第2話
「俺、彼女できたから、」
「もう俺に関わんないでほしいんだよね。」
やめて
「正直あきな鬱陶しいんよ、」
「なんつーか、面倒臭い女みたいな性格で嫌んなるわ。」
やめてよ
「……ま、そういうことだから、」
「そんじゃ行こっか。」
「……な君、明那く〜〜ん?」
「……ん、ぁえ…?」
誰かに名前を呼ばれた気がしたので、仕方なくゆっくりと重い体を起こす。寝ぼけ眼を擦りながら声がした方に顔を向けると、よく見慣れた、コバルトブルーの頭の人物が目に入った。
「もぅ、神聖なる生徒会室で居眠りするなんて、もし副会長様に見つかっていたら今頃お叱りでしたよ〜?」
「………。」
「…ぁ、なんだ、ヴィンちゃんかぁ……。」
「ちょ、なんだとは何です!?」
「あはは…、」
いつも通りの上機嫌で語尾が愉快そうなこの男は、生徒会1年会計のレオス・ヴィンセントだ。
「起こしてくれてありがとう」と正直にお礼を伝えると「私で良かったですね」なんてニヤニヤしながら言ってくるので、苦笑しながら適当に流す。
ふと視線を落とすと、目の前のセンターテーブルには広げられたままの未確認の書類たちが。この状況を見るに、どうやら俺は生徒会広報の仕事中に寝落ちてしまったらしい。そこに、丁度部屋に入ってきたレオスが起こしてくれたのだろう。
他のみんなはまだ来ていないのか、部屋に居るのは俺とレオスのみだった。
「にしても明那君、寝不足なんですか?」
「なんだか顔色がすぐれない様に見えますよ〜?」
「ん?……あー、ちょっとね。」
しばらくして、今度はいつもより少しトーンを落とした声色でそう問われた。これも彼なりの優しさなのだろう、普段は生徒会の経費をちょろまかしたり、変な実験をしたりと、なるべく敬遠したい人物ではあるが……。こういう時に何気なく心配してくれるのだから、やはり素は良い人だ。
そんな優しい彼の問いに、こんな曖昧な返事を返してしまったのは申し訳ないと思うが、彼が言った『寝不足』というのは紛れもなく本当のことだった。
ここ最近、嫌な夢ばかりを見る。夢の内容は全て一貫していて、俺が親友でありながら密かに想いを寄せてしまっている、不破湊という男についてのもの。
ある日突然、学校の体育館裏に呼び出されたかと思えば、そこには知らない女の子と彼がいて。俺が今まで見たこともないような冷たい目で蔑まれながら、「もう関わらないでほしい」と別れを告げられる。俺が何も言えずに立ち尽くしていると、彼は呆れた様な顔を見せて彼女とどこかへ行ってしまう。 日 によって差異はあるものの、大体いつもそんなような内容。
聞いている側からすればたかが夢如き、と思うかもしれないが、不破への恋心を長い間拗らせまくっている俺にとっては、その夢は地獄そのものだった。
無論、端から彼と恋人同士になれるなんて考えちゃいないが、この嫌になるくらいに肥大した恋愛感情がそう簡単に消えるはずも無く。自分を騙し続けるのが辛い、 だけど不破に迷惑はかけたくない、という葛藤の末、せめて『ただの友達』としてでも傍に居よう、という選択をした。
しかし、そんな唯一の願いも打ち砕かれる様な酷な夢を見続ければ、さほど強くもない俺のメンタルが擦り減っていくのは分かりきったことだ。
故に眠ることが怖くなり、寝不足。眠れたとしても、先ほどみたく急に電池が切れたかの様に寝落ちるくらい。
「まあ、文化祭前で生徒会も中々忙しいですからねぇ、」
「でも無理は禁物ですよ!!」
「はは、ありがとヴィンちゃん……、」
ブー、ブー
そこで、センターテーブルの上に置いてあった俺のスマホが振動した。手に取って画面を確認した瞬間、俺の心臓がドキリと跳ねる。
『 着信 不破湊 』
まったく、なんてタイミングなんだ。この人とだけは今は話したくなかった。
とは言っても出ないわけにはいかないので、レオスに一言断りを入れてから、生徒会室の外の廊下に出た。
「……。」
大丈夫、相手はちゃんと現実の、優しいふわっちなんだから。
そう自分に言い聞かせ、応答のボタンを押した。
「も、もしもし……、」
「あ、あきにゃ〜!俺よ俺。」
「今時間たいじょぶそ?」
聞き慣れた大好きなその声に、不意に頬を綻ばせる。
「平気だよ、……どしたん?」
「実は、あきなに会わせたい人がおるんよね。」
「軽音部室、来れる?」
「……、」
「あきな?どした、なんか都合悪い?」
「……い、や。行ける、軽音部室ね。」
「ん!ごめんな急にこんなこと言って、」
「気にしないで、 それじゃ、!」
通話が完全に切れたことを確認し、はぁ、と短いため息を吐く。
急な呼び出し、そして会わせたい人。これはまさに夢と同じ状況。このまま順当にいけば、会わせたい人というのは不破の彼女ということになる。
「やだなぁ……、」
あれほど人気な不破のことだ、いつかこんな日が来るのを覚悟はしていた。
それでも喉が焼ける様に辛い。
好きなものは好きなのだから。おかしくなってしまうほどに。
「行く」と言った数秒前の自分の選択を呪いながら、重い足取りで軽音部室へと向かった。
軽音部室からは、恐らくギターとベースであろう音が漏れていた。耳を澄ましてみたが、話し声らしき音は聞こえない。
ふ、と気合を入れ、部室のドアに手をかける。
ガラ…
「お邪魔しま〜す……、」
部屋に入った瞬間、鳴っていた音がピタリと止んで、中にいた2人の視線が一斉にこちらに集まる。
赤い長髪のベースを持ったイケメンと、褐色肌で白髪のギターを持ったイケメン。さすが軽音といったところか、どちらも系統は違うがちゃんとイケメンで、素直に感心する。
パッと室内を見た感じ、不破の姿は見えなかった。
(呼び出しておいていないとか、どういうつもり!!?)
