コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
皆様ごきげんよう、レイミ=アーキハクトです。サリアさんから頂いた水晶による通信でお父様の訃報をお兄様から伝えられた私は、深い哀しみを感じました。前世では決して得られなかった、大切なものを失った悲しみ。
覚悟はしていましたが、お姉さまとの再会やエーリカ達の生存で私は皆が生きている。つまりハッピーエンドを何処かで期待していたのかもしれません。
しかし、現実は非情でした。優しかった使用人の皆さんはほとんどが死亡。そしてお父様もまた、遺体で発見されました。
この世界に魔法は存在しますし、私は魔法を行使できる稀有な存在ですが、死者蘇生の秘術など存在しません。
眉唾物はたくさんありますが、それは魔女であるサリアさんが真っ向から否定しました。魔法とは精霊の力を行使するもの。魂は精霊の管轄外だそうです。
お父様の訃報を聞いた私は取り乱してしまい、この感情をどうすれば良いか分からず、リースさんに抱き付いて泣きました。更に夜は一緒に眠ってしまいました。
……前世から数えると五十が近い年齢でありながら、何とも気恥ずかしいものがあります。こちらの肉体に精神が引っ張られている自覚はありますが、それでも羞恥を感じると言うもの。
そんな悶々とした日々を過ごしていると、お姉さまから定時連絡がありました。内容としては、間も無くシェルドハーフェンへと帰還すると言うものでした。
お姉さまが不在の二ヶ月、シェルドハーフェンは平穏なものでした。もちろん小さな犯罪は枚挙に暇がありませんが、どの組織も息を潜めているのです。それはまるで嵐の前の静けさのようでした。
「ああん?それで金を出せってか?」
「こちらが融資する代わりに、建設する場所を指定するんだ。カジノの目の前なんかに建てられたら堪らんだろう?」
ここは『オータムリゾート』本店の執務室。リースさんとジーベックさんの口論が行われていました。
その原因は、突如シェルドハーフェン全域に布告された『聖光教会』のシェルドハーフェン支部建設の話です。
『聖女』が唱える『弱者救済』活動の拠点として、市街地に教会を建てると言うものでした。
それに『オータムリゾート』が資金援助を行うようにジーベックさんが提案して、リースさんが渋っているのが現状です。
「そりゃ困るけどよぉ。うちに何の得も無いじゃねぇか」
リースさんはいつものように机に座ってます。脚をあんまり開くとパンツが見えてしまいますよ。
「うちとは縁がない場所に教会を建てさせるのさ。ギャンブルやってる客の近くで布教なんかされちゃ堪らん」
「うーん……レイミ、あんたはどう思う?」
おっと、こちらに話が飛んできましたね。
「まず最初に、何故『聖光教会』はシェルドハーフェンで活動を行おうとしているのでしょうか?これまで放置だったのは明白ですし、今さら治安の回復など不可能でしょう」
むしろ外部勢力の介入は、『会合』によって保たれている均衡の崩壊を招く危険が非情に高い。
確かに救済すべき弱者はいますが、大半は同時に犯罪者でもあります。
「それは分からん。『聖女』主導となれば、尚更な」
ジーベックさんの答えに私は考えを巡らせました。『聖女』、最近よく名前を聞きます。弱者救済を掲げて慈善事業を展開しているのだとか。その志には敬意を払いますが……何故でしょう。お姉さまと会わせない方が良いような気がします。ならばコントロール出来たほうがいいかも。
「資金と場所を提供すれば、多少はこちらの意向を聞き入れてくれるかもしれません。それに、『聖光教会』に恩を売れば何かと便利になる」
「うぅーん……レイミがそう言うなら……ジーベック、場所と金額は任せる。十六番街の投資に影響しない程度で頼むよ」
「了解だ、ボス。俺の方で話を進めとく」
『聖光教会』への出資が決まりました。あっ、それと。
「リースさん、数日中に休暇を頂きたいのですが……お姉さまが帰ってくるんです」
「シャーリィが?」
「早いもんだ。もう二ヶ月か」
「ジーベック、レイミが何日か抜けても大丈夫か?」
「問題ないな」
「だそうだ、レイミ。シャーリィによろしく……いや、たまには顔を出すように伝えてくれ。教えてやらなきゃいけないことがあるからな」
「分かりました、リースさん」
先日の『会合』定例会の件でしょうか。よくサリアさんと話し合いをしていますし、『海狼の牙』といくつか協定を結んでいるんですよね。まるで何かに備えるように。
……やはり嵐が来ますか。となれば相手は『血塗られた戦旗』。お姉さまに敵うとは思いませんけど、背後が気になります。
なにせ、この一年で急速に近代化を図っていますからね。そんな資金がどこにあるのか。いや、何処から流れているのか……。
数日後、私はシェルドハーフェン港湾エリアにある『暁』所有の桟橋を訪ねました。もちろん、お姉さまを出迎えるために。
ちょっと遅れて、アークロイヤル号は停泊していました。人夫達が慌ただしく行き交う中を進み、見慣れた後ろ姿を見付けたので声をかけました。
「お姉さま、お帰りなさい」
私が声をかけるとお姉さまは振り向いて笑顔を浮かべました。
「ただいま戻りましたよ、レイミ。出迎えありがとうございます」
私達は再会を祝して抱擁を交わします。身長差があるので、私が少し身を屈める形になりますけど。
「レイミ、残念ながらお父様の遺品は手に入りませんでした。しかし、次回以降にガウェイン辺境伯が用意してくれるそうです」
お姉さまは抱擁したまま私の耳元で囁きました。ガウェイン卿としても、今回の再会は意図せぬものだったはず。仕方の無いことです。
「では、次の機会を待ちましょう。お兄様達との交流は公には出来ませんからね」
「ルイにも話していません。ただ、セレスティンとシスターには教えるつもりです」
「それが賢明かと。エーリカやロウはお兄様と関わりがありませんから、混乱させてしまいます」
何せ帝国の第三皇子殿下ですからね。まさか暗黒街と関わりがあるとは公言できないでしょう。当分は最重要機密です。リースさんにも教えられません。
お兄様は私達の無事を喜んでくれましたし、今後も頼りにさせて貰います。
私達は体を離して並んで歩き始めます。
「他に収穫はありましたか?」
「星金貨二十三枚ですね。あと『飛空石』も手に入りました。早速マスターやサリアさんと相談します」
一回の取引で二十三億円ですか……生憎私は前世でも経済に疎かったのでそれが多いのか少ないのか分かりません。
ただ前世の日本は経済大国でしたし、ニュースになるような大企業の取引額と比べるのは違うような気がします。いくら私でも経済規模が段違いだってことは分かりますから。
「満足される成果ですか?お姉さま」
「一度の取引としては、上々です。諸経費を引いても星金貨二十枚以上の利益になりますからね」
「それは何よりです」
「今日は休暇ですか?レイミ」
「はい、リースさんから頂きました。いつものように、期間は定めていません」
「では土産話もたくさんあるので『黄昏』で過ごしましょう。色々ありましたから」
「もちろんです、お姉さま。あっ、リースさんが顔を見せてほしいと言ってました」
「では……明後日顔を出しましょう。二日間ゆっくり過ごしましょうね、レイミ」
「はい、お姉さま」
お父様のこと、これからのこと。話すことはたくさんありますからね。
アーキハクト姉妹は談笑しながら夕陽の照らす港を歩き、帰路へとつくのだった。