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かきまぜたまご
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「……ふん、胸糞の悪い輝きを放ちおって」
我は、幻想的な空間の中央に鎮座し、脈動を続けるグリーンスフィアを忌々しげに一瞥した。
それは空間の壁を神経のように貫き、大地と一体となって鳴動を繰り返している。一見すれば世界の調和を司る聖なる核に見えるだろうが、我にとっては、これは調整の絶えない巨大な「生体システム」のひとつに過ぎない。美しさなどという感情は、とっくに摩耗して消え失せている。
我は自らの銀髪を、苛立ちをぶつけるようにクシャクシャと掻き毟った。
指先に伝わるのは、今、この瞬間に纏っている肉体――「ハー」の感触だ。遺伝的な質量として完璧に調整されたこの体が、今、どれほどの精度で機能しているか。我は自らの腕をなぞり、血管の浮き方から皮膚の微細な質感までを精査する。異常はない。
我は吐き捨てるようにグリーンスフィアから背を向けた。
去り際、背中にはスフィアが放つ圧倒的なプレッシャーが押し寄せる。あの女のものかどうかもわからないが恐らくそうだろう。そして、分かるのは、神王たる我を憎む悲鳴か、あるいは我という絶対者の「圧」に対する本能的な畏怖か。どちらでもいい。今の我は、この空間自体が我が不機嫌を察して、縮こまっているように感じていた。
「ふ……この姿で歩き回るのも久しぶりだが、やはり慣れんな。玉座であのアホ面の臣下どもに見せている姿とは、あまりに乖離しているからな」
我は自嘲気味に、鼻で笑った。
「あいつら猿どもは、今の我を見ても『神』とは思わぬだろう。せいぜい『どこぞの人風情』と見下し、憐れむのがオチだ。全く、人間というのは視覚情報という名の皮膜に支配された浅ましい生き物よ。奴らが理解し、崇めやすいように記号化された『神の姿』をわざわざ用意してやっているというのに。本質を、魂である『カー』の輝きを見ようともしない愚か者どもには、ほとほと嫌気がさす」
我はこれからの計画を、冷徹に脳内のシナプスに刻み込んだ。
やりたいことは山ほどある。だが、まずは景気づけに、遠い昔、試作段階で放り出した「アレ」を再びこの地上へ解き放ち、この停滞した世界をかき回してやろうじゃないか。
「クハハハ……かつて封印した禁忌が、今の脆弱な人間どもに何をもたらすか。想像するだけで、この渇いた退屈が少しは紛れるというものだ」
(行き先は、我が『創造の部屋』だ)
我がおもうと、周囲の壁が巨大な内臓のように蠢き、我を飲み込んだ。ドクン、という不快な重低音。視界が暗転し、肺に流れ込む空気が腐植土と薬液の混ざり合った独特の湿り気を帯びる。次に目を開けた時、そこは我にとって唯一、偽りの仮面を脱ぎ捨てて「本音」と「欲望」に向き合える聖域であった。
――ズズッ。
不快な転移音と共に降り立った先は、整然とした庭園などではない。
そこは、千切れた未知の植物のパーツ、得体の知れない生物の骨格標本、そして使い古され錆びついた実験器具が乱雑に散乱する、我が「性癖」と「狂気」が詰まったゴミ溜めのような植物園だ。
天井からは発光する粘菌が垂れ下がり、足元では土に埋まった人工神経が時折火花を散らしている。こここそが、ジーザ王国の形而上学的な理を弄び、生命の定義を書き換えるための実験場だ。
「さあて、我が愛しき最高傑作……集魂寄生蟲ソルサイト。またお前の出番が来たようだな」
我は部屋の奥、乱雑な机の上に置かれた四角い強化ガラス瓶へと歩み寄った。
中では、ムカデに似た醜悪な多足類が、自分の存在を呪詛のように主張しながら、黒い煙を巻き上げ、激しくのたうち回っている。
「自分で創っておいてなんだが、本当におぞましい姿よな」
