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明浦路司はモテる。明るく人の良い性格に日本人離れしたスタイルの良さ、これで後資金力さえあれば言う事無しだが、既にコーチとして頭角を表し始めてる彼は将来性も大いにある。街を歩けばモデルのスカウトに会う事もあるし、ナンパだってされる事もある。それでいて当人の自己肯定感は今だに底辺を漂っているのだから全く持って謎だ。但し、彼がモテるのは“人”だけではなく。
case1.妖精
いのりの先生は“良くないもの”に好かれやすい。
いのりがその存在に気付いたのは5歳の時、始めは目の端に映る黒いモヤが気になって手で触れようとしたり追いかけたりしていたけれど、何だか段々と実態のないそれが怖くなって母に泣きつき、その正体を教えてもらった。
この世界には人ではないものが存在する。物語にいる妖精だったり、悪魔だったり…そして彼らはひっそりと人間の世界に混じって生活をしているのだと。実は私達もそうなのよ、と突然母の背中からふわりと浮き上がった綺麗な羽にいのりは卒倒した。そう、いのりの母は妖精の一族だ。父は普通の人だけれど、妖精の母の血を受け継いだいのりもまた妖精であった。だからこそ人の目には見えない人ならざる者達の存在が見えるのだ。彼らは基本的に人に干渉はしてこないけれど、でも人の魂は私達にとってはとても美しくて強大な力を得られるものだから、偶に自分のものにしようと悪さをする者もいるの。いのりは妖精だから心配ないけれど、でももしそういった者達がいたら危ないから近づいちゃ駄目よ。そう言い聞かせる母にいのりは何だか怖くて首が取れんばかりに頷いた。
危ないものに近づいちゃ駄目、でもそれは何の力もない子供の頃に言われた事だし大事な人の危機に黙って見ているなんていのりには出来ない。それがいのりにとって一等大事な人である、司なら尚更だ。
いのりが初めて司にあった時に怯えたのは、自分の行為が後ろめたくて怒られるかもしれないと思ったのもあるけれどそれに加えて彼の顔が見えないくらい人成らざる者達に覆われていたからでもある。優しい人の魂は凄く綺麗で、だからこそ言葉も話せない様な弱い存在である程力を得ようとその人に群がる。現に、いのりをスケートの世界に導いてくれた先生は途方もないほど優しくて、美しい魂を持っている。だからこそ、いのりはそれから躍起になって密かに司に群がる輩を追い払ってきた。それでも次から次へと湧き上がってくるそれらに挫ける事なく妖精の力を使い続けたので、いのりはスケートと同じくらい妖精としても大飛躍を遂げていたのだが、それは本人も知る由もない話である。兎にも角にも、いのりの先生はこの世界で一番綺麗な魂を持っていると断言できるし、そんな素敵な魂を持った司はいのりの先生なのだから、余計な奴が手を出さないで欲しい。最近は司の存在に気付いた周囲が虎視眈々と狙っていることは既に気付いているのだ。
「先生!」
「わあっ!いのりさん…急に突進するのはやめようね……」
今日も今日とてわさわさと司に群がる存在を蹴散らすように背後から司に突進し、ぶわりと威嚇する。既に強大な力を持ったいのりの存在は形も碌に保てない彼らにとっては脅威でしかない。散り散りに去っていくそれらにふん、と鼻を鳴らしながらいのりは司に抱きついたままの腕にギュッと力を込めた。
「司先生、私から離れちゃ駄目ですよ」
「え?うん、まぁ俺はいのりさんのコーチだからね?」
問題は軽い威嚇程度で蹴散らせてしまえる様な者達ではなく、いのり同様人の形で強い力を持った“彼ら”なのだけれど。それでも誰にも渡すつもりはない、妖精は気まぐれだけど一度気に入った人間に対しては何処までも執着するのだから。
case2.狼
光は狼の獣人だ。普段は人の形を取っているけれど、それでもその身には狼としての習性が強く根付いている。序列は何よりも気にするし、基本的にこの世は弱肉強食だとも思っている。だからこそ立場が弱い癖に妙に発言権を持つ、光の中の序列を乱すその存在が何よりも大嫌いだった。
「………何をしているんですか」
いつぞやの夜みたいだな、なんてどうでも良い事を考えながら光は目の前の男を見つめる。彼に気付いたのは単純にその匂いだ、いつもの晴れた日の空気の様な何処か晴れ晴れとした柔らかい匂い、不覚にも和んでしまいそうなそれも光は苦手だった。でも今日はその匂いの側に腐れ切った生ゴミのような醜悪な臭いもある。それがどうしようもなく気になって、気づけば光はこうしてその匂いを辿って此処まできてしまった。
「あれっ狼嵜選手?駄目だよこんな夜に…」
