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【拾捌話】


樋口さんから樋ぐっさん――樋ぐっさんからとうとうぐっさんか。

いつか飲み屋で「尊敬しているから気安くなるんです」とか何とか言われたがそんな実感湧く所か軽んじられている気すらする。 それでも今の立場になって「他の人間と距離を感じて少し寂しい」と思った身だ。


心の何処かでその距離感を楽しんでいる自分が居るから――目くじら立てる訳もいかないな。そう思わず苦笑した。


それを照れたとか、喜んだ、とか云った前向きな姿勢と取ったのだろう。


日下部はそう云う奴だ。多分。もう一度、嬉しそうに「ぐっさんにご報告を――」と非常に嬉しそうに微笑んだ。


「男はこの通り腐ってメタン(ガス)が発生しては居るものの、保存状態が良かったのか遠い所から遥々流れて来る程には発生していない。つまり浜の近くで潮に乗せられ流された可能性が高い。ここ最近海が荒れたと云う話も聞きませんしね。だから――」


「砂浜に打ち上げられた、と云うよりは砂浜に打ち上げられる様に――

まぁ流木か何かに乗せて遺棄した――と。」


「鑑識はそう云ってます。背中に擦り傷も少ないので。でも死因は別で体内からは揃ってオレアンドリンが検出されてます。死因は心臓麻痺です。それと遺棄現場近くは絶壁に囲まれた場所が多くて死体を担いで下りられる程の所は非常に少ないんです。


遺体の損傷が激しければ崖から投げ入れた――と考えられる訳ですが。無いですね。綺麗なもんです。で、一箇所だけ地元の人間だけが知る様な、場所が在るんです。其処から色々と反応が出ました。」


「発見現場からは近いのか?」

「地元の子供が云うには其処で流した漂流物は丁度二日後にその発見現場に流れ着く様です。子供は暇を持て余してますから、そんな事をしていつも遊んでいたそうです。」

「なるほど。では遺棄の時間は概ね五月十一日の早朝と云う訳か。」


「そして遺棄する人間は男性、恐らく単独犯で車で移動。これはタイヤの後がその場所の付近から出ています。そしてその遺棄場所への道は酷く狭くて大人は滅多に通らないのですが一人分の大きな靴の跡が残ってました。今の所、情報としてはそんなものです。」


日下部は手帳にまた何かを書くとそれを閉じ、胸に仕舞おうとした。

俺はそれを奪うと「聞き込みする事」と書かれた所にいくつか書き込むと

彼に其れを返した。


手帳を開き、彼は感心した顔をすると

「では僕はこれで一旦引きますね。腹は減ったけれど、色々とお仕事がありまして――」


と皆の顔をぐるりと見渡した後、俺の顔を見て笑って云った。


「俺が仕事ねぇみたいじゃねぇかよ!」

「いえいえ、そんなつもりでは――」


俺が拳を振り上げると日下部は一瞬忍者が忍術を使う時の様な真似をして

襖の素早く向こうに消えた。落ち着き無く軋む床の音、玄関から扉が開く音がした。


閉まる音がしない。

あいつ、開けっ放しで出て行ったか。不敬ここに極まれり、だな。


「部下の不始末は上司の責任だからなぁ――」

俺は如何にも不足と云った顔をして伸びをしながら立ち上がり、玄関へ向かおうと襖を開けた。


須藤と六華に出くわした。危うくぶつかる所だった。


「彼が噂の日下部君かい?落ち着きの無さは君譲りだな。」

教授はそう云って笑った。その隣で

「お食事の用意が出来て居ないのなら何かお手伝いしましょうか?」と老人、須藤だったな。その老人が遙さんにおずおずと申し出る。


申し出られた彼女は痙攣した様に身を跳ねさせ

「あ!忘れてましたわ。お客様になんて失礼を!今すぐ!」「私も手伝うわ」と蒼井さん。そして申し出た老人、その三人が跳ねる様に土間へ向かって行った。

その後を追おうとした六華の手を俺は掴み引き止めた。


「積もる話が沢山あるんだ。聞いてくれねぇか?兄貴。」


俺は二人きりの時、六華をこう呼ぶ。

最初に在った時、家族を失って打ちひしがれていた俺に云ってくれたのが

「兄貴とでも親とでも思って頼って欲しい。」と云う言葉だった。


だが真の身内でも無いからそう呼ぶのも何となく照れ臭いので人前は避け、俺の前だけでそう呼ぶのだ。


尤も――将棋盤の前でまるで地蔵の様に静かに佇んでいる彼の存在はすっかり失念していたので二人きりでは無かったのだが。


「何処から話して良いのか――まず最初に俺がここに来た理由から――」



***





時系列を正すと


まず、臼田家全焼、嘉島伸江絞殺、その部屋に残るマネージャー、臼田龍一の血痕、そして嘉島が所属していた氷川プロの社長刺殺、それに関しての岡田の自供の曖昧さとそのマネージャー兼恋人である臼田重雄の失踪。


そして嘉島がここにしばしば金を無心して来ていると云う話を聞き、その絞殺魔の事で何か情報を持って居ないか聞きに来た――と。


本当はそれは本題では無い。建前だった。本音は岡田から臼田の身柄を預かって居ないか探りに来たのだ。


岡田の口ぶりを聞いていると如何も臼田が飢えたり、目撃されて捕まったりと云う事はないと云う感じに聞こえた。つまりは信用できる人間に託していた可能性が大きいと俺は睨んだ。


そして岡田は他に身寄りが無く、非常に柏木を慕っていたと聞いた。預けるとしたら此処では無いかと探りに来たのだ。


警戒されると思っていた。ましてや簡単に屋敷に入れられるとは思っても見なかった。だからほぼ確信していた俺は少し揺らいでいた。


重雄の身柄が確保出来れば全てが繋がると思ったんだが余計な死体が上がり、またこの家に関連していたから余計に複雑な状態になってしまった。


「その死体と云うのは、容子さんかい?市ノ瀬容子さん。」


俺は驚いて兄貴の顔を見た。


「――おまけが付いているけどその容子さんらしいんだ。」

「おまけ?」

「ああ、此処の娘さん、遙さんに、家目当てだったのかなぁ、言い寄っていた男がその容子さんと縄で繋がって海から流されてきたらしい。しかし何故――」


「目を曇らさないで聞いて欲しい。私は蒼井さんからの依頼で此処を訪れてね。彼女は遙さんの幼馴染だそうだ。で、遙さんから相談を受けたらしい、と。」

「うん?」


「自分は人を殺してしまったらしい、と。」





【続く】

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