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「何しでかしてくれてんですか。魔王様?」
「いやーこれには深いわけがなー」
「棒読みですねぇ。魔王様?」
リオルが笑顔のまま魔王に詰め寄る。視線を合わせようとしない魔王にムカついて、リオルの眉毛は震えっぱなしだ。
「まず聞きたいのは、あれは本当に帝人国の勇者だったのかです」
「本人が自称しているだけだ。本当かどうかは知らんな」
「戦ったんですか?それにしては無傷ですけど」
「不意打ちを喰らってな。物理的に倒されはしたな。だがあの勇者は、我に対して剣を振らなかった。それどころか、我についていきたいと申し出たのだ。面白い奴だろう?それで興味が湧いて、連れてきたのだ」
はぁ、とリオルがため息をつく。魔王の思いつきに付き合わされる身にもなってほしいものだ。
「それで、どうなさるおつもりですか」
「しばらく、あやつらが居たいだけここに置こうと思う。きっと日常が楽しくなるぞ」
「そのためには“信用を得る“という大切な段階が必要です!あなた様は段階をすっ飛ばしていますよ。いきなり連れてきたらこうなるのは目に見えていたでしょうに。面白そうだからとか言わないでくださいよ?」
「おもしろいだろう?」
「面白いかどうかは問題ではありません。勇者が魔王城にいるのが問題なのです!現に勇者は逃げ出したじゃないですか!」
「逃げてないよ」
「わ?!」
勇者は窓の外から身を乗り出した。窓から逃げ出したと見せかけて、隠れてリオルの指示を聞いていたのだ。もちろんマーヤもここにいる。ここは名目上は2階だが、高い位置にある中庭とつながっているため、地面に伏せて隠れられたのだ。
「何故そこに?!」
「土地勘ないのに逃げ回っても不利だから。それに、あなたは話がわかる人だと思った。リオルさん?」
「随分と強気だな。……君、敵対する気はあるのかい?」
勇者はふるふると首を横に振る。マーヤは黙ったままリオルを見つめた。リオルはマーヤに視線を移す。
「君は、敵対心がありそうだね。お嬢さん。戦いたいなら構わないよ。私が相手をしよう」
リオルは右手の黒い手袋をきゅっと整える。マーヤは少し俯いて、言った。
「……やっぱり魔族は信用できません。でも、戦うのは違うと思います。話し合いで済むのなら、それがいい。平和的な解決が一番です。勇者様がそれを望むなら、私はそれに従います」
リオルはマーヤの目を真っ直ぐ見つめた。どうやら嘘はついていないようだ。はぁ、とため息をついた後、リオルも覚悟を決めた。
「勇者という立場上、魔王城で自由にさせるわけにはいかない。まだ君たちを信用なんてできないし、魔王様にもメンツがある。でも、特別待遇の捕虜、という形ならここに置くことができる。敵の本拠地にいる以上、もちろん風当たりは強いだろうし、ほかにも色々と問題はあるが……なにせ魔王様が君たちを気に入ってしまっている。こちらも対処するしかない」
リオルは右手を勇者に向けた。
「捕虜という形でいいなら、魔王城にいることを許可しよう」
出された提案に、2人は見つめ合う。不安気なマーヤに、勇者は笑いかけた。そして、リオルの右手を握った。
「ありがとうリオルさん。よろしくお願いします」
「これからよろしく。帝人国の勇者くん」
リオルは勇者との握手を終えた後、マーヤにも手を伸ばした。
「あ、えと、よろしく……お願いします」
「よろしく。マーヤさん」
マーヤは出された右手を握った。皮の手袋はひんやりと冷たかったため、リオルの体温は感じられなかった。こうして、魔王軍参謀、リオルラインズに魔王城にいることを認められたのだった。
リオルはすぐに勇者との和解を魔王城内全域に伝達し、勇者についての書類を制作するため、事務所に缶詰状態になった。なにせ勇者の魔王城滞在など魔界建国以来なかったことである。決めるべきルールが山ほどあるのだ。そんな中、魔王は勇者とマーヤを連れて、自宅へ戻っていた。
「……これは?」
魔王が自宅で2人に渡したのは、赤いルビーのような宝石がついたブレスレットだった。
「これにはな、発信機が搭載されている。魔界のどこにいてもある程度の場所はわかる。それが魔王城内となれば半径5メートルの範囲までわかるようになるという優れ物だ。そしてその模様は、魔王である我の紋章だ。それを見せれば、貴様らをよく思わない魔族も、手を出しては来ないだろう。捕虜としての最低限の装備だ。面倒ごとを避けるためにも、いつ何時でも身につけていろ」
「わかった」
なんの躊躇もなく手につける勇者は、ブレスレットに興味津々だ。つけたら一生取れなくなるとか、いつでも毒針を出せるとか、そういう類のものかも知れないという発想は勇者には無いようだった。マーヤは違う。最大限警戒できるものは警戒し、自分の身を守ろうとした。ブレスレットを注意深く眺めて、隠された仕組みがないかチェックする。その様子を見た魔王が呆れたように笑う。
「発信機以外に用途はないぞ。マーヤよ。貸してみろ」
魔王はマーヤからブレスレットを預かり、自身の手首にはめて、そしてすぐに外した。
「この通り取ろうと思えばすぐに取れる。しかしこれは我々魔族との契約書の代わりだと思ってくれ。これを取った時、契約違反となり、我々と敵対する気があるのだと解釈することになる」
魔王はそう言いながら、ブレスレットをマーヤに返した。
「つけたくないならつけなくてもいい。ただしその場合、勇者はもう付けているのでな、勇者を返すわけにはいかんぞ」
「ズルイやり方ですね!そんなの付けるしかないじゃないですか!」
「そうとも。付けるしかないのだから、さっさとつけてしまえ」
渋々、という感じでマーヤはブレスレットを右腕にはめた。決してキツくもなくゆるくもなく。生活に支障はなさそうだ。
この時、魔界各地に出張に出ていた、リオル以外の魔王軍幹部たちが、勇者の侵入を聞きつけ魔王城へ向かっていた。