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いつになったら終わるのだろうか。
「おはよ」
甘い声と共に映る相変わらずの殺風景な朝にため息という名の乾いた息が零れる。
『…おはよう、ございます。』
そのままグッと腕に力を込めフラフラしながら起き上がる。寝起きで脳と肉体が上手く繋がっていないのか体が思うように動かず、布団から出ようと体を少し捻るとギギッと関節が悲鳴のように軋む音が聞こえる。
もうここへ来て何日経ったか分からない、どうやってここへ来たかも、全部。
ただ1つ覚えているのは誘拐され、監禁されているということ。
「…どうした?」
彼──黒川イザナくんとの面識はほぼないに近かった。
初めて会ったのは友だちのお兄さんのバイク屋。
年も近く、その場のノリで少しだけ喋った。ただそれだけの浅い仲だった。
一緒に居た時間だって少なかったし、話す内容も記憶に残るような思い出深い話でもなかった。
なのに。
『わた…し、帰りたい』
毎日聞く質問を舌で打つ。声や体が頼りなく震える。
「無理」
はぁ、と不機嫌と怒りを詰め込んだ様なため息と共に何度も聞いた返答が返ってきた。叩きつける様に放たれたその言葉は、素っ気ないほどきっぱりとしていて思わず言葉を失う。
「言ったろ?オマエはオレのモンだって。だからずうっとここに居ンの。」
分かった?と形のいい顔を甘く歪ませ、笑みを作るイザナさんに恐怖が湧き出てくる。
『…イザナくんのもの?』
声は微かに震えていて、言葉は自信が無さそうに小さく響く。
丁寧に説明されも、やっぱりこんなことをする意味は分からない。それに私は誰かのものになった覚えは一切ない、当然イザナくんのものにも、だ。
「そう、オマエはオレの。…大好きだよ○○。」
頭がおかしくなりそうなほどの甘い呪文が脳に直接響くよう耳に流れ込んでくる。
ふわりと柔らかい匂いが鼻を掠めたと思うとギュッとイザナくんの体温に包まれた。いきなりのことに驚き離れてもらいたいが切ないほどの緊張に力の入れ方すらも忘れてしまう。
酷くゆっくりと脈打つイザナさんの心臓とは反対に、私の心臓は破裂しそうなほどドキドキと激しく上下に跳ねている。
この差はなんなのだろうか。
「…ふはっ、心臓の音うるさ」
からかうような口調で笑うイザナくんの声が耳を貫く。
だって仕方がない、男の人に抱きしめられるなんてイザナくんが初めてだし、そうすぐに慣れるものじゃない。
『はな、れて…っ』
恐怖と緊張で固く冷えた唇を無理やり開くようにして言葉を紡ぐ。
羞恥以外の恐怖という感情により心臓が大きく脈を刻む。精一杯力を込めて抵抗するが、男女の力の差に加え、監禁され筋力がすっかりと衰えた私の体ではイザナくんを押し返すことなんて出来るはずが無かった。
『…うぇ…ひぐっ…』
抵抗が効かないという不甲斐なさと恐怖に涙が燦然と浮かぶ。視界が水の中に居るかのようにフニャフニャと大きく歪み始め、段々と焦点が合わなくなる。
イザナくんは突然、それまで私の肩に埋めていた顔を上げ私と視線を合わせると、うっとりとした表情で私の目じりに溜まっているしょっぱい涙を舌で舐めあげる。
生暖かい舌とドロリとした唾液の生々しい感触にヒ…ッと喉が潰れたような悲鳴をあげ、抵抗する力をさらに強める。バタバタと本能のまま手足を暴れさせ、嗚咽の籠った唸り声のような声色で必死にやめてと訴える。
「…それで抵抗してるつもり?可愛い。」
そんな私の耳にふっと息を吐くような笑い声が届く。
そして一段と甘くなった声と共にグッとさらに強められた力に恐ろしいものが体中を走り抜けるのを感じる。
全身にサァーっと鳥肌が立っていくのが分かった。全身の関節が、骨がギシリと固い悲鳴を上げる。
このままの力じゃ骨を折られる、と危険を知らせるように頭の中のサイレンが脳内を震わさんばかりに激しく響き渡る。
下手に動くときっと本当に全身の骨が折れる。
本能的な死に精一杯込めていた力が段々と水が抜けていくみたいにスッと消えていく。ぶらんと力の消えた手が冷たい床に当たり、一瞬で体温と抵抗する力を奪い去っていく。
「…可愛い」
イザナくんは蛇に睨まれた蛙のように抵抗できず、動けなくなった私の頬に満足そうにキスをおとし、妖艶な笑みを顔いっぱいに浮かべた。