我は瓶の表面を、挑発するように指先で弾いた。
「肉体である『ハー』を乗っ取り、魂である『カー』を食いつぶす。それだけならば、ただの害虫に過ぎぬ。だが、お前の真骨頂はそこにはない。宿主の生命力と溶け合い、魂の深淵をぐちゃぐちゃにかき混ぜ、全く新しい『別の魂』を強制的に創り出す……。あぁ、たまらないな。一つの器の中で複数の魂が悲鳴を上げ、一つの新しい形へと焼き固められるその瞬間。これこそが、神である我にしか味わえない、創世の快楽だ。まさに、魂の蠱毒。」
破壊の極致にのみ存在する「生命の美しさ」。
それを見出し、自在に操り、支配できる我こそが、この世界で唯一の自由を持った存在なのだ。
しかし、神の御業をもってしても、現実は往々にして我が計算を嘲笑う。
「……まったく、この蟲を完成させるのに、どれほどの年月と情熱を費やしたと思っている」
我は瓶を掴み上げ、激しく蠢く蟲の赤い複眼と目を合わせた。
「逃げ出した奴らのデータをシナプスシェルから掘り起こし、生体情報を隅々まで覚えさせ、追跡用に完璧に調整したはずだ。ターゲットをロックすれば、地の果て、世界の果てまで逃がさぬはずの傑作が……なぜ、こうも思い通りに動かんのだ」
以前、ある集落にこの集魂寄生蟲ソルサイトを放った時、確かに接続は確立されていた。
蟲が適切な宿主を見つけ、その魂を侵食し始めた微かな、しかし強烈な感触。あの時、我は確かに集魂寄生蟲ソルサイトを通じて、宿主の『カー』が崩壊し、再構築される熱量を感じていた。だが、それ以降、通信は途絶え、命令系統は死んだ。
「『王国へ戻れ』と命じたはずだが、反応すらない。平原やら山陵付近を、ただ本能の赴くままに彷徨い続けおって……。何だ、宿主となった人間の意識が、未だに我が命令に抗っているとでも言うのか? たかが矮小な人間一人の自我が、我が最高傑作であるこの蟲を、内側から封じ込めているとでも? ……ふん、笑わせおるな。我が研究も、まだまだ一段階、いや、十段階は上げねばならんということか。反吐が出る」
我は苛立ちを紛らわせるように、瓶を乱暴に机に叩きつけた。
ガラスが悲鳴を上げるが、壊れはしない。
「未来人のガニメデも、ダルマのようになって使い物にならぬらしいからな。向こう側の『ゴキブリ』どもに、想定外の腕利きがいるということか。予定が狂うのは、我が美学に反する。屈辱と言ってもいい」
だが、我が口角は、怒りとは裏腹に、歪んだ歓喜で吊り上がっていた。
「いいだろう……。予定通りにいかぬからこそ、この遊戯は余興としては最高だ。この集魂寄生蟲ソルサイトを、さらに悍ましく、さらに強固な段階へと進化させてやる。逃げ場など、どこにも残さぬようにな」
我は机の上のガラクタを払い退け、シナプスシェルを起動させた。
画面には、集魂寄生蟲ソルサイトが過去に記録した追跡データと、宿主から吸い上げた断片的な記憶が、ノイズ混じりの波形となって流れていく。
「人間と蟲の魂がぶつかり合い、混沌としているというのなら、その混沌ごと煮詰めてやればいい。返答がないのは、魂の所有権を巡る争いがまだ決着していない証拠。ならば、その争いを加速させる触媒を、追加で放り込んでやろうじゃないか」
我が脳裏には、既に新しい蟲の設計図が描かれていた。
ターゲットの生体情報、わずかな残滓、そして今この瞬間もどこかで彷徨っているであろう集魂寄生蟲ソルサイトの座標。
「ククク……グリーンスフィアを我が手に収めるまでの、退屈しのぎにはちょうどいい。あやつらが、自らの内側から湧き出した絶望に這いつくばり、魂を差し出す姿を……この特等席で、じっくりと見物してやろう」
我が哄笑が、不気味な静寂に満ちた植物園の隅々まで響き渡る。
瓶の中の集魂寄生蟲ソルサイトは、主の狂気に同調し、激しく煙を巻き上げながら、その鎌のような多足をガラスに突き立て、新たな「創造」を待ちわびるように鳴いた。
