」
「どうしてもって言うなら……いいけど…」
不安な気持ちがちゃんと成就して、自分なりに精一杯素直になったところで、佐久間が弾けたように笑い出した。腹を抱えていつまでも笑っている。なんだかバカにされたような気がして、自分の顔が火照っているのがわかった。怒りとも照れともつかない感情が込み上げてくる。
「ほんと、舘の言うとおりだな。素直じゃねえ」
佐久間は笑い、やっぱり可愛いなお前、と言うと俺の頭をポンポンと叩いた。涼太が佐久間に何を言ったか気になったけれど、今さら問い糺すこともできない。今回の恋の始まりはなんだか史上最強にくすぐったいものになってしまった。
おわり。
コメント
11件
かわいいわぁ…ほんと💙
素直じゃないしょっぴー かわいいなぁ💙