テラーノベル
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作戦の設計図が完成してから、数日。阿部亮平は、完璧なタイミングを虎視眈々と狙っていた。
メンバー全員がいる前では、他のメンバーに茶化される可能性がある。かといって、プライベートでいきなり誘うのは不自然すぎる。ベストなのは、仕事が終わり、楽屋に二人きりになれる、ほんのわずかな時間。
そのチャンスは、ある歌番組の収録終わりに、突然訪れた。
「じゃあ、俺ら次の現場あるから、お先ー!」
「おつかれー!」
バタバタと、深澤や渡辺、目黒たちが先に楽屋を出ていく。残ったのは、阿部と、佐久間と、まだのんびりスマホをいじっているラウールの三人。
(…ラウールがいるか…)
少しだけ焦る阿部だったが、その時、女神が微笑んだ。
「あ!やばい、俺ふっかさんに返すCD、車に忘れた!追いかけなきゃ!あべさく、お疲れー!」
嵐のように言い放つと、ラウールも部屋を飛び出していった。
ガチャリ、とドアが閉まる音。
しん、と静まり返った楽屋に、残されたのは二人だけ。
時計の秒針の音と、自分の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。
(…今しかない…!)
阿部は、ノートに書き記したシミュレーションの第一段階を思い出し、ぐっと拳を握った。顔は冷静を装う。あくまで、自然に。
「…佐久間」
「んー?」
スマホから顔を上げた佐久間に、阿部は練習通り、完璧な声色で語りかける。
「この後、少しだけ時間ある?」
声は、震えていなかっただろうか。表情は、硬くなっていなかっただろうか。一瞬の不安がよぎるが、佐久間はいつもの太陽のような笑顔で、無邪気に答えた。
「ん?あるよー!どしたの?クイズの参考書でも買いに行く?」
「いや、そうじゃなくて…」
(よし、食いつきは上々だ…!)
阿部は心の中でガッツポーズをしながら、計画の第二段階へと移行する。
「ちょっと、見せたいものがあって。…屋上、行かない?」
このテレビ局の屋上には、関係者だけが入れる小さな庭園があること。そしてそこが、都心にもかかわらず、夜になると驚くほど星が綺麗に見えること。阿部は、そのロケーションまで完璧にリサーチ済みだった。
「屋上?いいけど、なんかあんの?」
不思議そうに首を傾げる佐久間に、阿部は少しだけミステリアスな笑みを浮かべてみせる。これも、シミュレーション通りだ。相手の興味を惹きつけ、期待感を煽る。
「行けばわかるよ。…きっと、佐久間も気に入ると思う」
その言葉に、佐久間の瞳がキラリと輝いた。
「マジで!?なんか分かんないけど、ワクワクすんな!行こーぜ!」
疑うことを知らない、素直な反応。
阿部は、その純粋さに胸が少しだけチクリと痛んだが、もう後には引けなかった。
舞台は整った。
最高のロケーション。二人きりのシチュエーション。
あとは、この日のために用意した阿部の「最終兵器」で、計算し尽くした完璧な一撃を仕掛けるだけだ。
エレベーターへと向かう佐久間の後ろ姿を見ながら、阿部はポケットの中にある小さな箱の感触を、そっと確かめた。
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