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バラの花束を持って会社に戻ると、同僚や後輩たちに何事かという目で見られて恥ずかしかった。
素直に経緯を説明すると(魔法百貨堂の話はしなかった)同情の声を多く頂いたが、やはり恥ずかしいことに代わりはない。
そんなこんなで今日も夜遅くまで仕事をこなし、バラの花束を抱えて帰宅する。
不思議なことに、半日放置してもバラの花はまるで弱った様子はなかった。
もともとのバラの生命力によるものか。それとも魔法のバラゆえの力なのか。
そう言えば、一度だけ嫁にバラの花束を贈ったことがあったな。あれは確か、まだ付き合って間もない頃だったはずだ。
何をあげたら喜ぶかわからなくて、迷いに迷った挙句、結局在り来たりなバラの花束を選んでしまったのだ。
あの時、嫁は戸惑うような表情で、けれどはにかみながら花束を受け取ってくれたっけ。
あれからもう何年経った?
時の流れの速さに心底辟易しながら玄関を開けると、やはりいつものように廊下の電気はついていたが、家の中はひっそりと静まり返ってなんだか寂しい感じがした。
子供部屋を覗けばスヤスヤと寝息を立てて眠る息子の姿。その寝相の悪さを正してやり、次いで自分たちの寝室へ向かう。
布団に包まり眠る嫁の肩を揺り動かし、
「紗季、紗季」
と声を掛ける。
「……ん、何よ」
とうっすら瞼を開く嫁の眼の前に、
「その、なんだ。これ」
上手い言葉が見当たらず、ただそれだけを言ってバラの花束を差し出す。
嫁は眉間に皺を寄せながら、
「……どうしたのよ、これ」
「え? ああ、いや……」
まさか、魔法百貨堂で貰ってきたなんて言えなくて。
「買ってきたんだ」
「……ふぅん?」
僅かに首を傾げる嫁。
「よく解らないけど、花瓶なら押入れの中にしまってあるから」
「え? ああ、うん」
ん? それは、つまり?
「私、明日も朝早いのよ。代わりにやっておいてよ。おやすみ」
「あ、ああ、おやすみ……」
そのまま布団で頭を覆い隠すようにして、嫁は寝息を立て始めた。
え、いや、え?
思わず途方に暮れながら、バラとそんな嫁を見比べてしまう。
俺は溜息を一つ吐くと大人しく押入れから花瓶を取り出してダイニングへ向かい、水で満たしてそこにバラを生けた。
やれやれと椅子に腰を下ろし、目の前の机に置いたバラを眺める。
バラからは仄かに甘い香りが漂い、俺の鼻をくすぐった。
心は落ち着くが、しかし。
俺が嗅いで、どうすんだ……