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麗太
足元が、なんか変でした。
なんかっていうか、踏んだ感じが……軽い?
軽いのに、重い?
……なんか、ゼリー踏んでるみたいな……いや違う!
これはプリン!ちょっと固めのやつ!
まるで、足の裏と地面の間に見えないプリンでも挟まっているような、ふわふわとした気持ち悪い感覚。
……って、美味しそうなこと考えてる場合じゃない。
「……あれ?」
私はピタリと立ち止まります。
背筋を、ぞわっと冷たい風が撫でた気がして、ちょっと嫌な感じがしました。
振り返る──
「……ツバキ?」
いない──
中二病の痛いセリフも聞こえません。
「……エストちゃん?」
いない──
一生懸命背伸びしてる可愛い魔王の姿もありません。
「……ローザさん?」
いない──
カリカリっていう恐ろしいスピードのペン音もしません。
「……辰美さん?」
誰も、いない……
なんか暑苦しい気配もありません。
「……え」
もう一回見ます。
いやいや、さっきまで隣で足音が聞こえてたよね?
目を擦ってから、もう一回見ます。
やっぱりいないよ……
濃い瘴気の霧が立ち込めているだけで、皆の姿は完全に消え去っていました。
「……え、ちょっと待って」
待って待って待って。
なんで?
普通に意味わかんないんだけど。
「……ちょっと待って?」
呼びかけても、誰もいません。
奈落の底は、ひどく静かで……
静かすぎて、自分の心臓の音や血の巡る音だけが鼓膜を叩き、なんか耳がキーンってします。
「……え、やだ」
ちょっと無理。
ちょっとじゃない、結構無理。
「……はぐれた?」
声に出して言った瞬間、その事実が急に重みを持ってのしかかってきて、めちゃくちゃ怖くなりました。
「……やだやだやだ」
ぶんぶんと首を振ります。
「そんなわけないでしょ」
いやでも、いないし……。
「……ほんとに?」
ちょっと息が浅くなってきました。
これ、普通に怖いやつです。
「右よし、左よし、前よし」
後ろは見ません。怖いし。
「……サクラなら、どうするかな」
私は、破天荒なサクラを思い浮かべて考えます。
一瞬で答え出ました。
「……殴るよね」
うん。殴る。絶対殴る。
たぶん、サクラならとりあえず目の前の空間ごとめちゃくちゃに殴って道を作る。
「……よし」
私は拳を握ります。
「おらァ!!」
がつん。
「痛い!」
壁を殴ってみたけど、痛かった!
「サクラ……ひどいよ」
「ツバキならどうするかな」
また一瞬で答え出ました。
「……泣き叫ぶよね」
『いやだぁぁ! 帰るぅぅ! サクラーー!?カエデーー!?』って泣き喚きながら、目からビーム出して辺り一面を焼け野原にする。絶対そうする。わかる。
私は暗闇の中で、一人でちょっと笑いました。
いや、笑ってる場合じゃない。でもちょっと笑った。
怖い。怖いからちょっと変になってるんです。
あーもう。
「……サクラとツバキいないの、普通にやだな」
ぽろっと、口からこぼれ出ました。
やだな。普通に。ちょっとだけ。
いや、ちょっとだけじゃないかも。あの騒がしさが無いと、こんなに世界って冷たいんだ。
きゅるるるる……。
お腹が鳴りました。
「……なんで今」
タイミングおかしいでしょ。
いやでも、空いてる。普通に空いてる。
こんな極限状態でも、私の胃袋は平常運転でした。
ふと視線を落とすと、足元に手頃な石が転がっていました。
「あ、これいい」
拾い上げます。
安心。私の掌にすっぽりと収まる。
ちょっと歪で、投げやすそう。
手に馴染む。すごくいい。
「……ウィルソン」
今日からお前は、2000何代目かのウィルソンです。
たぶんこの子、投擲用だから長生きしないけど。
でも今は、この子いるし。
「……今回もよろしく」
ぎゅっと握ります。
冷たい石の感触に、ちょっと落ち着く。
ほんとちょっとだけ。
「……よし」
歩く──怖いから歩きます。
こんな暗闇で立ち止まっている方が無理だもんね!
