第一章:出会いは静かに
春。
グラウンドの土が新しく整備され、校舎に吹き込む風もどこか新鮮だった。
「おーい翔太、プリント配れってさー!」
教室の隅でうとうとしていた田中翔太に、クラスメイトの矢口龍が丸めたプリントを投げてくる。
「あー、めんどくせー。でも先生に怒られんのもだりぃしな……」
やる気なさそうに立ち上がった翔太は、プリントをクラスメイトの机にぽんぽんと置いていく。
その手がふと止まったのは、教室の一番後ろの窓際。
「……えっと、佐藤……さん?」
そこにいたのは、黒髪をポニーテールに結んだ、細い背中の女の子。
佐藤芽。茶道部で、いつも静かに本を読んでいる。クラスメイトとの会話も少ない。
芽は、顔を上げた。
大きな瞳が一瞬だけ翔太を見る。
「……ありがとう」
小さな声。でも、はっきりと届いた。
「い、いや、どーも……?」
翔太はちょっと気まずそうに笑って、プリントを置いた。
不思議だった。
いつもは話しかけられてばっかりなのに、自分から話しかけたのは久しぶりだった。
その日から、翔太の視線は、ふとした瞬間に教室の隅へ向かうようになった。
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