「それでもあのルックスだから、モデルや俳優としてのオファーは絶えないみたいで。どうしても断りきれない大御所からの依頼は仕方なく受けているそうよ。そういや、この前は海外でショーに出てたかなぁ。まぁそんなこんなで、あいつの年収は私たち二流とは桁ちがい。入学した早々、生徒会長に就いてから一度もその座を譲ったことはなし。血統でも保証されてるし、まさにこの学園を支配する生粋の王様ってとこね」
「はぇ…」
須田さんがかしこまるのも納得だ。
というか、わたしの想像をはるかに超えていました…。
彪斗くんって、ものすごい人だったんだ…。
茫然としているわたしに、寧音ちゃんはいたずらめいた笑みを浮かべた。
「んーでもぉ、そんな彪斗に気にいられたってことは、優羽ちゃんもやっぱ、なにか秘めてるコってことだよね?」
「え…そんなこと…ないよ」
「そんなことないことないと思うんだけどなー。彪斗って、自分がビビッと来ない子には、もう目も当てられないくらいひどーい態度とるんだよぉ。それなのに、なに?あのさっきのコッケイなザマは!」
ずいっと寧音ちゃんのおっきな目が、キラキラキラと楽しそうに輝いてわたしを見つめた。
「優羽ちゃんは、なんかただ者ではない気がするんだよね!私だって、伊達に毎日いろんな芸能人と共演してないんだから!審美眼はあるつもりだよっ」
そ、そんな…。
わたしはそんな大それた人間じゃないよ…。
けど、寧音ちゃんはひとりで燃え初めて聞く耳持たず、だ…。
まだ食後のデザートも来ていないのに「いこいこ!」と手を引っ張る。
なんか、『Neneちゃん』って、もっとほんわかキャラだと思ってたんだけどなぁ…。
「よし!もっと優羽ちゃんのこと知るぞー!…ついでに、彪斗のこともどう思ってるか知りたいし」
「え…?」
「ううん!ひとりごと!ごめんわたし独り言多いから!さ、お次はお買い物だーっ!」
すっかり寧音ちゃんのペースに呑まれて、
わたしはその後めい一杯校内見学にいそしんだのだった。
寧音ちゃんはテレビで見る通り、明るくて人懐っこい性格をしていて、人見知りなわたしも、すぐに寧音ちゃんに打ち解けてしまった。
こんな特殊な学園に通う人たちと打ち解けられるのかな、って不安に思ったけど、寧音ちゃんに出会えたのは、すごくハッピーだった。
彪斗くんに感謝しなきゃ。
すっかり大の友達になって、校内見学や買い物を楽しんだ後は、ちょっと早めの夕食をまた購買館でとって(すごいディナーだった)部屋に戻った。
「優羽ちゃん、お風呂先に使っていいよー?」
「え、いいの?」
「うん。私、お風呂入る前にダンスレッスンして一汗かいてから入るよ。近々歌手のお仕事もすることになって、振り付け覚えなきゃならないんだ」
そっか、売れっ子は大変なんだなー。
じゃ、お言葉に甘えて先にいただこう。
と、メガネを取って髪を解いたところで洗顔料を忘れたことに気付いた。
寧音ちゃんに借りよっかな。
と、メガネをつけずに出たんだけど、
「ええーー?!」
寧音ちゃんが、わたしを見ておっきな声を上げた。
「ど、どうしたの?」
「あ、あなた優羽ちゃん、だよね?」
「え、うん…そうだけど?」
「ちょーーーかわいいい!!!!なんでその姿でいないの!??」
ええ??