ザッ、ザッ。
自分の足音が、やけに大きく反響します。
「……やだなこれ」
普通に怖い。
「……いるでしょ絶対」
見えないだけでいる。いるやつ。知ってる。
こういうの、絶対暗がりに潜んでるやつ。
私は相棒のウィルソンを、いつでも投げつけられるように顔の横で構えます。
「……出てきたら投げるからね」
誰に言ってるのか分かりませんが、暗闇に向かって宣言しました。
強がって声に出して言わないと、ちょっと無理だったので。
そのまま、見えない不安を振り払うように、勢いでウィルソンを前方に投げつけました。
ビュンッ!
──ゴッ。
パリーーーーーーーンッ!!!
「……え?」
遠くの闇の奥で、何かが潰れる嫌な音と、ものすごく派手にガラスが割れるような音がしました。
ズズズン、と少し遅れて地面が大きく揺れ始めます。
「……え、ちょっと待って」
普通に怖いです。
自分で何したのか、何にぶつけたのか全く分からなくて、怖いです。
ていうか奈落の底に窓ガラスなんてあるの?
弁償とか言われないよね?
「……え、私?」
暗くて確認できません。
でも、他に誰もいないのでたぶん私です。
……ごめん、ウィルソン。
そして──。
【魔神王最後の封印が破壊されました】
「……え?」
【要因:ただの石の衝突】
【補足:『幸運値 -530,000』による理不尽な確率干渉を確認】
「石?」
【世界滅亡危険度:測定不能】
「え?」
【原因個体:勇者カエデ】
「……え、待って」
世界滅亡?
「……え?」
私、今なに壊した?
「……まあいいか」
怖いので、考えるのやめました。
再び歩き出します。
少し歩幅が早くなります。怖いので。
──その時。
ズルッ。
「……あ」
さっきの地響きの影響なのか、足元の岩盤が大きく斜めに滑りました。
「ちょっと待って」
体が前に倒れます。
「待って待って待って」
そのまま、ゴロゴロと転がっていき──
「止まって!」
止まらない! 急な下り坂!
「いやこれ無理でしょ!!」
めちゃくちゃ転がってるよ!?
「無理無理無理!!」
ちょ、速っ!! 普通に怖い!
頭の中で、なぜか日本昔ばなしが流れてる。
私はギュッと目を瞑って、手に持っていたリモコンを両手で握りしめた。
怖いから、親指で適当にボタンを連打する。
青、赤、緑。あと『d』って書いてあるやつ。
私は止まることなく、奈落のさらに深い奥底へと落ちていきました。
──これ絶対、おむすびころりんのやつ。
今、おむすびあったら泣きながら食べる。
◇◇◇
「ククク……深淵なる奈落の闇よ。我が左眼の疼きに恐れをなしたか……」
一方その頃。
はぐれたツバキは、暗闇の中で震えながら必死にポーズを決めていた。
(やだやだやだ! 暗い! 怖い! サクラー! カエデぇー!)
内心で大号泣しながら、それでも後ろを歩く狂信者(ローザ)の手前、なんとか聖女としての威厳を保とうとしていた、その時だった。
カアァァァーーーンッ!!!
「ギャアーーーッ!?」
暗闇の天井から、突如として『金ダライ』が落下。
ツバキの頭頂部にクリーンヒットした。
「おおお! 聖女様! 天より鋼の試練が降臨なされました!」
「痛いぃぃぃ! 敵襲なの!? なになになにぃいいいッ!?」
ツバキの理不尽な悲鳴が、奈落の底に虚しく響き渡っていた。
(つづく)
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