「全ては、我が手中へ。破壊と創造、その狭間にこそ、真実の命は宿るのだ。グハハハ……!」
「さあ、行くのだ! 滅ぼすのだ、元同胞である生き残りの一族を、いや、あのゴキブリどもを! 全てを統合し、魂ごと抹殺してやるのだ!」
持ち上げた瓶を地面に叩きつける。割れた硝子の中から解き放たれた集魂寄生蟲ソルサイトは、けたたましく呻き、空間の隙間を縫うようにして瞬く間に走り去った。
さて、余興といえば、未来人ガニメデとの交渉もあったな。あやつは任務に失敗したが、まだまだ利用価値がある。何しろ、我が元へ「コアが欲しい」と言い寄ってきたのだからな。奴の言うコアとは、恐らくあのグリーンスフィアのことだろう。しかし、浅はかにもガニメデは、このシナプスシェルこそがコアだと思い込んでいる。オリジナルの存在を奴は知らないのだ。表層のみの力に驚いているようでは、未来の世界とやらも案外発展していないのだな。
しかし、ガニメデが持っていた未来の代物――『デバイス』と言ったか。あれは良い。ガニメデがあの代物から、見たこともない構造物を次々と生み出した時、それがシナプスシェルに比類する、あるいはそれ以上の超常的な力を秘めていることは明白だった。機能性も、おそらくそれだけに留まるまい。
今すぐにでも没収したいところだが、どうやら使用権限が奴本人にしか操作できないようになっている。だからこそ交渉材料に組み込んだのだが、あやつが居なければ使えないという仕様だけは解せない。殺して奪うこともできたが……まあ、利用価値はまだまだあるということだ。
「ガニメデの様子を見るか」
我は念を飛ばすように、ガニメデの部屋を脳裏に深く思い描く。
「肉身胎生ヘクタールバース――『顕眼けんがん』」
それは、このジーザ王国内を統制するレー神王にしか許されない、絶対君主による全方位監視術式である。ジーザ王国内であれば、我はどこであっても視ることができ、国内のあらゆる事象を掌握できる。即ち、ガニメデの様子を遠方から覗き見ることなど、造作もないことであった。
ガニメデの部屋の壁から、肉の塊のような歪な眼球が無数に育ち、その瞼をいっせいに開く。感覚を共有している我は、その視界が開いた瞬間、思わず目を見張った。
「!?……こやつ……手と足が……」
ガニメデは、あの村での戦いでダルマのように四肢を切断されたと報告を受けていた。だが今、奴の手足は完全に復活している。何故だ? 監視させていたリザードマンの報告からも、そんな兆候は聞いていない。それに、ガニメデは肉体を変化・再生させる能力を持つ人間ではないはずだ。シナプスシェルの権限も持たぬ奴が、失った肉体を復活させるなど不可能なはず。しかし、目の前には確かに新たな手足が生えている。……興味深いな。
「ああ?? 誰だよ、俺のこと見てんのはぁ?」
ガニメデは、金属質な腕をガシャガシャと鳴らして調整しながら、壁に生えた眼球を睨みつけてきた。
ふん、流石に堂々と生やしすぎたか。まあよい。
「肉身胎生ヘクタールバース――『顕口けんこう』」
我がおもうと、眼球の傍らの壁からドロリとした肉の芽が生え、口の形を成して唇を開いた。
『元気そうだな、ガニメデよ。我だ。あの村の任務では、随分と苦労したようだな。失敗した以上、お前が欲しがっているコアの引き渡しは、また手に入るまで遠のきそうだ。残念ながらな。……しかしガニメデ、村から逃亡して戻ってきた時には手足を切断されていたと聞いていたが、一体その手足はどういうことだ?』
ガニメデは少し目を見開き、意外そうに眉を寄せた。