俺が初対面の相手に弱いことは、不破も知っているはずだ。現に今、死ぬほど気まずい。
しばらく全員が顔を見合わせていると、赤髪の方が沈黙に耐えかねたのか、口を開いた。
「え、と……、もしかしてみな…不破先輩のお友達っすか?」
「あ、そうなんだよね…!でも本人いないみたい……?」
「あーー、多分もうすぐ戻ってくると思うんで、とりあえずこっち…… 、」
「あきなーーーっっ!!!」
突然言葉が遮られたかと思えば、背中に飛びつかれた様な強い衝撃を受けた。
「ぅおッッ!!??」
「んーー!!、あきにゃ〜〜…、 」
俺のお腹の方に手を回され、所謂バックハグの状態でぎゅーっと抱きしめられながら、肩のあたりにふわふわの頭を押しつけられる。
耳元で嬉しそうに俺の名前を呼ぶこの相手は、後ろを振り返らずとも誰なのか分かった。
「ちょ、ふわっち、!……ふ、あはは、くすぐったいから、それやめて、!ww」
「んはは、ごめんごめん、」
俺が言うと、背中に伝わっていた熱がスッと離れていく。名残惜しいが、目の前の赤髪の彼が目を丸くしてこちらを見つめているので、少し気まずい。
解放された体を振り向かせると、嬉しそうに微笑む不破。そして、その後ろにももうひとり、この子もバンドメンバーだろうか。
「ロレもイブも、あきなのことありがとな!」
「いや、湊は無責任すぎな。」
「俺は何もしてないけど。」
やれやれ、と言った様子の赤髪と、 呆れ顔で笑っている褐色肌の男。
「あきな、紹介するわ。」
「こっちはベースのローレン・イロアスで、こっちはセカンドギターのイブラヒム。」
2人が軽く会釈をしてくれたので、俺も返した。
「そんで、」
不破がもうひとりの子に手招きをする。
「こいつがボーカル担当の渡会雲雀。」
あ、と思った。
この子が、ふわっちが一目惚れしてスカウトしたっていう1年生か。
身長は恐らく180超えている。紫ベースの髪にネオンピンクのインナー、綺麗なゴールドの瞳が印象的だった。
(そうだ、俺も名乗らないと。)
そう気づき口を開こうとした瞬間、それをローレンに手で制された。
「あ、大丈夫っすよ、三枝明那先輩ですよね。」
「っえ!?なんで……、」
「そりゃ生徒会広報だから知ってるってのもありますけど……三枝先輩のことは、いつも湊から散々聞かされてるんで。」
「湊、口を開けば先輩の話なんすよ、笑」
「……は、?」
不破の方に視線を送ると、パチ、とお手本の様なウインクを返された。 それに不覚にもドキッとしてしまい、思わず目を逸らす。
渾身のウインクをかわされたのが不満だったのか、不破は「あきにゃ〜〜」なんて寂しそうな声を出してるけど、無視無視。
「ところでふわっち、会わせたい人って?」
軽音部室に入ってしばらく経ったが、この部屋にいるのは俺含めた5人のみで、不破の彼女らしき人は見当たらなかった。 となると、会わせたい人というのはバンドメンバーの誰かということになる。
とりあえず、彼女でなかったのは一安心だ。
俺がそう声をかけると、不破は今思い出した、というような表情をする。
「あ、そやそや。」
「会わせたい人っていうのは、この雲雀くんのことなんやけど……、」
「うん、?」
「あきな、ひばに歌教えてやってくれん?」
to be continue…
コメント
4件
わぁぁぁあらせんさん!!お久しぶりです!😭えもう本当に信じられんほどらせんさんのこのシリーズ大好きなんですありがとうございます!!!
うぇ、チョ、そんな地獄味わってんのかぁあきなぁ、大丈夫かぁ😭 ヤッヤベェふわふわのふわっちの髪の毛触ってみたい🎵
待ってましたぁぁぁぁぁ(歓喜)好きです😭