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「邪神メフィストフェレスの居場所をついに突き止めたテル」
それは戦いの続くある日、突如としてもたらされた希望のような言葉だった。
「本当……?」
「この戦いも終わるってこと……?」
喜ばないはずがない。命をかけて挑んできた戦いに終止符が打たれるということなのだから。
「でもその前にキミたちに本当のことを話すテル。……いや、話させてほしい」
急に雰囲気が変わったテルに、わたしを含めた全員が動揺を示す。
「え……テル君?」
「ひまり、僕は本当はテルという名前じゃないんだ。僕の本当の名前はハイター、火の大精霊だ」
「じゃあ魔法の国は……? そこで暮らす妖精さんは……?」
「ごめん、それも作り話だね。キミたちに受け入れてもらいやすいように、こっちの世界の創作作品を参考にさせてもらったんだ」
「うぅ……そんなぁ……」
ハイターと名乗った彼は、遥か昔に不可抗力によって別の世界からこの世界に来てしまったのだと語った。そして彼が世界という壁を越えた時、これもまた不可抗力で共に邪神メフィストフェレスがこの世界にやってきてしまったとも。
彼はメフィストフェレスと共に長い時を眠り続けていたらしい。
「どうして今、それを話してくれる気になったの?」
「メフィストがひまりたちの世界に来てしまったのは僕の責任でもある。でも命を賭して戦ってくれているキミ達に、本当のことを話さないままでいるというのは不誠実に思えた」
その声色からは彼が本気でそう思っていることを感じ取れた。
「僕は大切な人たちを故郷の世界に残してきた。だからなんとしてでも帰りたかったんだ。……ごめん、僕は本当は戦う力がないわけじゃない。力を温存するためにキミたちに戦ってもらっていたんだ」
困惑と同時に浮かび上がってきたのは軽い怒りだ。自分勝手だと彼を糾弾しても許されるだろう。
だが――。
「テル君を帰してあげようよ、元の世界に」
わたしは耳を疑った。
――でも結局、その意見に異を唱えることはなかった。
多少なりとも、わたしも彼に情が湧いてしまっているということなんだろう。
「ありがとう。本当にありがとう」
わたしたちが暮らす世界を守るためにも、そして彼を元の世界に帰すためにも、邪神は倒さなければならない。
少し、優日の旅と似ているのかも。まさか、こんな形で体験することになるとは思わなかったけど。
わたしたちが全員で力を合わせたところで、きっとハーモニクスどころかあの子たち1人分の力にもなりはしない。
でも、この世界を守れるのはわたしたちだけ。
だから最後まで戦い抜くんだ。
◇
「はぁ……はぁ……まだ頑張れるよね……」
「当然、でしょ……こんなところで終わるわけないじゃない……」
ボロボロになり、地に膝を突くわたしたち。
「わたし、これでも年長者だからね……真っ先に倒れることなんてできないでしょ……!」
「私も……瑠奈さんに負けるのは癪ですし、やり残していることだってたくさんありますし……まだ行けます……!」
わたしたちが相対しているあれは、神なんて呼べるものじゃなかった。
理性の欠片もないただの怨嗟の塊。黒い靄のようなそれが、この世界にいる邪神メフィストフェレスという存在だった。
そんな存在が怨みを向ける相手、それはわたしも知っている名前だ。
「ミネティーナァァ……! ミネティーナァァッ……!」
邪神の力は、アンヤに植え付けられていたあの腕のように、わたしたちの魔法を全て打ち消してくる。
相手には傷ひとつ付けられない。
「行こう、颯ちゃん、穂鳥ちゃん、瑠奈さん……!」
それでもまだ倒れられない理由があった。だからわたしたちはまた立ち上がれる。
――だがその時、テルが絞り出すように声を上げた。
「もういい……もう、いいんだ……!」
「テル君……?」
「もうキミたちが傷付く必要はない。キミたちが傷付いて、僕は見ているだけ……そんなの間違っていた。世界が違おうとも……僕は大精霊なのだから」
子犬のようなテルの体が赤い光に包まれ、わたしたちはあまりの眩さに目を瞑ってしまう。
やがて眩いその光が弱まっていき、わたしたちが目を開くとそこには赤い短髪の青年が邪神と相対するように立っていた。
