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あいたぴ♡苺もち
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#日常
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谷崎爽奈
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第292話 洗い直される事件
【現実世界・クロスゲート・テクノロジーズ本社ビル/午前】
ビルの入口から、会社名が消えていた。
正確には撤去されたわけではない。
銀色の文字で取り付けられた
《CROSS GATE TECHNOLOGIES》のロゴは、今も壁に残っている。
ただ、その下を行き交う人間が変わった。
社員証を下げた開発者。
営業担当。
受付。
警備員。
以前ならそんな人間で埋まっていたロビーを、今は捜査員と鑑識が行き来している。
木崎は自動ドアを抜け、足を止めた。
吹き抜けの大型モニターは黒いまま。
かつてクロスワールドゲートの広告が流れていた場所だ。
「静かになったな」
隣を歩いていた城ヶ峰が上を見る。
「ああ」
「前に来た時は、でかい広告がずっと流れてた」
「利用者数だの、新しい世界だの、そんなのばかりだったな」
木崎が鼻で息を吐く。
「本当に新しい世界に客を飛ばしてたとは、誰も思わねえよ」
二人は奥のエレベーターへ向かった。
現在、地上階の大部分は捜査済みだ。
問題は地下。
通常社員すら存在を知らなかった区画が、少しずつ見つかっている。
そして、もう一つ。
会社そのものを調べれば調べるほど、妙なことも分かってきた。
社員のほとんどは、本当に知らなかった。
クロスワールドゲートを「人間を異世界へ移す装置」だと理解していた者は、ごく一部。
多くはゲーム。
仮想空間。
通信技術。
次世代型の没入サービス。
そう信じて働いていた。
城ヶ峰が言う。
「会社全体を一つに見るのは無理だな」
「だな。知らなかった奴まで全部共犯にしたら捜査にならねえ」
「問題は上だ」
「ああ」
白峰律。
そして、現実側の記録だけでは説明できないオルガ・セフィロ、ヴァルド・レイグ。
さらに、その奥にいたカシウス。
そこから下へ。
秘密研究に関わった人間。
記録を消した人間。
実験へ協力した人間。
何も知らず、普通にプログラムを書いていただけの人間。
それらを分けなければならない。
エレベーターが地下四階で止まった。
扉が開く。
日下部が待っていた。
「遅かったですね」
木崎が時計を見る。
「三分だろ」
「十分前には来ると思っていました」
「お前が早すぎるんだよ」
城ヶ峰が横を通り抜ける。
「で、何が出た」
日下部はすぐ表情を切り替えた。
「かなりあります」
◆ ◆ ◆
【クロスゲート本社ビル/地下資料解析室】
壁一面のモニターに。
人の名前が並んでいた。
数十。
いや、まだ増えている。
木崎が眉を寄せる。
「昨日より増えてるじゃねえか」
「条件を変えました」
日下部が端末を操作する。
最初の一覧が消えた。
代わりに、大きく六つの分類が表示される。
《失踪》
《死亡》
《長期昏睡》
《記憶欠落》
《身元不明》
《記録改変の疑い》
城ヶ峰が画面を見る。
「クロスワールドゲート利用者だけじゃないな」
「外しました」
「何を?」
「アプリ利用歴を必須条件から」
日下部が新しい検索条件を表示する。
「これまでの調査で、世界間転移そのものはクロスワールドゲート以前から起きていた可能性が高くなりました。なら、アプリを使っていないという理由だけで除外する意味がありません」
木崎が椅子へ座る。
「それで、この数か」
「はい」
一件目。
《男性・二十代》
