テラーノベル
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屋上庭園のドアを開けた瞬間、ひんやりとした夜風が二人の頬を撫でた。都心の喧騒が嘘のように静かで、空には、阿部がリサーチした通り、瞬く星々が散りばめられている。
「うわーっ!きれー!」
フェンスの近くまで駆け寄った佐久間が、子供のようにはしゃいで夜景を見下ろしている。その楽しそうな横顔を見ながら、阿部は最後の深呼吸をした。心臓が、今まで経験したどのクイズ番組の本番前よりも、激しく脈打っている。
(大丈夫だ、阿部亮平…。シミュレーションは完璧なはずだ…)
自分にそう言い聞かせ、阿部はゆっくりと佐久間の隣に立った。そして、作戦の最終段階へと、静かに足を踏み出す。
「…佐久間」
いつもより、少しだけ低い、真剣な声。
その声色に、佐久間も何かを感じ取ったのか、夜景から阿部へと視線を移す。キラキラと輝く街の光を反射したその瞳は、吸い込まれそうなくらいに綺麗だった。
阿部は、ポケットから震える手で小さな箱を取り出した。
「これ…」
緊張で声が上擦りそうになるのを、必死でこらえる。
佐久間は「え?」と目をぱちくりさせながらも、素直にその箱を受け取った。
「…開けてみて」
促されるままに、佐久間がそっと箱の蓋を開ける。
中に入っていたのは、夜空の星屑をそのまま閉じ込めたかのように繊細に輝く、シルバーのブレスレットだった。中央には、いくつかの小さな宝石が散りばめられた、星座を模したチャームがついている。
「わ…綺麗…。え、これ、俺に?なんで?」
純粋に驚き、喜ぶ佐久間に、阿部は畳み掛けるように、この日のために用意した完璧な「答え」を告げた。
「それね、俺たちが初めて一緒にステージに立った日の、夜空にあった星座なんだ」
「え…」と、佐久間の動きが止まる。
「僕にとって、一番大切な始まりの日。あの日の景色も、気持ちも、全部が宝物なんだよ」
ロマンチックなシチュエーション。
二人だけの、特別な思い出という付加価値。
阿部は、さらに最後の一押しを、心を込めて言葉に乗せた。
「佐久間といると、どんな時も、あの日の夜空みたいに、キラキラして見える。…いつも、ありがとう」
不意打ちの、ストレートな感謝の言葉。
完璧だ。これまでのデータを基に導き出した、ロマンチック+特別感+感謝の、三連コンボ攻撃。
阿部は、勝利を確信した。
さあ、どうだ。顔を真っ赤にして、言葉を失うがいい。
その瞬間を、阿部は固唾を飲んで見守った。
阿部の言葉を聞いた佐久間は、ブレスレットの箱を持ったまま、完全に固まっていた。
そして、次の瞬間。
みるみるうちに、その白い頬が、耳が、そして剥き出しの首筋までが、ぼっと音を立てるかのように、真っ赤に染まっていくのが見えた。
いつもは饒舌なその口は、何かを言おうとして、はくぱくと小さく動くだけで、全く言葉になっていない。
その潤んだ瞳には、驚きと、喜びと、そしてどうしようもないほどの“照れ”が、ごちゃ混ぜになって浮かんでいる。
まさに、「完敗」。
阿部が、ずっと見たかった光景が、今、目の前にあった。
(…勝った…!)
阿部の心の中で、盛大なファンファーレが鳴り響いた。長きにわたる研究とシミュレーションが、ついに実を結んだ瞬間だった。
※あべさくが好きな方はこれで終わった方がいいと思います…!
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