ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。無事に戦車とパーツ類を積み込んだアークロイヤル号は、リザードマンとの戦いで受けた傷を癒すために『ライデン社』のドッグに入渠することになりました。
「今回はサービスである。次回からは代金を請求するぞ」
「ありがとうございます、会長。時間はどの程度掛かりますか?」
「損傷した箇所は舵だけである。明朝には終わり、正午にはそちらへ引き渡せるだろう」
「分かりました。宿泊施設はありませんか?代金は支払います」
「君達ならば帝国ホテルでも易々と宿泊できそうではあるが、訳アリなのであろう?我が社の傘下にあるホテルを紹介しよう。港のすぐ傍である」
「重ねて感謝を、会長」
港の近くにあるホテルに全員分の代金を支払って宿泊することが出来ました。というか、貸し切り状態ですね。金貨一枚とはお手頃価格です。
「金銭感覚が狂いそうだよ」
「まぁな、普通は金貨一枚なんて大金だ」
エレノアさんとベルが遠い目をしていました。
「そんなに大金でしたっけ?」
「いえ、それほどでもないとは思うのですが」
レイミと一緒に首をかしげます。
「ダメだ、こいつら元お嬢様だったわ。庶民とは金銭感覚違いすぎるわ。アスカは真似するなよ」
「……?」
アスカも首をかしげて、何故かルイにはため息を吐かれました。解せぬ。
「お姉さま、どうやら私達は一般常識とズレがあるみたいですね」
「その様ですね。まあ、困ることではないので現状のままいきましょう」
「はい」
斯くしてホテルで休むことになりましたが、ここは帝都。ゆっくりてしていると幼い頃を思い出してしまいます。
部屋でソファーに座り悶々としていると、自然な仕草でレイミが隣に座りました。
「帝都……また戻ってきたのですね」
「そうです。どうしても昔の事を思い出してしまいます」
「私もです、お姉さま……お屋敷がどうなったか、気になりませんか?」
「気になりますよ。ですが、私達二人が行くわけにはいかないでしょう」
間違いなく帝都は黒幕の目があるはず。今の私達では容易く消されてしまいます。
「やはり危険でしょうか」
「間違いなく危険です。私達が帝都に入るのは時期尚早。今回は取引ですが、今後は問題ないと確信できるまでシェルドハーフェンに籠るつもりです」
実際、先の抗争の最中に耳にした『マンダイン公爵家』。お父様と険悪であったあの家が、私達姉妹を見付けて温かく迎える?あり得ない話です。
私達の生存を知れば間違いなくアクションを起こします。それも悪い意味で。今はラメルさんが慎重に調査をしてくれています。
「……口惜しいですね。直ぐソコに家があるのに……あっ、そう言えば。伯爵家は取り潰しになったのでしょうか?」
「いえ、伯爵家は叔父様が継いでいる筈です」
「ルドルフ叔父様が?」
「はい」
ルドルフ=フォン=アーキハクトは、お父様の弟で私達の叔父に当たります。良くも悪くも調和を重んじる性格です。
お父様が保守派の帝国貴族と対立していた時も、静観と称してなにもしませんでした。つまり日和見主義者です。しかも、権威に弱い。
……ハッキリ言って頼りになりません。その辺の馬の方が遥かに頼りになります。
「ふふっ。お姉さまはルドルフ叔父様が大嫌いでしたね?」
私が苦々しく思っていると、レイミが笑顔を浮かべて語り掛けてくれました。
「大嫌いですよ。大事な時に日和見を決め込む身内など、敵よりも質が悪いと思いますからね」
「それならばなおのこと、今のアーキハクト伯爵家を調査した方が良いのでは?あの日の真相が少しでも分かるかもしれません」
「ふむ」
確かに、レイミの言い分も分かります。ルドルフ叔父様があの日に関与している可能性もある。
……でもなぁ。
「私達が出向くわけにもいかないでしょう」
「変装してみますか?」
「変装ですか」
「はい、髪の色を変えるだけでも印象は変わります。お姉さまは無表情を止めるだけで別人に見えますよ?今みたいに」
「そうですか?」
シスター曰く、レイミの前だと私は終始笑顔なのだとか。自覚はなかったです。
「……いえ、今は危ない橋を渡るような真似はしません。折角の提案ですが、今は時期尚早。レイミ、諦めてくれませんか?」
レイミのお願いを無下にするのは非常に不本意極まりないことではありますが。
「分かりました、お姉さまがそう仰るならば私は是非もありません。我が儘を言って困らせてしまい申し訳ありません」
「我が儘はいつでも大歓迎ですよ。ただ、今回は叶えてあげられない姉の無力さを許してください」
その日の夜、私はベルを連れてホテルの裏庭へと足を運びました。みごとな庭園が広がる中、噴水の近くのテーブルに腰かけて街灯に照らされた景色を楽しんでいました。
しばらくすると、後ろにあるベンチに誰かが腰掛けるのを感じました。
「全く、危ない橋を渡るじゃねぇか」
「今回はどうしても避けられなかったんです。準備が整うまで、帝都には寄り付きませんよ、ラメルさん」
それは、帝都で情報を集めているラメルさんでした。『暁』が帝都に来た事を知った彼は、直ぐに接触してきました。まあ、私が居ることに驚いていますが。
「そうだな、しばらく帝都には寄り付かない方がいい」
「そのつもりです。ちょっと早いですが、何か分かりましたか?」
「貴族様の権力闘争は毎日だな。いや、それは今関係ないか。嬢ちゃんの実家についてだな?」
「はい」
ベルが少し離れた場所で然り気無く周りを警戒してくれています。
「流石にまだ一ヶ月だからな、詳しい内情までは分からねぇ。だが、三日前アーキハクト伯爵家の屋敷の前に、マンダイン公爵家の馬車が停まってたな。そして、屋敷からご令嬢が出てきた。ルドルフ伯爵がまるで臣下みたいに恭しくついてきてたな」
「その令嬢は、私と同じくらいの?」
「嬢ちゃんは十七だよな?それくらいだ」
「マンダイン公爵家で私と同じくらいの令嬢は一人しか居ませんよ」
フェルーシア=マンダイン公爵令嬢。社交界の場で何度も私に突っかかってきた人ですからね、忘れるはずがない。
意味もなく絡んできて、しかもレイミの綺麗な紅い髪をバカにしましたからね。大人気ないとは思いましたが、片っ端から論破して恥をかかせてあげましたけど。
「やっぱり知り合いか」
「性根の腐った女です。間違いない。ただ、彼女の性格からしてわざわざ格下の貴族の屋敷を友好目的で訪ねるとは思えません。何か裏があるはず」
「それを調べるのが俺の仕事になりそうだな。少しは役だったか?」
「はい、充分すぎる程に。今回の報酬と活動資金の追加です」
私は金貨の詰まった小袋を後ろに投げて、それをラメルさんが受け取りました。手渡しがしたいのですが、私達は反対側を向いて話をしているのでちょっとカッコつけてみました。
「あいよ、続報に期待してくれ」
「無理はしないでください。貴方は既に私の大切なものなのですから」
「分かってるさ。またな、嬢ちゃん」
そのまま音もなくラメルさんはこの場を去りました。なんかスパイみたいですね。
少しだけ帝都の情報を得たシャーリィは、しばらく考え込む。
巨大な陰謀の影をひしひしと感じながら、帝都の夜は更けていった。
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