「……メフィスト」
「ハイター……! ハイタァァッ!」
「数千年の時が経とうとも、その怒りの炎は全く衰えはしないんだね」
耳をつんざく叫び声を上げた邪神がテルに飛び掛かる。
対してテルは炎に包まれた槍をその手に生み出し、さらに赤い光の翅を背中に生やして邪神を迎え撃った。
「テル君、危ない!」
「テル、無茶だよ!」
火の大精霊だというテルの力は確かに目を見張るものがある。でも邪神メフィストフェレスにはまるで敵わない。
やはりテルの攻撃でも邪神には届かないのだ。
「くっ、やはり駄目か。僕は……キミたちをこんな危険な相手と戦わせていたというのか! でもそんなことは分かり切っていたことじゃないか!」
テルと邪神は高次元の攻防を繰り広げている。わたしたちではまるで手が出せないほどの戦いだった。
――それでも飛び込んでしまうのが、わたしたちの知る天花寺ひまりという少女だった。
「テル君!」
「どうして来たんだ、ひまり!」
「どうしてって、テル君をひとりで戦わせるわけないよ! あたしたちは仲間でしょ!?」
「ひまり……」
テルがひまりの体を抱き上げ、邪神の攻撃範囲の外まで退避する。
そこにすかさず、わたしたちも駆け込んだ。
「元々4人で敵わない相手でも5人ならきっと違うはず!」
「どのみちこの相手をどうにかしないといけないのなら、死力を尽くすだけです」
「テル、わたしたちにあいつの倒し方を教えて」
颯、穂鳥ちゃん、わたしと口々に言葉を発する。
それに対するテルの反応はどこか呆然としたようなものだった。
「……誰も犠牲になんかしない。させてはいけない」
抱き上げていたひまりを下ろしたテルは一歩前に出て、邪神をまっすぐ見上げた。
「メフィストフェレス! そんなに僕たちを……あの方を憎んでいるのなら、会わせてやろう!」
テルが何を言っているのか、一瞬理解が追い付かなかった。
それはわたしだけではなく、ひまりたちも同じようだ。
「テル君、何をする気なの!?」
「ごめん、皆……ここでお別れだ。僕を元の世界へ帰そうとしてくれていたのに、一緒に戦おうと言ってくれたのに、本当にごめん」
彼の体に纏わりつくように突風が発生する。
わたしたちが必死に呼び掛けようとも、彼は決して振り返ろうとはしなかった。
「さあ、ティナ様に――女神ミネティーナ様に! 僕の力を全て使ってもいい、僅かな繋がりだとしても……この想いを届けさせてくれ!」
彼の叫びに応えるように虚空に歪みが生まれた。……まさか、あれが次元を超える扉なのだろうか。
「テル君、死んじゃダメ!」
ひまりの声を聞き、ハッとしたわたしはテルに目を向けた。するとそこにはどんどんと体が薄く消え行きそうになっている彼の姿があった。
ゆっくりとこちらに振り返る彼の顔には笑みが浮かんでいる。
「キミたちと出逢えて本当によかった。ありがとう……そしてさようなら、皆」
光の粒になり、消えていくテル。
それをわたしたちは呆然と見送ることしかできなかった。
「そんな……」
「テル……!」
彼は間違いなくわたしたちの戦友――仲間だった。そんな彼が消えてしまったんだ。
残されたのは虚空に開いた穴のようなもの。そして彼はあの穴に向かって女神の名前を呼んでいた。
「女神ミネティーナ様……?」
「何も起こらないじゃない……!」
もはや疑う余地もない。完全に点と点が結ばれてしまった。
テルの故郷の世界とは即ち、優日が呼ばれたあの世界だ。
「届くわけがないよ……」
「瑠奈さん?」
「ミネティーナは死んでいるんだから……!」
わたしの言葉にひまりたちは騒然としていた。
「どうしてそんなことをっ」
「でも、それじゃあテル君のしたことって……」
確かにテルの想いはミネティーナに届くことはない。
でも彼の己の存在を賭した行動は、確実に次元を超える扉を開いたんだ。
「――ッ! 邪神が穴に向かっています!」
「そんなっ、どうにかしないと!」
「待って、ひまり! 別の世界に行ってくれるっていうのなら、そのまま行ってもらえばいいじゃないの!?」
「テル君の想いを無駄になんかできないよ!」
邪神がこの世界からいなくなれば、この世界の危機は完全に去る。
