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#現代ドラマ
ゆうき あきや
4,038
259
#心理描写重視
第105話:勝利のジンギスカンと、呆れ顔の小春
ドバイの石油王から届いた純金製の浄水プラントが、夕陽を反射して黄金の煌めきを放つ、夏の夕暮れ。
限界集落の古民家の庭には、世界中を巻き込んだ『聖域防衛戦』の完全勝利を祝す、極上の香りが漂っていた。
「……よし。風向き、炭の配置、そして火力の安定。第一から第三までの全焼き台、パーフェクトな状態だ」
俺は首に巻いたタオルで汗を拭いながら、完璧にセッティングされたバーベキューコンロを見渡した。
陸上自衛隊『需品科』の真骨頂は、過酷な環境下でいかに部隊の士気を高める『温かい食事』を提供できるかにある。
俺が計算し尽くした気流コントロールにより、煙はプールでくつろぐもふもふ達の方へは一切流れず、上空へと綺麗に吸い込まれていく。
その完璧な焼き台の上に乗せられたのは、北海道が誇るソウルフードの専用鍋——中央がドーム型に盛り上がった『ジンギスカン鍋』だ。
「お兄さん! 村長さんたちから、お肉とお野菜たっぷり届きましたよ!」
エプロン姿の小春ちゃんが、巨大なクーラーボックスを抱えて縁側から飛び出してきた。
中には、地元の牧場から直接届けられた最高級の十勝産サフォーク羊の肉が、これでもかとばかりに敷き詰められている。
さらに、村のおばあちゃんたちが朝早くから収穫してくれた、朝採れのアスパラガス、甘みたっぷりのトウモロコシ、そして肉厚なシイタケ。
「素晴らしいな。まさに大地の恵み、完璧なロジスティクスだ」
「もう、なんでも自衛隊用語にするのやめてくださいよ! 早く焼きましょう、早く!」
小春ちゃんが待ちきれない様子で、熱されたジンギスカン鍋の周囲に野菜を並べ、その頂上に分厚い羊肉を乗せた。
ジュゥゥゥゥゥッ!!
新鮮な羊肉が焼ける強烈な音と共に、食欲を限界まで刺激する香ばしい脂の匂いが、夏の夕暮れに爆発した。
滴り落ちた極上の肉汁が、鍋の周囲に敷き詰められた野菜に染み込み、ジンギスカンという料理の『黄金のサイクル』を完成させていく。
「はふっ、あつっ……んんん〜〜っ!! 美味しいぃぃっ!!」
焼き上がった羊肉を特製のタレにくぐらせ、口いっぱいに頬張った小春ちゃんが、文字通り天に昇るような至福の表情を浮かべた。
「お兄さん、このお肉ヤバいです! 全然臭みがなくて、噛むたびに甘い肉汁がドバドバ出てきます! トウモロコシもシャキシャキで最高!」
その様子をジンバル越しに見つめる一千万人の視聴者たちは、完全に『深刻な飯テロ被害』に直面していた。
『うわあああ! 腹減ったあああ!!』
『肉の焼ける音が完全にASMR』
『サフォーク種の生ラムとか、都内の高級店で食ったら一万円以上するやつだぞ……!』
『あかん、画面から匂いがしてきそう。今日の晩飯はジンギスカンに決定した』
そして、先ほどまで迷惑系配信者を社会の裏側から物理的(カネ)に完全消滅させていたVIPたちも、画面の向こうで悶絶していた。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Oh my God! That lamb looks incredibly delicious! Master, I will buy that entire sheep farm right now!“(オーマイゴッド! その羊肉は信じられないほど美味しそうだ! 主よ、私は今すぐその羊の牧場ごと買い取ろう!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”Send that meat to my bank’s headquarters in Geneva immediately! I will pay any shipping cost!“(ジュネーブの我が銀行の本店に、今すぐその肉を空輸してくれ! 送料はいくらでも払う!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×10連発)=”Akiya! Don’t eat it all! Save some for my private jet’s arrival!“(お兄さん! 全部食べないで! 私のプライベートジェットが着くまで残しておいて!)』