寧音ちゃんはわたしの肩をつかんでずいっと顔を近づけた。
「すごーい!まつ毛ながーい!肌しろーい、髪の毛ふわふわぁあー!!メガネ取ったらきっと可愛いだろうなって思ってたけど、ここまでとはっ!白雪姫みたいっ!!」
「し、白雪姫…」
「なるほどねー。これなら彪斗が…。うんうん納得、ふふふふ。優羽ちゃん、明日からその姿で登校しなよ」
「そんな…恥ずかしいよ」
「なに言ってるの!もったいないよ!彪斗も『この姿で来い』って言ったでしょ?」
「ううん、逆。三つ編みメガネじゃないとダメだ、って」
「えー??・・・・ぁああ、そういうことか。ぐっは。彪斗のヤツ、マジで本気なんだな」
ぼそりと呟いた言葉に、わたしは首をかしげた。
そんなわたしに、寧音ちゃんは真剣なまなざしを向けた。
「ね、優羽ちゃん、気づかないの?彪斗のきもち」
彪斗くんの、きもち…?
「優羽ちゃんは、彪斗のことどう思ってるの?」
「彪斗くんのこと…?」
改めて考えてみる。
今日初めて会った、彪斗くんのことを。
寧音ちゃんは色々言っているけど…。
でも不思議とわたしは、彪斗くんに悪い気持ちを持つことができなかった。
思えば、この学園に来て真っ先にわたしの味方になって、須田さんたちから守ってくれたのが彪斗くんだった。
確かに、乱暴で自己中で、言ってくることもしてくることも無茶苦茶なんだけど…。
そんな言葉や行動の奥には、いつもやさしさがあったような気がする。
「おまえは俺のもの」って勝手に決めつけるところはちょっと困るけど、
でもその言葉にも、どうしてなのかな、悪意は感じない。
…むしろ
俺のものになれよ
ってねだられているような気がするの…。
それに。
『おまえは、特別』
さっき言ってくれた言葉を思い出すと、胸がきゅってうれしくなる。
『特別』って、彪斗くんにとってわたしは、他の人とはちがう存在、ってことになるんだよね。
そんな風にみてもらえることが、なんだかすごくうれしいの。
どうしてそんな風に言われて、こんな風に胸が痛くなるのか、わからない…。
でも、これだけは言える。
「わたし、彪斗くんのこと好きだよ」
言ったあと、ちょっと恥ずかしかったけど。
言葉にしたことで、なんとなくで存在していた気持ちが、はっきりと明確になった気がした。
「自己中で乱暴だけど、でも彪斗くんはほんとはすごくやさしい人。どんなに振り回されても、わたし、そんな彪斗くんのこと、きらいになれないんだ」
「優羽ちゃん…それって…!」
「でも、それ以上の気持ちはわからない…」
「あら…」
「だって、まだ知り合ったばかりなんだもん」
「そっかぁ。うんまぁ、確かにそうだよね。これからもっと彪斗のこと知っていけばいいよ。って言うか、明日から嫌でも知っていくことになると思う。だって、優羽ちゃんはもう私たち生徒会の仲間だもん」
仲間…
聞き慣れない言葉に、胸がとくんと鳴る。
そして、なんだかすっごくうれしくなって…
「『仲間』って、なんかすごくうれしい」
わたしは仲良くなったばかりのお友達、寧音ちゃんに笑顔をこぼした。
すると寧音ちゃんも、
「あーん!もう優羽ちゃん笑った顔もちょーサイコー!!優羽ちゃんこそ、生徒会にふさわしいよ!改めて、よろしくね!」
と、テレビの前で憧れた、満点スマイルをわたしにくれた。
「そうだ!優羽ちゃんお風呂に入る途中だったよね!」
「うん。でもね洗顔忘れちゃって…」
「まかせて!私色々持ってるから、おすすめなのあげるよ!えっと、優羽ちゃんはお肌とか弱い方?」
「うーんとねー…」
…なんて、女の子トークで盛り上がって、結局、お風呂に入ったのは一時間後だった。
お姫様が入るような金細工が施されたバスタブにつかりながら、
わたしは彪斗くんのことと明日からの生活を考えて、ちょっとのぼせてしまった。
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