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蓮の依存は、僕の予想を上回るスピードで加速していった。
今や彼は、僕が味見をして「完璧です」と頷かなければ
客に皿を出すことさえ躊躇うようになっている。
「カナタ、このソースのキレが足りない気がする。……どう思う?」
営業中の厨房、蓮が小皿を差し出してくる。
僕はそれを一口含み、わざとらしく目を細めた。
「いえ、シェフ。素晴らしいです。ただ……ほんのひとつまみの『燻製塩』を加えれば、香りが立体的になり、ゲストの記憶に一生残る味になります」
「燻製塩か!なるほど、その発想はなかった」
蓮は弾かれたように、僕が用意しておいた「特製の塩」を鍋に振り入れた。
彼は気づかない。その塩には、僕が数ヶ月かけて調合した微細な「仕掛け」が混ざっていることに。
この特製塩は、通常の調理温度では最高の旨味を引き出す。
だが、摂氏200度を超える高温で一定時間熱せられると
化学反応を起こして耐え難い「泥のような臭み」を放つように設計してある。
「最高だ。カナタ、お前は本当に俺の……いや、この『レクラ』の宝だよ」
蓮は上機嫌で鍋を振り、客席へと向かった。
彼の背中を見送りながら、僕は心の中でカウントダウンを始める。
再来月に迫った『アイアン・シェフ・フェス』。
そこでは、巨大な鉄板と強力なバーナーを使ったパフォーマンス調理が求められる。
その高温の舞台こそが、この「スパイス」が真実を暴く場所だ。
「カナタさん、少しよろしいですか?」
不意に、若手シェフの一人が僕に声をかけてきた。
かつての僕のように、真面目だけが取り柄の青年だ。
「どうしたの?」
「最近の蓮シェフ…なんだか、以前と料理のスタイルが変わりすぎている気がして。なんていうか、シェフ自身の『魂』が抜けてしまったような……」
「……考えすぎだよ。シェフは常に進化している。僕たちはそれを支えるだけだ」
僕は冷ややかに突き放した。
魂なんて、最初からあいつにはない。
あいつにあるのは、他人の魂を食い潰して自分を飾る、卑しい虚栄心だけだ。
◆◇◆◇
その日の深夜
蓮はワインを片手に、上機嫌で僕を事務室に呼んだ。
「カナタ、決めたぞ。『アイアン・シェフ・フェス』のメインディッシュ、あの『至高のソース』の完全版で行く」
「湊」から盗んだ、あのレシピのことだ。
「……いいんですか? あれはシェフの原点とも言える一皿ですよね」
「ああ。今の俺にはお前がいる。あいつの遺産を、お前の力で究極の芸術に昇華させるんだ。それが、あいつへの一番の供養だろ?」
供養──
よくもそんな言葉が吐けたものだ。
僕の人生を焼き尽くし、右手を奪った男が。
「わかりました、シェフ。当日は僕が下準備をすべて担当します。シェフはただ、王者の如く仕上げをなさってください」
「ははは! 頼もしいな。お前がいれば、俺は神にだってなれる気がするよ」
蓮は高笑いしながら、僕の肩を強く叩いた。
大丈夫だよ、蓮。
お前を「神」にしてやる。
そして、全人類が見守る生放送のステージで、その偽物の翼をもぎ取ってやる。
お前が「最高の一皿」だと信じて差し出すそれは、僕が用意した最悪のご馳走だ。
僕は事務室を出て、冷たい廊下で右手のグローブをきつく締め直した。
火傷の痕が、期待に震えているのがわかった。
エージェント67
#いじめ
#仕事