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くすんだ紅蓮の髪は、夜空に浮かぶ色鮮やかな花火の色を受けて、怪しく光り輝いていた。
「ヴィ!?」
「やあ、エトワール、昨日ぶりだね。覚えてる?」
トンッと、ベランダの縁に足を下ろしてそのままベランダに侵入してきたのは、昨日あった青年ヴィだった。何故彼がここにいるのか、警備が手薄とは言えこんなにも簡単に侵入できるものなのかと私は不安になった。正門から入ってこないところを見ると何か後ろめたいものがあるのではないかと疑ってしまう。
しかし、逆光になっていて彼の顔がはっきりと見え無かったため、彼が今どんな表情を自分に向けているのか分からなかった。うっすらと見えるのは、愛しむような表情だった。誰かさんが、私に向けたことのある表情と重なって私は目を細めた。見間違いだと思ったからだ。
「何で、ベランダから?」
「エトワールが下から見えてね、会いたいと思ったんだすぐに」
「……玄関から。メイドに言えばきっと通して貰えると思うけど」
「酷いなあ、言ったじゃないか。会いたくて仕方がなかったって」
「そこまで言った?」
「うん、言った」
と、ヴィは誤魔化すように笑っていた。
いくら、会いたいからといってベランダから侵入してくるのは如何だろうと思った。それに、そもそも、昨日あったばかりなのに会いたいだなんて、それこそ不思議というか、不気味というか。
そんな感じに警戒しながら彼を見ていると、ヴィは肩をすくめた。
「何をそんなに警戒しているか分からないけど、俺は無害だよ」
「自分から無害って言う人ほど怪しい人はいないと思うけど」
「心外だなあ」
そう言って、ヴィはベランダの縁に腰掛けながら私を見てきた。背景に花火がチラチラと打ち上がっており、なんとも言えない彼の雰囲気を消しているようにも思えた。
(分からない、読めない男……)
先ほどから心の声を聞えるようにしているのにもかかわらず、彼の声がちっとも聞えてこないのだ。何も考えていないか若しくは、感情を殺しているのか。深いところにあって聞えないだけかも知れないと私は、益々此の男に対して警戒心を募らせていく。
それを察してかヴィは、にこりと私に笑いかける。
「まさか、エトワールが聖女だなんて知らなかったよ」
「どうして、聖女だって思うの?」
「どうしてって、何で?」
「私は、聖女の証である金色の髪も、純白の瞳も持っていない。なのに、どうして私が聖女だと?」
応えようによっては、彼が危険人物だと断定できる。私はそう思って彼に尋ねてみた。
だが、ヴィはそんなこと質問されると思っていなかったのか、目をぱちくりとさせて、考え込むような仕草をした後指を鳴らした。
「ここに住んでいるからてっきり聖女かと思って。魔力量もそこら辺の魔道士よりもあるみたいだし」
「……ここに住んでるからってそうとは限らないと思うけど。それに、どうして魔力量が人よりあるって分かるの?」
「ねえ、もしかして俺疑われてる?」
「答えて」
私が少し厳しめに言えば、彼は困ったようにまた肩をすくめる。
何も分からない男だった。無表情で感情の読めないグランツとはまた違いタイプの厄介さだと。感情が一見あるように思えて、それが全て嘘に見える。でも、きっとそれは彼自身も分かっていることで、わざと嘘だと気づかせようとしているようなそんな感覚だった。
ベランダから入ってくるし、昨日はいきなり消えるし。
「魔力って隠せないんだよ。隠そうと思わないと」
「それで、私から魔力が漏れていると?」
「そうだね。まあ、隠そうと思えばきっとエトワールも隠せると思うよ」
そう言って、にっこり笑うヴィ。
魔力が漏れているなんて初めて知った。一度も言われたことないのに、と私は自分の身体の至る所を触った。魔力を隠すとは一体どうやってやるかと聞きたかったが、無知だと知られるほど危険なことはないと思って、明日にでも神官に聞こうと思った。
