「んん……朝から騒がしい」
私は、バタバタと使用人達が廊下を行ったり来たりと走る音で目が覚めた。今日は私は何もしなくていい日なのに、朝から最悪だと寝ぼけ眼を擦りながら部屋を出た。使用人達は私に気づくこともなく忙しそうに駆け回っていた。
(そうか、今日……トワイライトの為の式典とパレードが)
眠ったせいか、すっくかり昨日言われたことが抜け落ちており、まだ眠っていた脳みそをたたき起こしながら昨日の記憶を呼び覚ました。昨日は色々あって、情報量が多く脳の処理に時間がかかったが、私はある二つのことを思い出して発狂しかけた。
「んんッ!」
私は声が出ないように両手で頬を潰しながら声にならない悲鳴を上げた。
(そうだ、昨日はトワイライトが誘拐されて助けて……それから、アルベドとグランツにキスを……)
何故それが真っ先に思い浮かんでしまったのか、自分が気づいていないだけで嬉しかったのではと錯覚するぐらいに鮮明に思い出された記憶。アルベドはからかっていただけかも知れないし、グランツもアルベドに対抗心を燃やしていただけかも知れないけれど、二人の男性からキスをされたのだ。それまでは、忠誠を誓うような手の甲にキスや、挨拶代わりなのか何なのか髪にキスされたことはあったけど、直接頬に触れることはなかったために驚いた。そんなこと、遥輝にもされたことないのに。
と、そこまで思って、私を好きだという割には手を出してこない、他の攻略キャラに先を越された遥輝、リースが何だか可哀相にも見えてきた。
(いや、別にキスされたいわけじゃないんだけどね!)
遥輝が私に手を出してこなかった理由も知っているし、それは完全に私が悪くて、私のせいで、私が彼に我慢をさせていたからであって、本当に私が悪いんだけど……私が、そういうのまだ早いって彼にストップさせていたせいで、手を握ることもしなかったなあとふと思った。というか、もしかしたら握ったことないのではないかというぐらいに、彼に触れた記憶がない。勿論、私から触れるなんて事は一切してこなかった。だって、三次元の、それも学校一のイケメンに。
「はあ……何か、朝から疲れた。思い出しただけなのに」
アルベドはからかって、それでグランツが嫉妬して、これは所謂三角関係なのでは? と我ながらにアホな考えに至り、フッと自分で笑いながら螺旋階段を降りていくと、下の方から私に向かって手を振る少女の姿が見えた。それは、神々しい以外に感想がでないほどに美しいドレスに身を包んでいた。勿論、それが彼女の、トワイライトの全てドレスやきっと施してもらったメイクなどによってさらに磨かれたと言うべきか。
私は、ゆっくり降りていた階段を駆け足で降りて、トワイライトの前まで走った。
「お姉様、おはようございます」
「お、おはよう……トワイライト」
「どうされたんですか?」
「あ、いや、えっと……その、すっごく綺麗だなって思って」
私は恥ずかしさを隠すように少し俯きがちになりながらも素直に伝えた。すると彼女は頬を赤らめて照れくさそうに笑った。
その姿はまさしく乙女ゲームの主ヒロインだった。可愛いだけじゃなくて、綺麗で誰もが目を奪われてしまう。そんな姿をしていた。確かに、ゲーム内でも聖女の式典というかパレード的なのはあったし、そういえば、そんな服を着ていたなあとぼんやり思い出した。でもゲーム越しで見るよりもずっと綺麗で美しい。
こんな子が血はつながらないとはいえ妹であると思うと誇らしく思えた。
それに、彼女なら、私と違って誰からも愛される子だから、この世界で幸せになれるんじゃないかと思うと安心できた。
(安心って、ほんと家族みたいな……って、家族ってこんなものなのかは知らないけれど)
お嫁に行くとか、お婿に行くとか……そういうとき、親や姉弟は心から祝ってくれるんだろうなと思った。私は絶対ないだろうし、何なら前世で結婚したとしても(そもそもに結婚できるとは思ってはいないが)顔を見せるぐらいで祝ってはくれないだろう。それか、偽物の笑みを浮べて祝うフリをするか。多分後者だろうな。
そんな風に考えていると、トワイライトは私の顔をのぞき込むようにして見つめていた。私は慌てて思考を中断させた。
「お姉様?」
「ご、ごめん。ちょっと考え事。こんな可愛くて美人な妹がいるなんて私幸せだなーって思って」
「お姉様は、褒め上手なんですね」
と、クスリとトワイライトは笑った。
いつもなら抱きついてくるところだろうが、メイド達に止められているのか抱きついたらせっかくのセットが崩れるだろうと我慢しているように見えた。まあ、私も毎回抱きつかれてあの乳圧に潰されたら本当にいつかぺったんこになってしまうと思った。胸ではなく身体が。
「トワイライト様、そろそろお時間が」
そう、トワイライトの後ろに控えていたメイドが彼女に耳打ちすると、トワイライトは寂しげに眉をハの字に曲げた。名残惜しそうに、それでも、彼女は笑顔を作ってそれを私に向けた。
「それでは、行って参ります。お姉様」
