コードネーム【蝙蝠】さん。組織最高幹部の1人であり、またある意味有名な人です。まず喋らない、そしていつも黒ばっかりの服、更には暗い場所を好んでいる…この謎の習性から、【蝙蝠】と名付けられたそう。
というか、どうして蝙蝠さんがここに?最高幹部の人がわざわざ来るなんて…何かあったのでしょうか。
「いるならいると言えばいいんだ、蝙蝠」
「…済まない」
「まあ、いい。蝙蝠はなんだ、任務か?」
「……ああ」
…あれ、普通に会話出来ている?
あの、喋らないと有名な蝙蝠さんが!?喋ってる!?しかも、会話を…!?
ちらっと鴉さんの様子を伺います。平然とした様子で、何かを準備しているようですね。蝙蝠さんは…うーん、フードで顔が隠れてよく見えません……何だろう、本当に蝙蝠って感じがします。あ、罵倒してるわけではないんですよ?
蝙蝠さん…ようやく会話出来るようになったんですね!これで私の最高幹部の人に認知してもらう野望が、達成目前に…!
「あ、あの!蝙蝠さん、覚えていますか?三つ編みの女の子!ほら!本部ですれ違ったじゃないですか!」
お願い…!覚えていて…!
「……?」
「眠り姫…こいつの記憶力に期待はしない方がいいぞ」
「なん…だと…」
がっくりと地面に手を付きます。うう…私の…私の野望がああ…。
最高幹部の人達って、みんな実力者揃いだからいつも任務で忙しいんですよね…本部に行っても、なかなか会えないし…。
折角、折角蝙蝠さんに会えたと思ったのにぃ!解せぬ!
「…あ!というか、記憶力ないなら何で鴉さんの名前を?」
「お前…打直球に言ったな…」
「いいから教えてください!」
これってつまり…!
「まあ、アイツとは長くてな」
「キタアアア!」
来ました!来ましたよ!私の予感は合っていたんです!
えっと?鴉さんの年齢が、大体10代後半か、20代前半だから…蝙蝠さんは…うーん…まあ、20代後半…歳行ってても30代前半くらい?
うん!ぜんっぜん範囲内ですね!くふふ…これは秘密組織【ローズ】での新たなカップリング誕生の予感…!?
最近、萌えが全然無かったので助かります!野宿して良かったー!
「なあ…こいつはさっきから何をしてるんだ?」
「………理解不能」
理解不能?それでいいんですよ、本人達が理解できないからこそ、また美しくもあるんです。ビバ!カップリング!
「何だこいつ。まあ、それはそうと…異常は今のところなしだな。《怪物》の気配すらない」
「……幻覚…」
「の、可能性もあるかもしれない。が、まだ確定は出来ないな」
「……そうか…」
「それか、もしかしたら私達がいるせいなのかもしれない」
私たちがいるせい…?それって、この見張りということですよね。
一応、見つからない様にはしてるのですが…。
「…それは…つまり」
「相手にバレているかもしれない」
「……え、じゃあ…」
「というか、それが妥当だろうな」
「なら………離れる…か?」
「そうした方がいい」
鴉さんはゆっくりと立ち上がり、そして足元を指差しました。ちらりとその先を見ると、そこには小さなカメラがありました。
ああ、それで監視するんですね。
「とりあえず、離れよう。近くにトラックがある、そこで見張ろう」
「わ、分かりました」
「……」
銅像の公園を背に、私たちは去ります。公園の出口から出ようとした時…。
「……!」
冷たい空気が、私の背中に触れました。ゾッとするほど、冷たい冷たい空気。
驚いて、2人の方を見ましたがどうやら気付いていないようです。…どうしましょう。一応、鞘に手を掛けて置いた方が良さそうですね…。
恐る恐る、後ろを振り向きます。
「……あれ?」
今…髪の長い女性が居たような…?
でも、不思議なことに公園には誰もいません。あるのは、銅像のみ。あれは…一体…。
「眠り姫?どうした?」
「あっ……いや、何でもないです」
きっと、何かの幻覚でしょう。それに、私一睡もしてませんし。
「そうか、早くいくぞ」
「は、はい!あ、あとあの…」
「何だ?」
「寝ても…いいですか?少し、仮眠を取りたくて…」
いや、マジ今眠気やばいですから、本当に。せめて、せめてもの慈悲を…!