「ちょっ、お兄さん! 石油王さんが牧場ごと買うとか言い出してますよ!? シャーロットさんも相変わらず向かおうとしてるし!」
小春ちゃんがジンギスカンを頬張りながら、パニック気味に叫んだ。
「……放っておけ。金持ちは美味いものを見るとすぐ独占しようとする。それが資本主義の病理だ」
俺はどこ吹く風とばかりに、自分のアウトドアチェアに深く腰を下ろした。
そして、手元に用意した『自分専用の小さな網』の上で、ある食材を丁寧に、そして極めてストイックに裏返した。
ジュ……。
それは、小春ちゃんが食べているサフォーク羊の肉とは明らかに違う、油分の少ない乾いた音だった。
「よし、完璧な焼き加減だ」
俺は焼き上がったソレを箸でつまみ、完璧な水加減で炊き上げられた『玄米』の入った茶碗の上へとワンバウンドさせた。
大豆ミートのジンギスカン風網焼きである。
「……いただきます」
俺は真顔のまま、玄米と大豆ミートを一緒に口の中へと掻き込んだ。
プチプチと弾ける玄米の素朴な甘みと、ジンギスカンのタレを極限まで吸い込んだ大豆ミートの旨味が、口腔内で奇跡のシンクロニシティを起こす。
羊肉のような圧倒的な暴力性(脂)はない。だが、この大豆由来の静かで確かなタンパク質の補給こそが、ミニマリストたる俺の胃腸に最も優しく、そして効率的なエネルギー充填なのだ。
俺が目を閉じてそのストイックな味わいを堪能していると、隣からジトッとした視線が突き刺さった。
「……お兄さん」
「なんだ小春ちゃん。アスパラならまだ焼けてるぞ」
「そうじゃなくて!」
小春ちゃんが、箸を持ったまま呆れ果てた顔で俺を指差した。
「純金の浄水器があって、石油王さんが牧場買おうとしてて、世界中の人がこの大宴会を見てるんですよ!? 規模が完全におかしいのに、なんでお兄さんだけ『大豆ミート』と『玄米』でそこまでストイックすぎるんですか!! 一口くらい本物のお肉食べましょうよ!!」
『小春ちゃんの正論ツッコミキターーーww』
『主、この狂った大宴会の中で一人だけ精進料理食ってて草』
『ブレない。この男、マジで食生活だけは一ミリもブレないwww』
『これだけ金と権力に囲まれてるのに、大豆と玄米で満足できる男、そりゃ最強だわ』
俺は小春ちゃんのツッコミを涼しい顔で受け流し、温かいほうじ茶をずずっと啜った。
「小春ちゃん、君はわかっていないな。この大自然のマイナスイオンと、シロたちの癒やし空間。これこそが最高のスパイスだ。この環境下においては、大豆ミートの味わいはA5ランクの和牛を凌駕する。俺は今、宇宙で一番贅沢な食事をしているんだよ」
「絶対ただの強がりじゃないですかぁぁぁ!!」
小春ちゃんが笑いながら怒り、コン吉とコン次郎が「お肉ちょうだい!」と足元でキュンキュン鳴いている。
プールに浮かんだままのシロは、スイスの銀行家から事前に送られていた『一缶数千円の超高級キャットフード(無添加・極上ツナ)』を優雅に舐めながら、神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――で、俺たちを呆れたように見つめていた。
『ミャウ……(人間の食事って面倒ね)』
世界中のトップVIPたちが羨望の眼差しを向ける、十勝の極上ジンギスカンパーティー。
そのど真ん中で、ただ一人、大豆ミートと玄米を真顔で頬張る元社畜。
迷惑系配信者というノイズが完全に排除された俺たちの聖域は、夏の夜風と香ばしい匂いに包まれながら、今日も最高にバグった平和を謳歌しているのだった。
コメント
1件
ああ、読み終えました!もうね、最初から最後までお腹が空いて仕方なかったです(笑)。十勝のサフォーク羊肉ともうもうと立つ脂の香り、そして野菜に染み込む肉汁の黄金サイクル…書いてあるだけで画面から匂いがしてきそうでした。それなのに主人公だけが大豆ミートと玄米でストイックに決めてるギャップが最高で、小春ちゃんの「一口くらい本物食べましょうよ!」に全力で同意したくなりました。石油王が牧場ごと買おうとしてるのも、シロが高級キャットフードを優雅に舐めてるのも、全部ひっくるめて“バグった平和”って表現がぴったりで、読んでてすごく温かい気持ちになりました🤍