そして、私は彼女の後ろ姿を見送った。その後ろ姿があまりにも美しすぎて、思わず私は手を伸ばしたくなった。けれど、伸ばしかけた手はゆっくりと降ろされた。
(引き止めようとした? ううん、いってらっしゃいって抱きしめてあげたかった。妹の晴れ舞台だから)
晴れ舞台とはまたちょっと違うのかも知れないが、国民に認められる日でもあるような気がするのでそんな日に自慢の妹を抱きしめたいと思うのは普通のことではないだろうか。そんなことを思いながら私は朝食を食べようと部屋に戻った。
それから、着替えを済ませて私は部屋にこもっていた。朝はあんなに騒がしかったのに今日は静かなもので、私もすることがないので本を読んでいた。
聖女殿には殆ど人は残っていないだろう。警備が手薄になると言ったがあまりにも人がいなさすぎて、私の扱い軽すぎないかとも思ったが、まあ人に囲まれすぎるのも監視されるのも嫌なのでこれはこれでいいと思った。ポジティブに行こう。
アルバも、騎士団長の娘として式典の方に参加しなければならなかったようだし、朝私に泣きながら抱きついてきたけど、彼女はきっとしっかりやっているだろうと何となく想像して笑えてきた。勿論、グランツもトワイライトの護衛騎士としてついて行ってるだろうし、そこでどんな風に思われるかは知らないが、少しは株が上がるだろうと思う。まあ、知ったこっちゃないけれど。
「はあー暇、暇、暇! 面白い本もないし、神殿の方にも言っちゃ駄目とか言われたから魔法の練習も出来ないし! あーもう、なんかこう、暇つぶし出来る魔法開発しようかな……」
この世界にゲームや動画サイトがあるわけでもなく、置いてある本も難しければ内容もよくわからないものばかりだし、スマホもないからアプリゲームや調べることも、前世の歴代の推し達の顔を拝むことも出来ない。
そんなことを考えながら、私はベッドの上でごろりと寝転んだ。こんな風に過ごしていていいのだろうかと思ったが、聖女殿からでるな、引きこもってろ! って言われたためどうしようもない。元々引きこもりがちだったため苦ではないが、引きこもってろと言われて引きこもるのと、自ら引きこもるのでは全く違うと思う。言われてやらされるのは一番腹が立つ。
今、トワイライトはどの辺にいるのだろうと考えて、ベランダに出ることにした。
「まあ、聖女殿の敷地内だし、セーフよね」
これもダメと言われたら私はどうしようかと思いつつ、ベランダから皇宮の方を見た。といっても見えるのは城の外壁ぐらいか。けれども、皇宮の方で何やら盛り上がっているようで、きっと今トワイライトが国民の前に姿を見せたのだろうと私は予想した。ここからじゃ何も見えないし、はっきりと言葉は聞えないけれど。
帰ってくるのは夜遅くだと言っていたし、彼女は私より体力がありそうだったけど、大丈夫だろうかと、心配になってしまった。まあ、私と違って人混みが苦手とか言うタイプではないのできっとどうにかするだろうとも思ったけれど。
(風、気持ちいな……少しだけ、寝よっかな)
本で時間を潰し、リュシオルとも少し話した。でもリュシオルだって暇じゃないし、彼女を拘束するわけにもかないだろうと、仕事に戻っていいというように伝えた。結果、何もすることがなくなり、夕食の時間まで寝てしまおうと考えた。私は、ベッドに戻って横になり疎々し始めた。
デジャヴだと。また昨日の夕方ごろと同じ事をしているんじゃないかと、ドーンと大きな音で目が覚めた。時計を見たらまだ六時か七時ぐらいで、そこまで眠っていたわけではないらしい。でも、夕食の時間がずれてしまったと、私は急いで降りた方がいいかと考えた。今日はトワイライトは一緒に食事を取らないだろうし、私はぼっち飯をする事となる。だから、まあ部屋にでも運んでもらうかと考えて音のするベランダへと私はでた。
閉めきっていたため、少し冷たい風が窓を開けた瞬間に流れ込んでき、私はカーディガンを羽織って外に出た。すると、夜空に満開の花が咲いている事に気がついた。
「花火……?」
ヒュードン! と絶えず打ち上げられる花火は、パレード大詰めとでも言わんばかりに打ち上げられていた。花火を見るのは星流祭ぶりだろうか。だから懐かしくもなんともなかったが、花火を見るたびに、あの紅蓮が頭の中をちらつくので私は思いっきり首を横に振った。
(ああ、思い出したくないこと思い出しちゃった!)
星流祭のジンクス、アルベドと星流祭をまわったこと。
花火が打ち上がるたびに鮮明に蘇ってきて、私は顔が赤くなるのが自分でも分かった。恥ずかしい、消したい記憶だったからだ。だから、私は無心で花火を見ようと顔を上げた。すると、ふわりと私の目の前に誰かが落ちてきた。
それは、少し短い紅蓮の髪で。でも、それが彼でないことは私はすぐに分かった。
「やあ、エトワール。久しぶり」
「ヴィ!?」
ベランダに降り立ったのは、つい昨日あったばかりのヴィだった。彼は、私ににこりと微笑みかけて、その曇った満月の瞳をゆっくりと私に向けた。