よう、ベルモンドだ。騒がしいので甲板に出てみれば、どうやら戦闘配置に着いてるみたいだ。
これはあれか?
「エレノア、いつものか?」
「いつものだよ」
エレノアは肩を竦めて答えた。どうやらいつもの奴らしい。
「そうか。何をすれば良い?」
「シャーリィちゃんが変なことをしないように見張っててほしい。出来るなら船室に居てほしいけどね」
「それは無理な話だろうな」
なにせ、お嬢は興味深そうに船のあちこちを走り回ってるからな。邪魔してなければ良いが。
「だよねぇ」
「船長ぉ!あいつら舵を切るぞ!」
「此方に横っ腹を見せるつもりだ!」
「どうやら、彼方さんはやるつもりらしいな。船長、どうする?」
「まだだ!最初の一撃は我慢するよ!対ショック姿勢!さあくるよ!」
「おっと?」
「ほら、お嬢。あんまりはしゃぐなよ?」
俺はお嬢を掴まえて身を低くした。次の瞬間轟音が鳴り響いたんだ。
アークロイヤル号は大砲を全て降ろして船倉としたが、それでも浮いた重量をどうしたか。答えは装甲の強化である。
ドワーフチームと共同で重量に余裕が出来た分で出来る限りの装甲化を図った。具体的には被弾する確率が極めて高い船体側面に鉄板を張り巡らせたのである。重量の関係から大砲の玉を完全に防ぐほどの性能とは言えないが、それでも既存の船としては破格の防御力を誇った。
「なにぃ!?」
「一斉射撃をかけたんだぞ!?」
海賊達が驚くのも無理はない。砲弾を浴びせたアークロイヤル号の側面は、多少の凹みなど損傷は見られるが船体に大きな傷が付いたとは思えなかった。
「よぉし!正当防衛だ!撃ち返してやれ!」
そしてアークロイヤル号のもうひとつの特徴は、甲板に備えられた四門の榴弾砲にある。
これは『ライデン社』が開発した
QF4.5インチ榴弾砲と言い、地球ではイギリスで1908年に制式採用されたものである。第一次世界大戦で活躍した兵器であり、榴弾砲の開発を始めた『ライデン社』の商品第一号でもある。
砲弾は弾頭装填後に所定量の火薬を充填した薬莢を装填する分離薬莢式であり、射程の細かな調整が可能であった。
尚、このQF4.5インチ榴弾砲を選んだ理由を問い掛けたレイミに対してライデン会長は『趣味』と返答している。
帝国で主流の大砲は丸い砲弾の先込め式であり、爆発することもなく射程も頑張ってニキロが限界であった。
対してQF4.5インチ榴弾砲は射程が六キロと三倍になり、また砲弾も爆発する榴弾である。装填時間は最大で一分間に三発が可能ではあるが、戦闘中では二発程度が限度としている。
ただ地上での運用を想定しているため、揺れる船での運用は極めて難しく専用の観測装置もないので長射程を活かすのは困難である。が、至近距離での撃ち合いならば無類の強さを誇る。
「目標は目の前だ!水平射!撃ち方始めぇ!」
凄まじい轟音と共に右舷に備えられたQF4.5インチ榴弾砲二門が榴弾を撃ち出す。
一発は照準がずれた為か外れて海に水柱を上げた。だがもう一発は海賊船の側面を容易く貫いて砲列甲板へと飛び込んだ。
砲列甲板には当然ながら大量の大砲があり、そして弾薬が満載されていた。そんな場所に榴弾が飛び込めばどうなるか。
その答えは直ぐ様明らかとなった。狭い空間で爆発した榴弾は周囲に山積みされていた弾薬を巻き込んで大爆発を誘発。砲列甲板に居た海賊達を跡形もなく消し飛ばし、狭い空間で逃げ場の無い爆風はそのまま上下に向かってその力を解き放った。
その結果船体は大爆発と共に真っ二つとなり、『闇鴉』メンバーヤーダルを含む乗組員をことごとく吹き飛ばしながら轟音と共に海賊船を海へと引きずり込んだ。
「……わーぉ」