「貴方こそ何故こんな場所に?」
司の言葉を遮るように光は詰め寄る。既に光の心中は苛立ちで荒れ狂っているのだ、これ以上無駄に時間を浪費させないで欲しい。相変わらず彼の魂は眩しい、太陽を凝縮したような、それでいて柔らかな陽の光を纏った様な、何とも美しく荘厳で優しい魂。人ならざる存在であるからこそ、その魂を見れば司が悪い人間ではない事は理解できる。多くの存在が彼を手中に収めたいと渇望する気持ちも。光は狼だ、だからこそ序列を乱す彼が大嫌いだし、その本能でこの獲物を仕留めたいという気持ちも湧き起こる。それが如何にも理性を知らぬ獣の様で腹が立つ。
「迷い犬の様だから、捕まえて保護しようかと」
「へぇ……?」
ついと彼の側に目を向ける。犬と今し方彼はそう呼んだが、光の目にはどうにもそうは見えない。口からは鋭い犬歯が飛び出し汚らしく目の前のご馳走を前に涎を垂れ流し続けている。ドロドロと濁った魔力を身に纏っているものの形を保つのも限界なほど飢えているのだろう、時折びちゃびちゃとその肉片が溢れ落ちて崩れかけている。きっと残り少ない魔力で己の姿を偽り、彼を誘い込んでその魂を食ってやろうとでも思っているのだろうが。光にとってはこの人がどうなろうがどうでも良い、強いていうならいのりが大層悲しむだろうからそれだけは頂けないけれど。でも、狼としての本能がこの至上の獲物を見す見す見逃すのかと吠えている、だから
『邪魔』
人には聞こえない程の声で光が重々しく呟くと、それは途端に身体を大きく震わせて闇に溶けるように霧散する。その様に僅かばかり溜飲を下げながら司の方を向くと、彼はハッと何か正気に戻ったかの様な心持ちで所在なさげに辺りを見回した。どうやら予想通り操られていたらしい。只の人である彼に要求するのは酷と知りながらももっとしっかりしなさいよ、と光はため息を吐いた。
「あれ?俺……あ、さっきの犬は?」
「犬なんて何処にいるんですか」
「そう、だね……?」
「それより早く送って下さい、どうせ一人で帰らせられないとか言うんでしょう」
「そりゃそうだよ!」
二人並びたって歩くも、光は傍の温かさに何処か落ち着かない気分になる。その当人は呑気な顔で先ほどまで怪異に攫われそうになっていたとも知らず光に向かって夜に一人で出かけるのは云々と説教しているのだから、全くどちらが危なっかしいか分かったものではない。そもそもあれ程多くの人ならざる存在に好かれておきながら、こんな下らない輩に喰われそうになっているなど本気で巫山戯ないで欲しい。それならばいっその事光が食ってやろうかとさえ思うのだから、全くもって狼の本能というのは厄介だと光はため息を吐いた。
case3.狐
ライリーはアメリカでは珍しい狐の獣人だ。東洋では神秘的な存在とされ神の化身としても奉られる事のある狐だが、西洋にとっては狡猾さ、狡賢さを表す動物として周知されている。現にその事もあり幼少期は揶揄われることさえあったが聡明なライリーはそれら全てに断固とした対応をして返り討ちにした。とはいえ幼心に引っ掛かりがあったのも確かで、だからこそ此処日本において狐の獣人という存在は忌避される者ではなく寧ろ何処か歓迎を持って受け入れられた事に大変満足していた。そして日本に来てライリーが得たものはもう一つ、
「お久しぶりです司先生!」
「今日はライリー先生」
あぁ、今日も今日とて何て眩しい!純度の高い琥珀、最高級のトパーズ、光を浴びて反射する金剛石、それら全ての最も綺麗な所を集めて溶かして固めたような眩しいまでの魂の輝き!よくもまぁこうして成長するまで無事だったものだと嘆息さえしてしまう。本当はこの美しい存在を手中に収めてしまいたかったのだけれど、残念ながらそれは本人に断られてしまった。それに彼の周囲にはとても怖い人外達が蔓延っているのもまたライリーがそれを実現できない原因でもある。彼の教え子はまぁ当然として、彼を忌避している筈の今の自分の教え子さえもまた司に対しては執着心のようなものを抱いているのだから、やはり魂の美しさだけではなく彼本人に周囲を惹きつける魅力があるのだろうか。それに加えて一番恐ろしい“あの人”、
「司先生は鉄壁ですねぇ……」
「え?」
「いいえ!なーんでも!」
さりげなく距離を詰めて彼の方で寛いでいた黒いモヤに睨みを効かせる。そのライリーの威嚇にビクッと身体を震わせそそくさと去っていくモヤを虫ケラのように見下した後、ライリーはニコリと隣の司に笑いかけた。ライリーは獣人達の中でも高位の存在だ、それでも司を虎視眈々と狙う“あの人”にはまだ叶わない。でも、もしうかうかしてこの存在を何時迄も放っておく様なら、
(私が貰ったって良いよね?)
