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「久しぶり、ライナーくん」
「あー、アイリスディーナ。久しぶり」
「なんだか迷惑かけてごめんなさい。私が誘拐された事で、騎士団に疑われてしまったのでしょう? 拷問もされたそうじゃない」
「そーだねー、気にしないで良いよー」
「優しいのね、ありがとう。でも、そうはいっても私は気にするの! もし、何かあったら私を頼ってね」
「いつかね」
ライナー・ホワイトがいつものように無造作にアイリスディーナの対応をしていると、周囲で遠巻きに見ていた人達の噂話が耳に入ってくる。
『アイリスディーナ王女、ベアトリクス王女を殺したらしいよ』
『行方不明になって、捜査している最中のベアトリクス王女を暗殺したって』
『え? それマジ?』
『噂だけど』
『でもベアトリクス王女は行方不明なんだよね。それにアイリスディーナ王女とは仲が悪かったらしいし』
『うわ、最低』
『犯罪者はさっさと捕まえろよ』
『王女だから不用意に騎士団も動けないんでしょ?』
『殲滅者の好きにさせてるのがその証拠だよ、ベアトリクス王女がいないから指揮系統が乱れているんだ』
『ベアトリクス王女じゃなくてアイリスディーナ王女がいなくなればよかったのに』
「…………」
ライナー・ホワイトはくだらない。そんな感想を抱く。ラアイリスディーナはにも言わず、気まずげに顔を伏せている。
『ほら、この事件。よく取れてるだろ?』
教室で空中投影されている映像には銀髪の髪をなびかせ、不気味な画面をつけたアイリスディーナの服を着た人型の怪物が暴れている姿だった。
『【悲報】うちの学校に殺人怪物がいる』
噂と情報が重ねられ、拡散されていく。尾ひれがつけられ、さらにクラスメイトがそれを広げていく。ものの数分でクラスは勿論、数時間で学園中にアイリスディーナの怪物の姿の情報は手の施しようがないほどに拡散されてしまっていた。
「……くだらない」
静かにそう呟き、ライナー・ホワイトはクラスに入った。アイリスディーナは静かに離れると、自分の教室へと向かっていった。
「―――どうもー、遅かったね」
例の事件が起きる前は当たり前になっていた集合場所に、アイリスディーナは1時間以上も遅れて待ち合わせ場所に現れた。
「……ごめんなさい。少し、用事があって」
「……そう」
感じた違和感。いつもに比べ、アイリスディーナの顔には翳りが見られる。だがライナー・アトラスはあえてそれを無視して背を向けた。
「…………」
「…………」
「…………」
「………ふぁ、ねむ。かえって良い?」
「……ねぇ」
「なに」
ふと、アイリスディーナが口を開く。その目は地面に向けられ、伏せたままだが確かにライナー・ほどに話しかけていた。
「あなた、聞いたんでしょ?」
「何を?」
「……私が、ベアトリクスお姉様を殺したってこと」
「……まあね」
「じゃあ、率直に聞かせてくれない?」
―――どう思った?
そんな問いかけに、アイリスディーナはベアトリクスをまじまじと見つめた。地面を見つける彼女の表情はわからない。だが、声は恐ろしく平坦だった。
「……どう思ったか、ねえ」
聞いた、というよりは読んだと言うべきだろう。だが、アイリスディーナの真意がわからない。どう答えるのが良いのだろうか。
……わかるわけがない。そんな会話スキルを求めるほうが間違っているのだ。
そうして早々に考えることを破棄し、ライナー・ホワイトは素直に思ったまんまのことを言ってやることにした。
「―――今日、僕は昼食に下級貴族セットを食べました」
「はぁ?」
突然の脈絡のない発言に、アイリスディーナが振り返る。ライナー・ホワイトはさらに続けた。
「どう思う?」
「はぁ? ……いや、どうって」
―――”それがなにか?”
ライナー・ホワイトとアイリスディーナの発した言葉が重なる。ライナー・ホワイトはそれにうんうんと頷き、アイリスディーナを指差した。
「そ。それと同じ」
「お、同じって……」
思わず絶句し、アイリスディーナが閉口する。ライナー・ホワイトは肩を竦め、面倒臭そうに言った。
「僕は君に興味はないし、人殺していようがなにしようが、僕の知ったことじゃない。それともあれか? この人殺し! 怪物! 近寄らないで! とでも言って欲しかったの?」
はぁ、とライナー・ホワイトは欠伸する。だがアイリスディーナは納得出来ないのか、しどろもどろになりながらも言葉を紡いだ。
「で、でも……姉を、殺したのよ? 犯罪者ならともかく。我を忘れて」
「だから? 誰かが死んだ。誰かが殺して殺された。―――で、なに? 殲滅者なんて人殺しまくってるって噂だぞ。僕は君が怪物になってベアトリクス王女を殺していようが、僕には関係ないし関係したいとも思わない。他人の事情に首突っ込むほど暇じゃねえんだよ、僕。お金さえ貰えればそれで良い」
実際、この事を知っても”そういえばそうだったな”程度の感想しか抱けなかった。
「というか。当事者でもない僕に、とやかく言う権利なんざないだろうに」
自分を真に理解できるのは自分のみ。
ライナー・ホワイトを理解できるのはライナー・ホワイトだけだし、アイリスディーナを理解できるのはアイリスディーナだけだ。
時には自分自身ですら自分のことがわからなくなってしまうことさえあるのである。たかが他人のために心を割いてやるほどライナー・ホワイトは優しくないし、偽善者でもない。
「……そっか。そうよね」
アイリスディーナは何処か納得したように頷いた。
「あのさ」
「なに」
「……ありがと」
「どういたしまして」
つい疑問系にしてしまったのは、何か礼を言われるようなことをしただろうか、と首を捻ってしまったからだ。
すると、アイリスディーナがくすりと笑った。やはりライナー・ホワイトにはよくわからない。
「……ま、あれだ。いつか君の悩みトラウマを解決するような白馬の王子様系主人公サマが現れるだろうよ」
ライナー・ホワイトは主人公ではない。一般人であり、陰で暗躍して楽しむ特殊性癖の持ち主でしかない。誰かを助けたり、世界を救ったりするのは主人公がすることだ。
「主人公、ね。あなたは違うの?」
「アホ吐かせ。僕はモブだ。モブの中のモブ。そして不幸にもアイリスディーナ王女のペットとしてお金にツラレて付き合うことになったモブだよ」
そんな事を考えていると、アイリスディーナが呆れたように笑う。
「……あなたってさ。やっぱり馬鹿よね」
「そうだよー、僕は馬鹿で間抜けでアホだよ」
「本当に、自覚症状がないとこが馬鹿なのよ」
馬鹿馬鹿言われて思わず閉口する。いや、たしかにテストの点数だと負けてますけどアレは力を抜いてるだけですからね。とライナー・ホワイトは心のなかで言い訳をする。
そう文句の1つでも言ってやろうと口を開く。が、その文句が発せられることはなかった。
「なによ?」
「……や、なんでもない」
黄昏色の光を反射する銀色の髪。加えて気の強そうな顔を思わせる美貌を彩る微笑。
―――まさか思わず見惚れてました、なんて言えるわけがなくて。
ライナー・ホワイトは再び、口を閉じるしかなかったのだった。