《自宅から失踪》
《携帯電話・財布残置》
《遺体未発見》
二件目。
《女性・三十代》
《路上で意識不明》
《二日後覚醒》
《該当期間の記憶なし》
三件目。
《身元不明男性》
《河川敷で保護》
《国内製造記録のない衣服》
《会話成立せず》
四件目。
《高校生》
《下校中失踪》
《防犯カメラ上、一地点を境に映像消失》
木崎が画面へ身を寄せる。
「待て。この高校生、端末持ってたのか」
「持っていました。ただしクロスワールドゲートは入っていません」
「じゃあ今まで無関係扱いか」
「はい」
城ヶ峰が言う。
「それも洗え」
「その予定です」
「失踪地点周辺の通信障害、停電、監視カメラの欠損も一緒に」
「分かりました」
木崎が別の一覧を見る。
「死亡の方は?」
日下部の指が止まった。
画面が変わる。
そこには、すでに何度も見た名前も含まれていた。
柏木陽介。
公的には、自宅で死亡。
当初は急性心不全として処理された。
だが、その後の調査で自然死ではなかったことが判明している。
柏木――異世界側では大臣アルディア。
匠と共に複製観測鍵を作り、反記録の仕組みに関わった人間。
木崎が名前を見る。
「柏木は確定でいい」
城ヶ峰も頷く。
「ああ。こいつは“行方不明かもしれない”側には戻すな。死んでいる」
「分かっています」
日下部は分類を示す。
《死亡確認済》
《クロスゲート関連性・高》
すでに結論が出ている事件を、再び謎にはしない。
必要なのはその周囲だ。
「柏木が殺された時期の前後」
城ヶ峰が言う。
「同じように不自然な死亡や失踪がないか見ろ」
「すでに抽出しています」
さらに名前が出る。
会社関係者。
外部協力会社。
研究施設に出入りしていた人間。
死亡。
退職。
転居。
連絡不能。
一見すればどこの大企業にもありそうな人の出入り。
だが、並べてみると
偏っている。
ある時期だけ
人が消えすぎていた。
木崎が低く言う。
「……これ、退職者じゃねえだろ」
一人の社員記録。
《退職》
そのわずか二日前まで
会議予定あり。
開発タスクあり。
長期案件担当。
会社支給端末返却記録なし。
私物引き取り記録なし。
退職面談なし。
「突然辞めたことになってる」
城ヶ峰が言う。
日下部が頷いた。
「同じ形式が他にもあります」
五人。
六人。
七人。
表示が増える。
木崎の表情が変わる。
「会社側が消した?」
「可能性があります」
「全員が転移者とは限らない」
城ヶ峰が言った。
「死亡を隠した奴、逃げた奴、研究から外された奴も混ざってる」
「はい」
「だから決めつけるな。一人ずつだ」
日下部が頷く。
「分かっています」
◆ ◆ ◆
さらに別の一覧が開く。
今度は柏木の事件、砂の迷宮で起きた事件と、その前後。
当時、意味の分からなかった記録。
突然の失踪。
意識障害。
原因不明の昏睡。
クロスワールドゲートへ接続した直後の異常。
そして、「戻ってきた」と証言したものの
どこから戻ってきたのか誰にも理解されなかった者。
当時は、
精神症状。
虚偽。
混乱。
事故後の一時的記憶障害。
そんな説明で処理されていた。
今なら違う。
城ヶ峰が一つの記録を開いた。
《男性・二十四歳》
《失踪期間・四日》
《自宅近くで再発見》
《本人証言――森、石造建築、見知らぬ言語》
《精神的不調として処理》
木崎が顔をしかめた。
「四日で戻ってる」
「ああ」
「ただの失踪かもしれねえ」
「もちろん」
「でも今なら」
「異世界へ行っていた可能性も切れない」
木崎は背もたれへ身体を預けた。
「こんなの、当時分かるわけねえな」
「警察が悪いわけじゃない」
「分かってる」
城ヶ峰は次を開く。
《女性・十九歳》
《意識不明状態で発見》
《衣服に未知の植物片付着》
《検査後廃棄》
木崎が思わず顔を上げる。
「廃棄?」