「神王!? かはは、そうか、この王国内はあんたの領域だもんなあ……。はぁ、俺がヤッてたところも見られたのかよ、全く最悪な気分だぜ……。まあ、コアに関しては、あんたの任務を遂行できなかった俺が悪い。そこは認めるよ。しかし、あんな強敵がいるなんて聞いてねえぞ。……手足? ああ? そういや、そうだったなあ。クソ、思い出すだけでムカつくぜ。あの野郎、次に会った時は俺と同じように切り刻んで、泣いて懇願させた後、頭をハネて氷漬けにしてやる。その生首を永久にこの王国へ晒し続けてやるからな……クソが!」
『我もそのような虫がいるとは思わなんだ。しかし、ガニメデ……会話になっていないぞ。我が問うているのは、切断されたはずのお前の手足が、何故そこに生えているのかということだ』
「ああ、悪いな神王よ、ムカつきすぎてよ。あのうんこ野郎のことを思い出しちまった。……この手足は義肢だ。ほらよ……」
――カシュ、ガシャン。
ガニメデは、自らの義足と義手を滑らかな動作で取り外してみせた。そして一通り見せつけると、「もういいだろ」と吐き捨て、すぐにまた繋ぎ直した。
未来の世界でも先進的な義体は造られているのだろうが、ガニメデのそれは一線を画す異質な外観をしていた。一見すると人間の肌に近い色合いだが、切断面の継ぎ目に違和感が生じぬよう、漆黒の装甲が周囲を強固に覆っている。そして、血管のように浮き出ているのは、ガニメデの特殊な肉体構造――氷を生成する固有器官を高めるためのものだ。青白く発光する管が、まるで本物の脈管のように義肢の隅々まで張り巡らされていた。
『な、なんと……。それが未来の技術というのか。美しい……』
我が内面から、心底の感嘆が湧き上がる。未来とはこれほどまでに素晴らしいものか。どうやって造られたのか、どのような理屈で動いているのかは未知数だが、驚くべきことに、そこにはある種の「神性」すら宿るような美しさがあった。ふん、よもやガニメデのような男に対して、これほどの羨望を抱くとはな。
「どうだ? 凄えだろ? 俺が考案した義肢だ。まあ、俺の肉体に特化させた専用品だけどな、これは」
『それも、あの『デバイス』とやらで創り出したのか?』
「ああ、デバイスの機能さ。『ナノファブリケーター』っていう、この世界にある物質を再構成して生み出す技術だ」
『そうか、便利だな。やはり……』
我が睨んだ通りだ。グリーンスフィアやシナプスシェルと同様の「超常の創造力」が、あの小さなデバイスには宿っている。しかし、あれは生体(生き物)には見えない。生命を持たぬ無機物が、どうしてこれほど完璧な産物を造形できるのだ? 未知の未来技術、その凄まじさは我が想像の斜め上を行く。生きたものでなければ構成を造り変えることなどできぬと考えていたが、身体として機能するとは、やはり、我と奴らとでは前提となる認識そのものが違うのか……。
「なあ神王……ちょっとばっかし、女を融通してくれよ。あ、それとさ、もう見るなよ、その気持ち悪い目でよ。萎えるからさ……」
『誰がお前のような男を何度も見るか。今回限りだ。好きにするがよい、臣下に用意させよう。……ともかく、今後もあの一族の件は頼んだぞ』
「かははは! 気が利くねえ、俺、やっぱあんたのこと結構好きだわ。前の職場じゃダルいこと言ってくる上司ばっかりだったからな。やっぱ持つべきものは、話の分かる上司ってやつよ、かっはっははは!」
『……そうか。では、また頼む』
我に対して平伏さず、物怖じもしない不遜な態度は、猿風情の中でも極めて稀だ。調子に乗りおって……。未来人という特異性がなければ、そして未だ見ぬ技術という餌をぶら下げていなければ、即座にこの世界から魂ごと抹殺してやるところだ。……まあ、今は泳がせておいてやろう。
肉の芽はすべての眼球と口を閉じ、壁の奥へと収縮しながら消えていった。
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【キャラクタービジュアル】
(レー神王:人の姿)
レー神王は、神の姿と人の姿の形態を自由に行き来することが出来る。