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麗太
【前回までのあらすじ】
サクラたち、岩の隙間で隠れ続ける。
ノーマルレア辰夫、咽び泣く。
◇◇◇
──時間の感覚が、壊れていた。
一分が一時間、一時間が永遠。
永遠の中で、呼吸の音だけが世界の全てになっていく。
硬質化したまま微動だにしない私。
籠手モードで完全な無音を貫くユズリハ。
そして、なぜか人型のまま正座で固まっている辰夫。
沈黙──ただただの沈黙。
岩が泣く音すらない。
(ムダ様が言ってた──)
(『空気はな、強いぞ。誰も殴れないし、誰も見ない』)
(我慢、我慢……)
魔神王テラ=ワロスは、ゆっくりと歩いていた。
『……鬼の娘……どこだ……』
世界の底を揺らすような足音が響く。
ズズン……ズズン……。
『気配が消えた……』
魔神王が立ち止まった。
『隠れているのか……賢いな……』
瘴気が渦を巻く。
『だが……いつまで隠れていられるか……』
再び歩き出す。
ズズン……ズズン……。
『かくれんぼか……久しぶりだな……楽しい……』
魔神王が少しウキウキした小声で呟いた。
(え、楽し──え?)
巨大な影が、奈落を這う。
──そして。
グゥゥゥゥゥ……。
腹の底に響くような低い音が、隙間に鳴り響いた。
『サクちゃん……?』
地面に落ちたユズリハから、目を見開く気配がした。
「いまのは……?」
辰夫が正座のまま、超小声で尋ねてくる。
「雷……」
私は岩のフリをしたまま、一切の表情を崩さずに即答した。
『いや雷じゃない! 絶対お腹の音だよね!?』
ユズリハが追求してくる。
「……私じゃない……」
私は一点を見つめながら答えた。
「我でもないですぞ……?」
辰夫がそっと自分の腹を手で押さえた。
「……ごめん、私だった」
『サクちゃん、そういうしょうもない嘘つくのやめよう?』
──ピタ。
奈落の空気が、止まった。
瘴気が流れる方向が、明確にこちらへと変わる。
「サ、サクラ殿……今の……!」
「静かに……聞こえる……」
『ひぃ!』
──ズズン……ズズン……。
足音がゆっくりとこちらへ近づいてくる。
『ま、まずい! ワロス様が反応してる!』
「腹の虫を狩りに来た……」
「上手いこと言ってる場合ですか!?」
辰夫の顔面から血の気が引いていく。
「……硬質化維持……動くな……」
──ギュゥンッ。
私は岩質化の強度を限界まで上げて、ただの石塊と化した。
『私も籠手に徹する……!』
「我も……石のように……」
辰夫は姿勢を崩すことなく、正座のまま石になろうと努力している。
──ズズン……ズズン……。
足音が近づく。
そして──。
巨大な影が、私たちの潜む岩の隙間を完全に塞いだ。
『……この辺りから……音が……』
(……!!)
ワロス様の巨大な顔が、隙間を覗き込んでくる。
赤黒い瞳が、暗闇の中をギョロリと動いた。
(私は岩……呼吸するな……心臓止めろ……)
『……私は籠手……』
ユズリハから完全に力が抜け、ただの装飾品になりきる。
「我は石ころ……」
辰夫は正座のまま、固く目を閉じた。
──しかし。
無情にも、ワロス様の顔が辰夫の目の前でピタリと止まる。
「!?」
ビクッと肩を跳ねらせ、辰夫が硬直した。
『……む……』
ワロス様が、至近距離で辰夫と見つめ合っている。
(こ、ここまでか!?)
辰夫の全身に、死を覚悟した緊迫感が走る。私も最悪の事態を想定した。
(辰夫が見つかった……?)
しかし、ワロス様はゆっくりと首を巡らせ、なぜか私の方を向いた。
『……鬼の娘と……同じ形の岩……』
ワロス様の視線が、辰夫を素通りして私に固定される。
(……あれ?)
(今、完全に辰夫と目が合ってたよね?)
(辰夫、完全スルーされてる……)
辰夫が「えっ?」という顔で瞬きをした、その時だった。
──グゥゥゥゥゥ……。
(!?!?!?)
『……?』
(やばい……お腹が……限界……)
『……岩が……鳴いた……?』
(ひぃいいいいい!?)
「……グッ……キッ……」
目の前で完全に無視された挙句、私の腹の音を聞いた辰夫が、限界を迎えて肩を震わせ始めた。
『……ぶふッ』
地面のユズリハからも、吹き出すような音が漏れる。
──グゥゥゥゥゥ……。
『……確かに鳴っている……』
(止まれ……私のお腹……! 空気読め!!)
──グゥゥゥゥゥ……。
『……面白い岩だ……』
(……は?)
ワロス様が、興味深そうにじっと私を見つめる。
『……鳴く岩……初めて見た……』
(鳴く岩……?)
『……持って帰るか……』
(……んんんんん?)
「サクラ殿が連れ去られる!?」
辰夫が信じられないものを見る目で、超小声で慌てふためく。
『どうする!?』
ユズリハも同じくパニックだ。
──ズイッ。
ワロス様の巨大な手が伸びてきた。
その手は、正座している辰夫の頭上を通過し──。
「ひぃッ……」
(……また辰夫スルー!?)
