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#連載小説
観察者
310
椿
27
指を差すもの
家族5人で暮らしていた。
母、姉、兄、義理の父。そして私。
それなりに普通の家庭だと思っていた。
少なくとも、あの日までは。
「海外にいる人に会いに行きたいの」
母は、淡々と言った。
姉も母の隣に座っていた。
二人とも、もう決めてしまった顔をしていた。
「だから……離婚することにした」
その言葉を聞いた瞬間、家の中が急に知らない場所になった気がした。
母と姉は、海外にいる愛人に会いに行く。
私は兄と義理の父と、ここに残る。
でも、それだけは嫌だった。
数日後、私は一人暮らしをするための部屋を探し始めた。
不動産会社からもらった資料を机に広げながら、ぼんやり考える。
――これから、私は一人になる。
そう思った。
でも、そのときの私は知らなかった。
本当に一人になるのは、もっと先のことだということを。
⸻
私は介護施設で働いている。
その日の夜も、いつも通り夜勤だった。
深夜二時過ぎ。
施設の中は静まり返っていた。
ナースコールの音もない。
利用者さんの寝息と、空調の音だけが聞こえていた。
私は記録を書いていた。
そのときだった。
「――――――――ッ!!」
悲鳴。
女性のものだった。
私は椅子から立ち上がった。
「何!?」
慌てて廊下を走る。
悲鳴が聞こえた部屋のドアを開けた。
そして――
息が止まった。
ベッドの上にいた利用者さんが、何かに襲われていた。
人間の力ではありえないほど身体が引き裂かれている。
床には血が広がっていた。
「いや……」
足が震える。
その利用者さんの上に、黒い影が立っていた。
人の形をしている。
でも、顔がない。
長い髪だけが、まるで水の中にいるように揺れている。
「やめて!」
私は叫んだ。
夢中で近づいた。
すると――
その影が、ゆっくり私を振り返った。
顔がないはずなのに。
なぜか、私を見ていると分かった。
そして、
ゆっくり腕を上げた。
細く、異様に長い指。
その一本が――
私を指した。
「…………」
何も言わない。
ただ、私を指している。
次の瞬間。
影は煙のように消えた。
「え……?」
私は呆然と立ち尽くした。
そして我に返る。
「大丈夫ですか!」
利用者さんのもとへ駆け寄った。
呼吸が弱い。
私はすぐに救急へ連絡した。
「意識が……呼吸がかなり弱いです!」
救急隊が到着し、利用者さんは搬送された。
その夜、私は何度も思った。
――あれは何だったんだろう。
――どうして私を指差したんだろう。
コメント
1件
うわ、冒頭の家族の話から一気にホラーに持っていかれて、心臓がバクバクしました……。「指を差す」というタイトルがラストで効いてくる構成、巧いですね。影の描写も「顔がないのに見られている感覚」がゾッとしました。続き、すごく気になります。