鬼がいた。
地獄の最下層に空を見上げる鬼がいた。
その顔はまるで木蓮の様に裂け覗く骸骨の窪みには闇が広がっていた。
足には短い鎖と鉄の球。
鬼がいつからそこにいるのか誰も知らない。
ただ空を見上げるその鬼からは不気味な血の匂いがした。
天を望んでいるのか。
自由を求めているのか。
沈黙を貫く鬼からは何も察せられない。
そこへ小鬼がゆっくりと近づいてきた。
そっと腰に触れる。
小鬼は泣いた。
きっとここが嫌いなんだ。
この地獄が嫌いなんだ。
だから空を見上げている。
太陽を求めている。
僕にはわかる。
だって僕こそがそうだから。
小鬼は決意した。
この鬼を自由にしてやろう。
足の鎖を引きちぎって。
硬い体をさすってあげて。
そうすれば鬼はきっと太陽が昇るあたたかい地上へと旅立てるのだ。
小鬼は早速石を拾い鎖を叩いた。
高い音が鳴る。
しかし鈍い音だった。
脆い鎖は簡単に砕け鬼は晴れて自由になった。
しかし鬼は動かない。
いつまでも空を見上げている。
小鬼は怒った。
どうしてなんだ!
君は自由だ!
早く地上へ行けばいいのに!
行けるのに!
僕が自由にしてやった!
すると空を見上げていた鬼の顔が少しずつ小鬼を見下げる。
血がどろりと顔から垂れた。
覗く骸骨には表情がない。
小鬼は寒気がした。
悪寒だ。
この鬼は危険だ。
本能でそう感じた。
ぞくりぞくり。
小鬼はたまらなくなって一目散に逃げた。
走る走る振り向いてはいけない。
その後鬼がどうなったかは小鬼が知る由もなかった。
現在その鬼は他人の名を名乗り私たちの同じ様に暮らしている。
太陽の下で。
春の終わりを感じていた。
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