──ガシッ。
無情にも、私を掴み上げた。
(え!? ちょ? マジで!?)
『……む……これはなんだ……』
さらに、ワロス様が地面に落ちているユズリハ(籠手)に目を留めた。
『……!!』
ユズリハが硬直する。
ワロス様がユズリハをじっと見つめる。
『……』
『……』
ワロス様がまだ見つめる。
『……』
『……』
(長ッ……こわ……)
『…………』
ワロス様が首を傾げ──
『…………なんだゴミか』
──ボソッと呟いた。
『…………!? ゴ──!? ち、ちくしょぉおお!!』
ユズリハが屈辱に耐えきれず、超小声で叫びながら裏返った。
「南無……」
無視され続ける辰夫が、そっとユズリハに向けて合掌する。
「……んふふッ(空気とゴミ……終わってる)」
私は魔神王に掴まれ、硬質化したまま、笑いを我慢して全身を小刻みに震わせた。
そして、岩になりきった私は、ワロス様にそのままヒョイッと持ち上げられる。
『……この岩……軽いな……そして、震えるのか』
(待って待って待って!?)
『……良い岩だ……』
(えッ!?)
「サクラ殿ぉぉぉ!」
辰夫が涙目で手を伸ばす。
『サクちゃん!!』
『……城に飾ろう……鳴く岩……』
(城!? 飾る!? 観賞用!?)
(私、お持ち帰り!? お持ち帰りされる!?)
ワロス様が、私を小脇に抱えて上機嫌に歩き出した。
──ズズン……ズズン……。
(ちょ!? 待って!? ちょっと待って!?)
(状況が理解できない!! 私、岩として持ち帰られるの!?)
──その時。
「待て! サクラ殿を離せ!」
ついに耐えきれなくなった辰夫が、叫びながらワロス様の足元に立ちはだかった。
(……辰夫! 助けて!!)
『辰夫!』
『……』
しかし、ワロス様は視線すら落とさず、そのままのペースで歩き続ける。
「ふ、踏まれる……ッ!!」
辰夫が両腕をクロスし、身を固くして防御姿勢をとった。
──ズズン。
ワロス様の巨大な足が、辰夫の真横を綺麗に、何の違和感もなく通り過ぎていく。
「スルー……!? 三連続スルー……!?」
辰夫は、その場で呆然と立ち尽くした。
(魔王軍隠密部隊長、辰夫)
(コードネーム:エア)
(存在しない。最強)
「…………んふふッ……ダメッ」
こんな時なのに笑いが込み上げる。
『……この岩……また震えてるな……』
ワロス様が手のひらの私(岩)を愛おしそうに見つめる。
(ひぇっ!!)
私は慌ててピタッと硬直した。
『辰夫、もしかして……ステルススキル持ち……?』
遠ざかる私を見つめながら、ユズリハが超小声で尋ねる。
「何もしてませんが……どうします!? 追いかけますか!?」
辰夫はもう隠れるのをやめ、普通に喋りはじめた。
『でも魔神王に見つかる!』
「……我は見つかりませんでしたがぁッ!?」
完全に吹っ切れた辰夫がフルボリュームで叫ぶ。
『いやホントなんでなの!?』
「……足元の蟻は誰も気にしないってことですぞ」
自嘲気味に呟いた辰夫の頬を、熱い何かが伝った。
『辰夫、それは違うよ』
「ち、違うのですか!?」
辰夫の目に一周光が戻る。
『蟻の方がまだ認識されるよ』
ユズリハが親指だけ立てる。
「…………過呼吸をおこしそうですぞ」
辰夫が静かに崩れ落ちた。
「……そ、それよりも、サクラ殿が!」
崩れ落ちた辰夫の頭が上がった。
『待って……サクちゃんのことだから、何か考えてるかも……』
「そうですな……サクラ殿なら……」
二人は岩の隙間から、ただただ見守るしかなかった。
魔神王の足音が遠のいて行く。
遠く離れていく魔神王の腕の中の私と、二人の目がバッチリ合った。
「……(助けて!!)」
「……」
『……』
──逸らした。
辰夫とユズリハは、同時に目を逸らした。
──やがて、魔神王の足音が完全に聞こえなくなる。
コツン……と、天井から小石が落ちてくる音が虚しく響いた。
『……サクちゃん、泣きそうな顔してたね……』
「……無策のようですな……」
辰夫とユズリハの声が遠くから聞こえた。
(つづく)
「ところで……」
『何?』
「ワロス様に三回スルーされましたが……」
『私はゴミ扱いされたよ……』
「……」
辰夫の瞳にキラリと涙が光る。
『……』
ユズリハも、見えない目で空を仰いで涙を流した。
──しばらく、沈黙の中でお互いの存在を確認し合う。
『……帰ろ?』
「……ですな」
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:空気】──
『空気はな、強いぞ。誰も殴れないし、誰も見ない』
解説:
攻撃されない。
認識もされない。
ただし──
仲間にも気付かれない。
……呼んだ?
(誰も返事しない)
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