テラーノベル
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研究所の炎上から、およそ二ヶ月が経った。 コバルトとセレンがグーレ山を下りた後、研究所の火は瞬く間に周囲の草木へと燃え広がり、大規模な山火事へと発展した。麓の町にいた新聞配達員がその燃え盛る炎に気づき、すぐに消防へと通報。その迅速な通報のおかげで、コバルトとセレンが山奥の研究所から逃げてきたという証言は、疑われることなく信じられた。
二人は下山してすぐに警察に保護され、持っていた証拠を提出。それは、ストロン博士や一部の研究員たちの逮捕に繋がり、事態は急速に展開していった。二人は証拠の提供だけでなく、その後の捜査や裁判での証言にも全面的に協力した。その功績を認められ、警察からは感謝状が贈られた。閉鎖された施設で行われていた非人道的な研究の全貌が白日の下に晒され、社会に大きな衝撃を与えた。
季節は巡り、夏が終わりを告げようとしていた頃。
カルシアの死後、カリーナがその遺志を継ぐように設立した、終末期医療のためのホスピスの一室。穏やかな日差しが差し込む空間で、コバルトは植物に水をやり、セレンは窓の外を眺めていた。二人は今、このホスピスで清掃員として働いている。
テレビのニュースが、小さな音量で流れている。ストロン博士と一部の研究員たち、更にストロン博士に被験者を引き渡していた、グレース・フィールド孤児院のテラ=アグネス=ミラー院長に極刑が言い渡されたという速報が、画面の隅に表示されていた。セレンはちらりと画面に目をやり、すぐに視線を窓の外に戻した。
コバルトは、そのニュースを見つめたまま、ゆっくりとジョウロを置いて、ため息をついた。彼の顔には、疲労と、拭いきれない苦悩が刻まれている。
「どうしたんだよ?暗い顔して」
セレンが尋ねると、コバルトは重々しく呟く。
「俺は……クロムを救えなかった」
その声は、ひどく掠れていた。
「あの子は、不本意とはいえ、俺たちを救ってくれたというのに……クロムだけじゃない。博士や、博士の娘だって、もしかしたら救える道があったかもしれない。……もうどうにもならないのは分かっているが、あの時無理にでもクロムを連れ出していたら、博士ともしっかり話し合っていたら……と、どうしても考えてしまうんだ」
彼の胸の内には、後悔と自責の念が重い錘のように沈んでいた。多くの命を救うために行動した結果、救えなかった命があるという事実が、彼を苛んでいる。
セレンは、窓枠に肘を置きながら、コバルトの方に顔を向けた。その瞳は、いつもの冷静さに加え、どこか諦めと、そして深い優しさを宿していた。
「コバルトが後悔する気持ちも分かるけどさ、全員救うなんてのはいくら頑張ったって無理な話だぜ?だから、そこは割り切るしかないと思う」
セレンは、淡々とした口調ながらも、真剣な眼差しでコバルトを見つめた。
「そうやって人のことを思うのも良いけどさ、もっと自分のために生きてもいいんじゃないか?せっかく自由になれたんだしさ」
彼の言葉は、コバルトの心に染み渡る。
「……まぁ、そう言ってもコバルトは、人のことばっか考えちゃうんだろうけど」
セレンは、ふっと小さく笑った。その言葉には、コバルトへの深い理解と、変わることのない友情が込められていた。
コバルトは、セレンの言葉を受け止め、ゆっくりと顔を上げた。窓から差し込む陽光が、彼の横顔を照らす。まだ完全に吹っ切れたわけではない。しかし、彼の瞳の奥に、わずかながらも前を向こうとする光が宿ったのが見て取れた。物語はここで終わり、二人の新たな日常が、静かに始まろうとしていた。
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