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松原瑠夏はプライドが高かった。自信持ちで高飛車なところがあった。そんな瑠夏が今日、悩んでいた。桜の季節が終わりつつある。ここいらでは最も桜が多い森も、葉桜が目立ち、夏を待っていた。瑠夏は家の窓から見える木々を眺めため息をつく。
「どうして私には彼氏ができないんだろう」
高校1年生らしい可愛い悩みだ。しかし本人にとっては深刻な悩みだった。こんなにも美人なのに。体型だってすらっとしている。足が長いことが自慢だった。肌のお手入れもかかさない。私は完璧だ、瑠夏は呟く。確か昨日の友人にも彼氏がいたんだっけ。顔もそこそこで少しふっくらとしていた。そんな友人にすら好きになってもらえた男がいる。瑠夏は悩んでいた。どうして私には彼氏がいないのだろう。
風が吹く。木々の葉を攫い、穏やかに雲を動かす。
柱は森にいた。昔から、500年も前から、柱はよく森に入った。長いこと住んでいたこともある。人がいない、森独特のにおいが好きだった。桜の見頃が終わり、花の周りには緑色が点々とついていた。柱は春が終わるのを寂しく思った。単純に、湿った夏が嫌いだったのだ。
「春は苦手だが、夏はもっと苦手だ」
独り言。この森には柱しかいない。そのはずだった。
「そう?私は夏、好きだけど」
後ろから声が聞こえた。聞こえてしまった、聞かれてしまった。振り向けば、髪の長い年若い少女。少し化粧をしているのだろうか。目は大きく、唇は薄い。鼻筋が目立つ少女を俗に美人というのだろう。どうしてここに。次に考えるのはそのことだった。
「君は?」
「言わない。ストーカーになられちゃ困るから」
少女は自信を隠さずに言った。みんなが私を好きになる。みんなが私に惚れるのよ。言葉にしなくてもわかるほど、少女が纏うオーラがそう放つ。
「ならどうしてここに?」
「葉桜を見に」
少女は上を見て目を細めた。確かにこの森は桜が有名で、そしてその桜も葉桜となり散りつつある。不思議な子だ、次にそう考えた。1人でわざわざ森へ入るなんて。自然が好きなのだろうか、1人が好きなのだろうか。街の人混みを避け、ここへ辿りついたのだろうか。名前すら名乗らない少女は次に柱を見た。
「あんたは?どうして?」
初めて少女から警戒の色が出た。彼らは突然1人の時間が壊れた。怒っている気配はないが、柱を怪しむ気配は大いに感じとれた。柱は一呼吸置いて、
「私は森が好きなんだ。君も?」
森は神秘的だ。全てを覆い、全てを包み込む、そんな一面を持っている。風がまた吹く。少女の髪をさらう。柱も前髪を揺らし、されるがままに森へ体を任せる。
「夏が好きだから」
答えになっていない答えを、少女は柱から目線を外し言った。でもあんたは違うんだね。続け様に少女は言う。
「夏って青春って感じ。高校生の夏だよ?楽しまなきゃ損だよ」
言葉強めに少女は桜の木に触れた。
「この木はさ、もうすぐ夏になるんだよね。だから私葉桜が好き。桜は嫌いだけどね、映えるから」
バエルとはなんだろう。柱は聞こうと思ったが、なんだか馬鹿にされそうで言葉を飲んだ。
「じゃあね。お兄さん、結構かっこいいよ。覚えといてあげる」
じゃあね。もう一度言うと少女は髪を揺らして山を下って行った。柱は違和感を残され、首を傾げる。結局、少女が森にいた明確な理由がわからない。葉桜が好き。そんな理由でわざわざ森へ、ひとりで。名前も教えてもらえなかった少女にはまたいつか、会う日が来る。そんな気がした。
遥か遠い彼女に、似ていたからだ。