その余りにも呆気ない最後にエレノア達も呆然と立ち竦み、言葉を失う。まさか一撃で戦列艦を轟沈させるとは思いにも因らなかったのだ。
精々ダメージを与えて有利に接舷斬り込みを行う程度に考えていたのがその原因である。
「ふむ、一撃ですか。従来のやり方は聞いただけですが、これは海戦の常識が変わりますね」
ただ一人、シャーリィだけがその結果を興味深そうに受け止めていた。これまでの海戦は大砲を撃ち合い、最後は相手の船に乗り込んで白兵戦を仕掛けるのが常識だった。
それが一撃で相手を沈めると言う結果によって覆された形となる。
「……はははっ、一撃で沈めちゃったよ……」
エレノアの乾いた笑いが甲板に木霊する。
「問題ありませんよ。白兵戦ではどうしても味方にも被害が出てしまいます。しかし今回は少し被弾しただけで、怪我人も居ません。大勝利です」
「そりゃそうだけどさ……こんなの見たらねぇ……」
「『ライデン社』は大砲の開発も活発に行っています。そう遠くない未来、白兵戦ではなく砲撃で相手を沈める時代がくる筈です」
「……」
シャーリィの宣言に唖然とする一同。それを見て首を傾げるシャーリィ。
「まあ、みんなお嬢みたいに柔軟にはいかねぇさ。これまでとやり方が変わるんならな」
ベルモンドがシャーリィを諌める。
「そんなものでしょうか?この結果をみれば一目瞭然だと思うのですが」
「それでも時間は必要なのさ。ほら、お前らも固まってないで動け動け。帰るんだろ?」
「あっ、ああ。そうだね……取り敢えず大勝利だ!このまま全速力でシェルドハーフェンへ帰るよ!」
気を取り直してエレノアの号令に従いアークロイヤル号は再び航海を再開させる。
この海戦はシャーリィ達が考えるより遥かに大きな影響を与えた。
~数日後 帝都 某所~
蝋燭の灯された薄暗い室内に円卓が置かれ、それを囲むように置かれた椅子に黒尽くめの男達が座る。
「ヤーダルからの定時連絡が途絶えた、と?」
「はい。他のメンバーの話では、侮辱されたと怒り狂いながら海賊達を集めて海へ出たとか」
「ふむ。彼には『ダイダロス商会』との取引を任せていたのだがね。それを放棄して私怨で動いたと」
「あんな小物に任せたのが間違いではないかね?」
「奴のプライドの高さを見誤った営業部の失態だな」
室内に嘲笑が混じり、非難された営業部長は拳を強く握り体を震わせる。
「それで?ヤーダル君を辱しめた相手は誰だね?音沙汰がないところを見るに、返り討ちにされたようだが」
一人の質問に、椅子に座らず待機していた一人が答える。
「『暁』と名乗る集団です」
その名を聞いて、上座に座る男が笑みを浮かべる。
「ほうぅ……『暁』かね。ここ数年よく聞く名前だね」
「十六番街での計画を破綻させた連中か。いや、あれは『エルダス・ファミリー』の失態でもあるがね」
「如何なさいますか?会長」
「『暁』に関連する情報は?」
「先日『会合』の定例会で『カイザーバンク』が『暁』に関する情報を『オータムリゾート』や『海狼の牙』に求めたとか」
その発言に場がどよめく。
「なんと、『カイザーバンク』がかね?」
「奴らが注視するような勢力なのか?まだ結成から数年程度だぞ」
「ふぅむ……では『暁』に関する情報を優先的に集めてくれたまえ」
「お任せを、会長」
情報部門の長が頭を下げる。
「『聖光教会』、いや『聖女』にもシェルドハーフェン進出の動きがある。情勢に注視して、我々の利となるように立ち回るのだ。諸君、油断無きようにな」
「はい、会長」
幹部達が一斉に頭を下げる。
「『暁』……興味深いルーキー。彼等は私を楽しませてくれるか……期待したいところだねぇ」
帝都で密かに行われた秘密の会合。裏社会に大きな影響を与える組織『闇鴉』の首領ナルソンは静かに笑みを浮かべるのだった。