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手を伸ばしても、空を掴むだけだった。
僕の手を握り返してくれる人は誰もいない、今までも、これからも。
そう思っていた。
「夢崎高校から転校してきました。戸川蘭子です!」
君が現れるまでは。
「ねえねえ、篠咲くん、何の絵描いてるの?わ、すごく上手!これってもしかして篠咲くんの彼女?」
「…違うよ」
最初はただの気まぐれで話しかけているのだろうと思っていた。だけど、
「篠咲くん!」「篠くん!」「しの!」
毎度毎度顔を合わせるたびに話しかけてくる彼女が鬱陶しかった。なのに
「でさ、その芸人が超笑えるの!笑い疲れて安眠すること間違いなし!」
いつの間にか、彼女の姿を目で追っている自分がいた。
彼女の風に揺れて靡く髪、いつでも上がっている口角、向日葵のように天真爛漫に笑うきみを、いつの間にか僕は
「ー好きになっていたー」
「次、移動教室だって!早く行こ?」
「しのー、走らないと遅刻しちゃうよほら、走って!」
「今度一緒にお祭り観に行かない?」
今まで空を掴むばかりだった手が握り返されるのが当たり前のように嬉しかった。
そんな生活が続いたある日、君はいつもと変わらない笑顔でこう問いかけてきた。
「幸せって何だと思う?」
僕は、答えられなかった。答えを探しても陳腐な言葉しか思いつかなかった。
「わからないよ…でも僕は、平凡に生きていければそれでいいかなあ」
そんな曖昧な答えしか返せなかった僕に対し、
「そっかぁ…しのくんは欲がないね。私はね、やりたいことがいーっぱいある!それを死ぬまでに全部やりきれたらそれが幸せかな!」
そういった君はいつもと変わらないひまわりのような笑顔なのにどこか儚くて消えてしまいそうで、僕は思わず手を伸ばそうとした。けれど、その手は空を掴んだだけだった。
「蘭子…?」
僕の掴もうとした手から逃げるように体の向きを変えた君は僕を真っ直ぐに見つめて、
「しのくん。私、しのくんが好き。
しのくんが応えてくれるかわからなくても言っておきたかったの。これが私の一個目のやりたいこと!返事は、ゆっくり考えてから聞かせて?じゃあ、またね!」
なんていきなり告白して逃げるように教室へと戻っていった。
そして、その翌日から彼女は学校に来なくなった。先生の話によると病気で入院しているらしい。
告白の返事をまだ考えきれていなかった僕は、顔を合わせなくていいことに少しホッとした。けれど、1週間たっても、1ヶ月たっても彼女が再び登校してくることはなかった。
もう、告白への答えは出ているのに、それを彼女に伝えようにも彼女はいっこうに顔を見せることはない。もう、待ちきれなった。
彼女が入院しているという病院に、初めてお見舞いに行った。
けれど、その時には…彼女はもうほとんど意識がなく、全身を管で繋がれて機械によって辛うじて命をつないでいる状態だった。病室に入ることもできず、分厚いガラス越しに彼女のそんな姿を見ることしかできなかった。
それから、数日後。
それ以来彼女の見舞いに毎日通っていた僕は、看護師さんとも顔見知りになっていた。
その看護師さんが僕の顔を見て顔を曇らせる。何かあったんだろうか、と思っていると看護師さんが駆け寄ってきて
「戸川さんのお見舞い?
ごめんなさい…。いま家族だけでのお別れをしているの。」
その言葉にすべてを悟った僕はその場で崩れ落ちた。
信じられない、信じたくない。今にでもどこからかあのひまわりのような笑顔で出てくる気がしているのに。
「まだ…僕も好きだよって伝えられてない…。」
あの日あのタイミングで僕に告白してきたのは自分がもうすぐ死ぬってわかってたからなのか?他にもやりたいことがたくさんあるって言ってたじゃないか。何をやりたかったのか結局教えてもらえずじまいだ。
全部、二人で一緒にこれから時間をかけて叶えていこうって、思ってたのに。
彼女を探し求めるように伸ばされた手は空を掴むばかり。もう、握り返してくれる彼女はいない。
彼女のいない世界にいる意味なんて、もうどこにもない。
僕はふらりと立ち上がり屋上へと向かった。柵に手をかけたとき、強い風が吹いて思わず目を閉じた。
「うわっ…えっ?」
目を開いたときにそこにいたのは、少し困ったように微笑む彼女だった。
「らん…こ…?」
「しのくん、だめだよ。
まだこっち側に来ちゃだめ。
しのくんは生きなきゃ。私のぶんまで生きて。お願い。」
「やだ…嫌だよ…蘭子のいない世界なんて…生きていたくない…っ」
「しのくん、私のお願い聞いて?
私の死ぬまでにやりたかった100のことってノートをお母さんに預けてるの。それをお母さんから受け取って。私の代わりに私のやりたかったことを叶えてほしいの。」
「…っ!」
「そうだ、告白の返事、まだ聞いてなかったね。ここで聞かせてよ。」
「好き…だ。蘭子が好きだ。ずっと、ずっと一緒にいて蘭子のやりたいことを叶えていきたかった…っ」
「ふふっ、ありがとう。両想いかぁ。嬉しいな。だったらなおのことお願い。私の代わりに私のお願い叶えてくれる?」
「……わかった」
「ありがとう。全部叶えて、よぼよぼのおじいちゃんになったときに私に会いに来てよ。待ってるから。」
「うん…」
「約束ね」
こうして僕達は最後に、触れられない指を絡ませて、指切りをした。