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一条先生が赴任してから、医局の空気は一変した。
彼女は事あるごとに私に接触してきた。
「冬馬くん、昔からそうなの。手に入れたい標本を見つけると、周りが見えなくなるまで閉じ込めて、自分だけのものにしようとする」
「……でもね、結芽さん。標本っていうのは、生きていては完成しないのよ?」
お昼休みの給湯室
彼女の言葉が、呪文のように私の耳にまとわりつく。
『標本』。
その言葉が、今の私の状況───
GPSでの監視、マンションでの同棲生活
そして首筋の刻印…と、残酷なまでに合致して、背筋が凍りついた。
その日の夜
マンションへ戻ると、冬馬先生は既にリビングのソファで、氷のような冷徹な瞳をして私を待っていた。
「……五分、遅い」
「すみません、一条先生に少し呼び止められて……」
その瞬間、先生が手にしていたグラスをテーブルに叩きつけた。
鋭い音が響き、中の中身が飛び散る。
「……あいつに近づくなと言ったはずだ。なぜ俺の命令が聞けない。お前も、あの女と同じように俺を裏切るつもりか」
先生は私の肩を掴み、乱暴にソファへと押し倒した。
怒りで血管が浮き出た彼の顔。
その瞳の奥には、ドSな支配欲ではなく、今にも壊れそうな子供のような寂しげな「絶望」が張り付いていた。
「……先生、待って…あの女って、誰のことですか? 前の彼女って……」
「……っ」
先生は私の抵抗を許さず、首筋に深く、噛みつくように唇を押し当てた。
それは愛撫というより、自分の存在を刻み込もうとする悲鳴に近かった。
「……っ、ふあ、……せん、せい……っ、……とうま、せんせ……」
私は、彼の震える背中に手を回した。
この人は、私を愛しているのではないのかもしれない。
ただ、欠け落ちた自分の心を埋めるための『部品』として、私を求めているだけなのかもしれない。
だとしても───
「……私は、どこにも行きません。ずっと、ここにいますから」
私の囁きに、冬馬先生の動きが止まった。
彼はゆっくりと顔を上げ、涙で濡れた私の瞳をじっと見つめると、絞り出すような声で呟いた。
「……俺は執念深い、一度捕まえたら離してやれない。それでも、俺の手を離さないと誓えるか?」
ドSな仮面の奥に隠された、底なしの孤独。
私たちの恋路は、もはや救いようのない深淵へと堕ちていくようだった。
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