でも見す見す見逃すような真似をして、ひまりの言うように、テルの想いを……彼との絆をなかったことにできないのもまた事実だ。
「だったらどうするの!? 瑠奈先輩が言うにはその女神様も死んでいるんでしょ? 私たちだけでどうにかできる相手じゃないことは分かりきってる!」
女神ミネティーナ様は確かに死んだ。今、向こうの世界がどうなっているのかを知ることもできない。
でも、優日はきっとあの戦いをあの子たちと一緒に乗り越えてくれたはずなんだ。
そして優日ならきっとあの世界で――。
お願い、優日。わたしたちを助けて。
わたしが両手を組んで祈りを捧げた――次の瞬間、ふわりと暖かい風が頬を撫でる。
「突然だったから、本当にびっくりしちゃった」
「あ……」
目の前には純白の髪を靡かせた1人の少女がわたしに背を向けて立っていた。
その背中からは揺らめく炎のような七色の翼を生やしているおり、その声を聞き間違うこともない。
――まさか、本当に。
「優日……?」
「優、お姉ちゃん……?」
横目で隣を確認すれば、そこには目を見開いた穂鳥ちゃんがいた。
「久しぶり、瑠奈。……えっ、穂鳥ちゃん!?」
ゆっくりと振り返った優日は、その七色の光を虹彩に宿した瞳でわたしを見つめてきたかと思うと、わたしの隣にいる女の子を見て驚いていた。
だが再会を喜んでいる暇もなかった。
あの穴に向かっていた邪神が進行方向を急転換し、わたしたち――いや、優日に向かってきたからだ。
「ミネティーナァァ!」
「まさかまた会うことになるなんて思っていなかったよ、メフィストフェレス」
「ミネティーナァ! ミネティーナァァッ!」
「……私とミネティーナ様の見分けがつかないの?」
黒い靄の一部が腕のような形状に変化し、優日に掴みかかろうとする。
それを見て、真っ先に声を上げたのはひまりだった。
「危ない!」
「ありがとう。でも大丈夫だよ」
それでも優日はどこまでも冷静だった。
光を纏ったあの子の姿が一瞬ぶれたかと思うと、次の瞬間には邪神の背後に回り込み、黒い腕に変化した靄を不思議な白い光を纏った一振りの長剣で叩き切ってしまったのだ。
残身を取ったまま、邪神の近くに残っていた優日が漏らした声をわたしの鼓膜が拾う。
「ようやく合点がいったよ。……あなたは遥か昔に邪神本体から分かたれ、取り残されてしまった邪神の怒りそのもの」
聞くに堪えない絶叫を上げた邪神が再びその靄で優日を吞み込もうとするが、それを優日は左手に持っていた白い光を纏った刀で切断した。
「それほどまでに大きな怒りをあなたは抱えていたんだね」
一度邪神から離れ、わたしたちのすぐ傍まで戻ってきた優日は両手の得物を消失させ、その右手を自分の体の正面に突き出した。
「来て――天倫」
その手の中に収まっていたのは白い光そのもの。
あれが何なのかは皆目見当もつかなかったが、その光はまるで世界を優しく照らす太陽のようだと思ってしまった。
「私からはあなたにこんなことしかしてあげられないけど、どうか少しでも安らかな眠りを」
優日が右手を振るうと溢れんばかりの白い光が邪神に向かって飛び出していき、その靄のような体を包み込む。
すると光の中から黒い結晶体のようなものが浮かび上がってきた。
「ねえ、最後はあなたたちに任せても平気かな?」
そう口にした優日がわたしたちの方に振り返った。つまり、トドメを刺してやれということなのだろう。
――わたしたちが不完全燃焼で終わらないように気遣ってくれたのだろうか。
こんなよく分からない気遣い方をするのは、ハーモニクス状態のあの子の中にいるコウカなのかもしれないなと少し笑みが零れてしまう。
「はい、任せてください! これで最後だよ、みんな!」
ひまりの号令を受けながらわたしたちは手を重なり合わせ、魔法の力を行使する。
「なんだか、力が増してる……?」
「この温かさ、もしかして優お姉ちゃんの……?」
こっそりと調和の魔力で手助けしてくれているのだろう。その力の存在を知らないはずの穂鳥ちゃんも気付けたみたいだけど。
優日に視線を向けると、彼女はそっと頷く。
そしてわたしが正面に視線を戻した瞬間、わたしたちの手から様々な色が混じり合った光が飛び出し、黒い結晶体を包み込んだ。
――わたしたちの戦いが今、こうして終止符を打たれたんだ。