狐は牙を向いて狙いを定める。己の存在を擦り付けるように魔力を司のその身に纏わせて、視界の端でこの存在に焦がれ惹かれつつある魑魅魍魎に人には聞こえぬ声で鳴いた。
『これは私の獲物だよ』
case4.???
「何その臭い」
「えっ何か臭います!?」
恒例と化してきた真夜中のスケートリンクで夜鷹はその端正な顔を珍しく歪めて司を睨みつける。臭い、と言われても司は今日は特段別に変わったことをした覚えはないし風呂だって毎日ちゃんと入っている。その様に言われて思い当たることは無いのだけれどと首を傾げつつ、クンクンと一応自分の服を嗅ぐもよく分からない。そんな司に構わず夜鷹がズイッとその顔を近づけてくるものだから咄嗟に司は身を引いた。
「えっちょ、何ですか?」
「……やっぱり、狐臭い」
「は?狐?」
そんな今時街中では見かけない存在など今日は出会ってもいない、というか狐臭いってなんだ、獣臭いとかそういうこと?何だか司の臭いに顔を顰める夜鷹を見ていると、近所の野良猫を触ってきた飼い主を責める飼い猫のイメージが湧いてしまうが、生憎として夜鷹は猫ではないしそもそも猫であっても司なぞには絶対に飼われてくれない。寧ろ主人を下僕にしそう。なんて思考を飛ばす司に焦れたのかドスッと中々良い音を立てて、その脇腹に夜鷹の拳が直撃する。
「痛ッ!?ちょっと!」
「臭い」
「そ、そう言われましても……」
「これ着てて」
バサっという音と共に急に暗くなった視界に慌てて頭上から被せられた何かを退けてまじまじと見ると、それは普段よく夜鷹が身に纏っているコートだった。見ただけで品質が良い事が伝わるその高そうなコートに自分が触れることさえ恐れ多くて、咄嗟に返そうとするも射抜かんばかりの夜鷹の視線の強さに、コートを差し出した手をすごすごと引いた。
「ヒィ……絶対これ高い奴……」
「あげる、それ」
「ハァッ!!?」
貰えるわけなく無いですか!?と夜鷹に詰め寄ろうとするも彼は既にリンクに上がり遥か遠くまで滑り出している。いや早ぇなおい。仕方なく貰ったコートに袖を通すと、薄さの割にしっかりと身体を温めてくれるそれにやはり高いものは機能も良いのかと庶民的な感想を抱いた。ふとコートに鼻を埋めると何時も夜鷹が吸っている煙草の香りが過ぎる。まぁあれだけ吸っていれば染みつくよなぁと思いつつそれが不思議と不快ではない。
「ねぇ、滑らないの」
「あ、はい!今行きま……」
その瞬間、司は心臓を射抜かれたかと思った。夜鷹はただ此方を見ているだけだ、それなのに獲物を見定めるようにその細長い瞳孔が開いて此方を睨みつけている様に思えた。其処に居るのは確かに夜鷹のはずだ、司は夜鷹に比べて身長も高いし体躯も良い、それなのに今だけは遥かに大きな生物を相手にしているかのような気分にさえ陥る。知らずドクリ、と跳ねた心臓を上から抑えて司は細く息を吐き出した。何故だろう、何故自分は今こうして人よりも遥かに強大な存在を相手にしているかのように緊張しているのだろう。
「どうしたの、司」
「……あ、いえ、直ぐに行きます」
夜鷹がそう声をかけると、ピンと張り詰めたリンクの空気が糸が切れたように和らぐ。それに思わず息を吐き出しながら、慌てて司はスケート靴を履いてリンク上の夜鷹の元へと滑り出した。先程の緊張が一体何だったのかは気になるが、今は取り敢えずスケートに集中しようと考えを切りかえる。
「君は本当に不運だね」
「えっ?」
「分からないなら良いよ、今はまだね」
そう言って夜鷹は哀れな人の子に微笑みかけた。