「いいぞ」
「いいんですか!?」
「ああ、代わりに私たちが見張っておいておくから」
「ありがとうございます!」
良かったあ…何とか私の快眠は守られそうですね!
♦︎♦︎♦︎
こつ…こつ。
誰もいない、朽ち果てた廃工場に1つの足音が響く。辺りは静寂に包まれており、虫の音すら聞こえない。
不気味な程に静かな廃工場のなかを、赤髪の男は進んでいく。
『どう、中は』
甘ったるい、ねっとりとした声が発信器から聞こえてくる。赤髪の男…コードネーム【陽炎】は少し不機嫌そうに、眉を顰めた。
「本当にここなのか?雀の言っていた場所は」
『本当よ。地図も全く同じ。いいから進みなさい』
「…ちっ。何も無かったら、ただじゃあ承知しねえからな」
『はいはい、分かってるわよ』
サバイバル生活を中止されたせいか、陽炎はどこか苛立っている様子だった。コンクリートを踏む足が、いつもより強い。
発信機越しからでも、その強さが伝わったのだろう。発信機から、はあっと溜め息が聞こえてきた。
『悪かったわよ、邪魔をして。でも元はといえばアンタのせいなのよ?アンタが爆発とかうんたらかんたらしたせいで』
「うるせえなあ、コンビニに関しては不可抗力だって何回話せば分かるんだよ」
『分からないからこう言ってるんでしょうが、この馬鹿。仕舞いにはプロレスラー骨折させる?本当、アンタばっかじゃないの?頭にうじ虫1匹くらいは湧いてそうね』
「いい加減黙れよ、厚化粧ババア」
『あら、今何て?ちょっと電波が悪くてね』
「おやおや、てことは暴言吐き放題だな。馬鹿女、間抜け、厚化粧すっぴん能面ババア、のろま…」
『聞こえてるわよ糞が』
「聞こえてんじゃねえかよ」
もはや日常と化してきた罵り合いを、発信機越しにしながら陽炎はどんどん進んで行く。
廃工場のずっと奥。長年使われなかったせいで、埃が溜まりに溜まった広いスペースの中心に、陽炎は立つ。
『…で、着いたかしら?』
「ゲホッゲホッ…何だここ…埃溜まりすぎだろ…ゲホッ」
『まあ、仕方ないわよ、罰だと思って我慢して』
「くっそ…んで、俺は何をすればいいんだ?」
『通報があったのよ…得体の知れない何かを見たってね。しかも、異様な匂いもしたというの。ほら、近くで《泥人形》の件があったでしょう、もしかしたら…ってね。貴方にはここら辺の探索をお願いしたくて…って、聞いてるの?』
陽炎は黙ったまま、返事をしない。発信機越しに、蜘蛛は何度も話し掛けるがそれでも返事をしない。
痺れを切らした蜘蛛が、大声を上げようとする。
『あのねえ!無視するのはやめっ「いた」
言葉を遮られた蜘蛛は、苛立ちを隠せない様子で陽炎に問いを投げる。
『あっのねえ?普通は返事というものをね?するのが常識でしょう?本当、アンタ脳みそにうじ虫の巣でもあるんじゃないのっていうかそれしか考えられないんだけど?マジ耳機能してないんじゃなあい?いい病院教えてあげるわよ?あっ、もしかして精神病院の方がいいかしら?』
「……いた」
『はあ?だから、何がよ』
沸々と湧き上がる感情に応えるかのように、陽炎の周りも次第に熱くなっていく。
「彼女だ…!彼女はまだいたんだ!」
『はあ?彼女って…まさか、ね。だってもう…』
「……」
『……何、どうしたのよ、アンタ』
陽炎は静かに目を閉じた。そして、ゆっくりと瞼を開ける。金色の瞳は、どこかを見詰めていた。
「……蜘蛛、俺は1度本部に戻る」
『は?…はあ!?』
驚く蜘蛛を他所に、陽炎は発信機の電源を切った。最後に何か言おうとしていたみたいだが、陽炎はそんなことを一々気にしない。
早ば足に去っていく陽炎、その背中は少しだけ小さかった。