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アーキハクト伯爵家の状況について少しばかり情報を得られたシャーリィは、万が一に備えてホテルに籠り、翌日正午修理が完了したアークロイヤル号を受領すると直ぐに出港を指示した。
「長居は無用です。充分な収穫も得られましたし、直ぐに帝都を出たいと思います」
「分かってるよ、港に変な奴が集まってるって話だからね。シャーリィちゃん達は先に乗り込みな」
「分かりました。ただ、帰路では寄り道をお願いしたいのです。途中で立ち寄った無人島なのですが」
「あの島かい?」
「はい、あの島です。発見されたものは非常に興味深いものです。それ故に、あの島の調査を大々的に行いたいのです」
「なるほどねぇ。あの本は読めたのかい?」
「今現在レイミが解読中です。公用語に書き換えていますので、もうしばらく時間は掛かりますが」
「あれが読めるのかい?妹ちゃんも色々と規格外だねぇ」
エレノアは肩を竦める。
「自慢の妹です」
胸を張るシャーリィ。ただその小柄な身体では悲しいくらい迫力がなかった。
「微笑ましいもんだねぇ」
シャーリィ達はアークロイヤル号に乗り込み、直ぐに船室へと引っ込む。ただしアスカだけはマストに登っていたが。
「お姉さま、少しだけ解析できたのでご報告を」
「早いですね、レイミ」
「俺達も聞いていいのか?」
「もちろんですよ、ベル。ルイもね」
「おう」
皆が椅子に座り、レイミは古びた本を取り出してそっと開く。
「先ずこれは、ある人物の私記です。日誌とも言えます。そして、記述に間違いがないならば筆者は千年前に魔王を討ち果たした勇者です」
「マジかよ」
「その勇者が、あんな場所で寂しく死んだわけだな?妹さん」
「おそらくは。ただ、中身は悲惨なものです」
この世界に無理矢理連れて来られた勇者は、元の世界に戻るため魔王討伐の旅を十年続ける。そして苦楽を共にした仲間達と見事に魔王を討ち果たした。
レイミは勇者が異世界人であることは伏せてあらましを語る。
「それだけならば、悲劇とは言えませんね」
「ああ、伝説そのままだな」
「問題はそのあとです」
無事に魔王を討ち果たしたが、彼が元の世界に戻ることはなかった。
むしろその力を危険視した人間は彼の抹殺を謀る。最後には苦楽を共にした仲間達にすら裏切られた勇者は失意の中無人島に流れ着き、そこで非業の死を遂げる。
「なんだよそれ!?あんまりだろ!」
「まっ、そうだろうな」
「ベルさん、何で納得できるんだよ?」
「簡単な話だ。世界を脅かしてた魔王は死んだ。そして、そんな魔王を倒した奴がまだ生きてる。権力を持ってる奴等はいつの時代も考えることは同じってことさ」
「その通りです。内容からして、当時の王族達に危険視されたのが彼の悲劇でした」
自らの立場を脅かされると危惧した王族達は、彼の抹殺を謀ったのである。
「それが勇者の末路ですか」
「はい、お姉さま。中身は怨嗟の塊で、読んでいて気分が悪くなりました」
「恨むだろうなぁ」
「では、調査のついでに丁重に葬ってあげましょう。これも何かの縁ですからね」
「……ってことは、あの柄は勇者の武器なのか?」
「だと思いますよ。ドルマンさんに調査を依頼して、使えるようならば使いますけど」
「使うのかよ。勇者の武器なんだろう?」
「それはあくまでも物ですよ、ルイ。使えるなら利用しない手はありませんからね」
「シャーリィらしい発想だよ、本当に」
正午、準備を終えたアークロイヤル号は『ライデン社』の人々に見送られながら帝都を後にした。
翌日、無人島に到着したアークロイヤル号から、シャーリィを筆頭に調査隊が上陸する。
「こちらですか」
アスカ達に案内されて洞窟を訪れたシャーリィ達は、勇者の遺体と対面する。
シャーリィは静かに片ひざをついて、胸に手を当て一礼する。
「……勇者様、貴方の書いた私記はレイミが読んでくれています。貴方に起こった悲劇についても。その無念を晴らすことは出来ませんが……せめて、弔わせてください。こんな場所ではなく、暖かい場所へ」
シャーリィが視線を移すと、船乗り達が一礼して遺体を丁重に回収していく。
「遺品も全て回収します。何一つ残さないようにお願いします」
作業を行う船乗り達に指示を出すシャーリィ。そんな彼女の傍に控えているベルモンドが口を開く。
「農園で弔うつもりか?恨みが凄いだろうに」
「だからこそです。農園ならば、安らかに眠れるはず。なにより、そうしなければいけないような気がするんです」
「分かったよ、お嬢が言うなら従うさ。シスターはまた頭痛に悩まされるだろうがな」
ベルモンドは肩を竦める。
「それについては、先に謝っておきますよ」
あらゆる遺品を回収したシャーリィ達は、島を隅々まで探索するが他に目ぼしいものは無かった。
その日の夕刻、シェルドハーフェンへの航海を再開したアークロイヤル号は、その後問題に巻き込まれることもなく無事にシェルドハーフェンへと帰還を果たした。
そして彼らを意外な人物が迎えた。それは、紫のローブを羽織った少女であった。
「お帰りなさい、シャーリィ」
「サリアさん!?」
『海狼の牙』のサリアであった。
「どうしたんですか?わざわざサリアさんが来てくれるなんて」
「ちょっとした気紛れ。また貴女が何か面白いことを始めるんじゃないかって期待してるのよ」
「そんなに愉快なことはありませんよ。この戦車は?」
「人間の機械にはそこまで興味がないの」
「うーん」
「隠し事は無しよ?いや、隠し事をしても分かるんだから自白しなさい。この強い光の力は何かしら?」
「感じますか?」
「魔女だからね」
「では、他言無用でお願いします。旅の途中で勇者様を見付けました」
「……ふふふっ、あはははっ!やっぱり貴女は面白いわ!詳しく聞かせてちょうだい?彼の行方は魔女ですら分からなかったんだから」
「もちろんです。ただその前に埋葬させてください」
「農園に埋葬するつもりなの?」
「はい、『大樹』の傍に。安らかな眠りになりそうですから」
「ふふっ……貴女は本当に面白いわね。それが何を意味するか分かってるのかしら?」
「分かりません、教えてください」
「素直で良いわね。けど、これは自分で気付けないと意味がないの。安心して、悪いことにはならないから。さあ、行きましょう?道中で話を聞かせて貰うわ」
シャーリィ達は『海狼の牙』が用意した馬車に分乗して、農園への帰還を果たすのだった。勇者の遺体と遺品を携えて。
「誰の死体ですか?」
「勇者様です」
「ふんっ!」
「あいたっ!」
そしてシャーリィはカテリナに拳骨を落とされるのだった。