「十年以上前の記録だ。事件性なしで保管期限も切れてる」
「今なら喉から手が出るほど欲しいな」
「ああ」
未知の植物片。
それが異世界由来だったかもしれない。
だがもう確認できない。
過去は、全部が都合よく残っているわけではなかった。
日下部が言う。
「だから記録の再分類だけでは足りません」
「本人に会うしかない奴もいるな」
木崎が言った。
「生きていれば」
城ヶ峰が一覧を見る。
「生きてる奴からだ」
◆ ◆ ◆
【クロスゲート本社ビル/旧開発フロア】
昼過ぎ。
三人は捜査員の案内で、かつての開発フロアへ入った。
机。
椅子。
モニター。
ホワイトボード。
大半はすでに押収済み。
残っているのは、誰が見ても普通のIT企業の職場だった痕跡ばかり。
木崎が机を指す。
「ここで働いてた連中の大半は、本当に何も知らなかったんだろうな」
「証言も一致してる」
城ヶ峰が答える。
「異世界へ人間を飛ばしてたなんて話を知ってた社員は、今のところ出てない」
「白峰直属を除いて?」
「そこは別だ」
奥にガラス張りの会議室がある。
扉には。
《SYNC DEVELOPMENT》とだけ書かれていた。
同期開発。
表向きならユーザー情報と仮想空間の同期。
センサー情報。
アバター。
そんなものを扱う部署にしか見えない。
日下部が言う。
「この部署の社員記録に欠損があります」
「何人」
「少なくとも一人。完全に一人分抜いたような空白があります」
城ヶ峰が足を止めた。
「名前は?」
「まだ復元できていません」
「ユナの記憶にいる先輩か」
「可能性はあります」
木崎がガラス越しに室内を見る。
「一人分だけ?」
「現時点では」
「席は?」
「配置図にも不自然な空白があります」
会議室の外。
長机。
座席番号。
一つだけ、番号が飛んでいる。
12。
13。
15。
14がない。
木崎が眉を寄せた。
「雑だな」
「消す側は、当時これで十分だと思ったんだろ」
城ヶ峰が答える。
「誰も何年もあとから座席番号まで洗い直すとは思わない」
「そりゃそうか」
日下部が端末へ記録する。
その時、別の捜査員が近づいた。
「城ヶ峰さん」
「何だ」
「地下サーバーから復元したログです」
端末を渡される。
「何の?」
「ユーザー転送ではありません。もっと古いものです」
画面。
日付、クロスワールドゲートの一般公開前。
さらにサービスとして形になるより前。
《BOUNDARY RESPONSE》
《SUBJECT》
《SYNC》
途中から破損している。
木崎が覗き込む。
「被験者?」
「そう読める」
城ヶ峰の表情が変わった。
公開前。
利用者はいない。
なのに、被験者。
日下部がログを拡大する。
最後に、一行だけ。
《TRANSFER RESPONSE DETECTED》
転移反応検出。
三人とも。
しばらく何も言わなかった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・警察関連施設/臨時合同分析室・夕方】
戻った三人は事件一覧をさらに広げていた。
現実側で確認された者。
異世界から来た可能性がある者。
一度向こうへ行き、戻った可能性がある者。
そして、行ったまま戻っていない可能性がある者。
城ヶ峰が最後の分類を見る。
《現実側失踪》
《死亡確認なし》
《異世界側照合未実施》
木崎が言う。
「何人だ」
「現時点の高優先候補は十二人です」
日下部が答えた。
「多いな」
「ただし全員が転移者とは限りません」
「分かってる」
木崎が一人の名前を開く。
失踪から九年。
当時二十八歳。
独身。
遺体なし。
カード利用なし。
携帯反応なし。
完全に消えている。
「仮にこいつが向こうにいたとして」
木崎が言う。
「九年だぞ」
城ヶ峰が見る。
「だから何だ」
「向こうで九年生きてたら、もう生活できてるかもしれねえ」
