うなじから背中にかけて見える、ベリー色とミルク色の肌との対比が、ヤバかった。
女のうなじなんて、見飽きて今更なにも感じないと思ってたけど、やっぱり優羽は別だな…。
清らかさの象徴のような白肌が、胸をドキドキと騒がせやがる…。
くそ。ほんと呆れちまうな。
さっきから、パニックになったりイラついたりドキドキさせられたり…翻弄されてばっかりだ…。
なんて、自嘲の溜息を漏らしながら、ファスナーを締めホックを掛けてやったところで、ふと、優羽の耳元に目が行った。
耳には、さっきはしていなかったイヤリングが揺れていた。
見覚えがあるものだった。
そう
俺があの湖のパークで買ってやった、イヤリングだ。
「おまえその耳…」
「ん…?あ、これね…」
優羽はおずおずと俺に振り返った。
「このドレスにすごい合うような気がして、どうしても付けたくてお部屋から持ってきたの…」
どおりで。
着替える前に急いで部屋に戻っていったから、なにしてんだと思ったけど…
これを取りに行ってたのか…。
「一緒にまたお出掛けする時にって思ったんだけど、どうしても、つけたくて。だってドレスの色とすごく合うでしょ?」
一目で気に入って買ってやった、薄紅色のガラスと金細工でできた、小さなティアードロップ型のイヤリング。
優羽の桜色の頬にぴったりだと思ったからだけど、なるほど、ベリー色のこのドレスともすごく合うな。
ドレスを見て、真っ先にあのイアリングを思い出してくれたのか…。
無理矢理買ってやったものだから、別に大した思い入れはないと思っていたけど…優羽のそんないじらしい行動が、俺の胸をあたたかくする。
「どうかな…。合ってる…?」
小さく首を左右に傾げて、ガラスの揺れを楽しむ優羽。
上出来だよ。めちゃくちゃ、可愛い。
けど俺は、ぶっきらぼうに気持ちとはちがうことを言ってしまう。
「いんじゃね?まぁまぁだよ」
「…まぁまぁ?」
しゅん…
って効果音が聞こえてきそうなくらいに、優羽は表情を一変させて、悲しげにうなだれた。
「そっかぁ…わたし、もっとセンスを磨くお勉強しなきゃだめだなぁ…。…でも、ね…、どうしてもつけたいんだ…。本番でつけちゃ、だめかな…?」
「…ああ。いっけど」
「やった…!どうもありがとう、彪斗くん!」
「…別に」
なぁ、優羽。
そうやって、俺があげたもんを大切にしてくれてるってことは、さ。
俺、期待しても、いいのか…?
こんな、プライドばかり高くて、勝手なことばかりしている俺だけど。
おまえも、俺のこと―――。
今なら、訊けるだろうか。
ずっとずっと訊きたくて、仕方なくて。
でも何度も言いかけて、断念してしまったこと。
優羽。
おまえは、俺のこと、どう思ってんだ?
いつも乱暴してた。
勝手を通してばっかりいた。
けどそれは、ぜんぶ『おまえが好きだ』っていう、ヘタクソな俺の気持ちの伝え方なんだ…。
なぁ、教えてくれよ、優羽…。
こんな俺だけど、おまえは俺のこと…
好きか?
「ね…彪斗くん。…そろそろ、練習始める…?」
うかがうような優羽の言葉に、はっとなった。
いけね。ぼんやりしちまってた。
「ん、ああ…そうだな。えーと…じゃあまず、例の練習やるか」
自分から提案しておいて、にわかに優羽の顔がひきつった。
「あの、それは、まだ…」
「は?なんでだよ。アレこそ一番練習しなきゃならねぇヤツだろ。本番まであと一週間しかないんだぞ」
「わ、わかってるよ…。けどね、こんな本格的なドレス来たの初めてで慣れてなくて…コルセットも苦しいし…。だから、先にラストの場面やってもいい?まだ二人で合わせたことなかったでしょ?」
「…ああ。あそこか…」
『シンデレラ』のラストの場面、といえば、ガラスの靴によって、二人が結ばれるところ、だ。
でも雪矢版のは、以前観た映画に影響を受けただかなんだかで、この場面についてはちょっと凝っている。
ガラスの靴を履いたシンデレラが、王子に本当の自分を明かすんだ。
憐れな生い立ちや、虐げられていたみじめな生活のこと。
王子と出逢えたのは不思議な力のおかげで、本当の自分は、なにも無いみすぼらしい娘であること。
けれども、王子を心の底から慕う気持ちには、嘘がないこと。
やさしい心根を持っていても、それゆえに、いつも自分を押し殺してきたシンデレラ。
だけど、最後の最後に、真実と想いを伝え、王子に永遠の愛を確かめる。
自分の幸せのために。
『わたしは灰かぶりのシンデレラ。毎日ぼろを着て、下働きしかしてこなかった身。裕福でもなければ、由緒正しい血筋でもありません。それでも…こんな私でも…愛してくれますか?』
王子はそんなシンデレラに、改めて唯一無二の気高さを感じ、『もちろんだ』と妃に請う。
こうして、末永く幸せに…のハッピーエンド。
一方的に王子に愛されるだけではなく、自分の思いを語らせることでシンデレラに意志を持たせ、観ている女性の共感を誘おう、という雪矢の戦略だが。
「『貴方に初めてお会いした時、まるで時が止まったかと。こんなに―――』えーと…」
「『惹かれたのは』」
「そ、そう!『惹かれたのは、生まれて初めてで―――』えー…」
超長ゼリフに、優羽は四苦八苦していた。
しかも。
「『…由緒正しい血筋でもありません。こんなわたしでもあ、あ…あい…あいし…』」
どうした…優羽…
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