家。
仕事。
仲間。
もしかしたら、家族。
「見つけたら戻すのか?」
城ヶ峰は首を振った。
「本人に聞く」
「現実に家族が待ってても?」
「ああ」
「向こうにも家族がいたら?」
「なおさらだ」
木崎は少しだけ黙った。
以前すでに同じ問題を見ている。
レグナ・フォルス。
七年間日本で山岡隆司として生きた男。
元の世界が分かってもすぐには帰らなかった。
悩んだ。
最後は自分で王都を選んだ。
城ヶ峰が言う。
「探すのはこっちの仕事だ」
「その先は?」
「そいつの人生だ」
木崎は小さく息を吐いた。
「ああ」
日下部が新しいファイルを作る。
《未帰還者候補》
そして。
異世界側へ照合依頼を送信した。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/臨時分析室】
水晶板に十二人分の情報が届いた。
ノノが一人ずつ開いていく。
顔写真。
失踪時年齢。
所持品。
出身地。
最後に確認された場所。
アデルが隣で見る。
「十二人?」
「今のところね」
「王都の記録だけでは足りないな」
「うん。地方と軍の古い保護記録にも回す」
ヴェルニが写真を覗く。
「九年前の顔見せられて分かる奴いるのか?」
「名前だけよりはいいでしょ」
「まあな」
ダミエが一人の男性の写真を見る。
しばらく動かない。
アデルが気づいた。
「どうした?」
「……この顔」
ノノが振り向く。
「知ってる?」
ダミエはすぐには答えなかった。
写真は九年前に現実世界から消えた男性。
当時二十八歳。
ダミエは画面へ少し近づく。
「似てる人なら」
アデルの表情が変わる。
「どこで見た」
「王都じゃない」
「では?」
ダミエが指を置いたのは王都からずっと西。
現在の地図では小さな村が点在するだけの地域。
「七、八年前」
短く続ける。
「結界修復で行った村にいた」
ノノが息を止める。
「同じ人?」
「分からない」
ダミエは即座に否定した。
「似てるだけ」
アデルが頷く。
「それでいい」
決めつけない。
だが、調べる理由にはなる。
ノノが記録を更新する。
《未帰還者候補》
《異世界側類似人物情報・一件》
《照合開始》
現実側でただの失踪者として残っていた名前。
異世界側で別の人生を生きているかもしれない人間。
二つの世界の記録が
初めて、過去へ向かって重なり始めていた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・雲賀家/夜】
ハレルのスマートフォンが鳴った。
城ヶ峰からだった。
『クロスゲートの古いログが出た』
ハレルは画面を見ながら、向かいの匠へ伝える。
「父さん」
匠が顔を上げる。
「何だ」
「クロスワールドゲートが公開される前の記録」
その一言で、匠の表情が変わった。
「どんな記録だ」
「被験者って書いてある。それと――転移反応」
匠はしばらく何も言わなかった。
ハレルが聞く。
「知ってる?」
「……一部は」
「白峰?」
匠の目がわずかに細くなる。
「ああ」
「明日、その話をしよう」
ハレルも
胸元のネックレスへ触れた。
父が自分へ渡したもの。
柏木と作ったもう一つの鍵。
白峰律と父がまだ敵ではなかった頃。
そこから、何が始まったのか。
「最初から聞かせて」
匠は静かに頷いた。
「ああ」
コメント
1件
読ませていただきました…重いですね。一つの事件を洗い直すたびに、新たな“消された人”が浮かび上がってくる感じが、本当に息苦しかったです。特に、座席番号が一つだけ飛んでいる描写、あれがぞっとしました。過去の記録を誰かが意図的に消した跡で、でも“完璧じゃなかった”という哀しさがあって。最後の匠さんの「最初から聞かせて」という言葉、ようやく核心に触れる予感がして、次の話が待ち遠しくなりました。ありがとうございます。