私はバレないよう、話題を変えることにした。
「ねえ、何で昨日はいきなりいなくなっちゃったの? 吃驚したんだけど」
「ああ、それね。君を探している人が来たみたいで合流できたのかなーっておもって。俺も用事思い出したし」
「……一言あっても良かったんじゃない?」
「急ぎのようだったんだよ。とっても急ぎの」
と、ヴィは言うと視線を空へ向けて、絶えず打ち上げられる花火をその曇った瞳にうつした。そして、何かを思い出しているのか、懐かしむように目を細めていた。
彼の表情からはどんな感情なのか読み取れなかった。ただ、どこか悲しげな目をしていた。
私は彼が何を考えているのか分からず、開きっぱなしの口を閉じるしかなかった。
「だとしても、いきなり消えるなんてあり得ない。幽霊かと思った……それに、お礼の一言も言えなかった」
「……そっか、じゃあ、いまいってよ」
「…………」
「冗談、冗談。お礼は言わされるものじゃなくて自主的に言うものだからね」
「面白くない冗談」
ヴィは、私の言葉を軽く流すように返事をし、無邪気に笑っていた。
私は、ベランダの縁に座っている彼を見下ろすように見つめると、彼は私を見上げて首を傾げた。
「ところでさ、エトワールは何でこんなところにいるの?」
「え?」
「だって、あっちでは聖女……トワイライトだっけ? 彼女の為のパレードが行われているのに、君は参加していないのかなって思って。君も聖女でしょ?」
「……私は」
ここから出るなと言われているなんて、口が裂けても言えなかった。それでは何故? と突っ込まれそうだったし、口にするのも嫌だったから。
言い理由がないかと探していると、私はこれは少し恥ずかしいかも知れないがありのままを伝えようと思った。
「私、人混み嫌いなの」
「へえ、だからこの間も人通りの少ない道にいたんだ。暗い路地も慣れているようだったし、人の少ないところを好むんだね。不思議だ」
パチパチパチと乾いた拍手をして、彼は私が滑稽であるかのように笑った。
私はムッとして、彼を睨んでみた。しかし、そんなことは彼には効かず、寧ろもっと面白いものを見るような目を向けられただけだった。
私が不機嫌になったのを悟ったのか、ヴィはごめんねと謝ってきた。それでも私は、頬を膨らませて拗ねる態度を取る。
「別に……事実だし」
「本当に変わってるね。君は」
「ヴィには言われたくない」
「俺は普通だよ」
「普通の人は自分を普通って言わないの」
「そういうもの?」
彼はまた、不思議だと首を傾げる。
それから、暫く沈黙が続いたが、ヴィがとある話題を持ち出したことによってまた会話を再開することとなった。正直暇だし、話す人がいないから話し相手になってくれるのは嬉しいけれど、こんな所を見られたらどう思われるか、想像するだけで恐ろしかった。
「そういえばさ、エトワールって前に会ったときもそうだったけど、俺を見るたび誰かと重ねてたりしない?」
「……っ」
「その顔は、何で分かったの? って顔だね」
と、クスクスと笑うヴィ。
顔に出ている自覚はあったし、きっと彼も気づいているんだろうなと思いつつ何も言わずにいた。だが、それを話題にふってくると言うことは少なからずそれが気になったのだろう。
だが、言って良いものか分からなかった。
アルベドと似ているとか、そう言われて嬉しいと思うか嫌だと思うか。そんなの分かりっこなかったし、アルベドの事をそもそも知っているかどうか分からなかった。まあ、公爵家の公子で、それなりに地位と顔は知られているだろうけど、彼の良い噂は聞かないため、矢っ張り似ていると言われたら嫌なかおをされるのではないかと。
そう、悩んでいると、また心の中を見透かされたように、怒らないから言ってみてよ。と急かされてしまった。私は観念して、口を開く。
「アルベドに……私の知り合いに、アルベド・レイ公爵がいるの。その人に似ているなっと思って。その、紅蓮の髪が」
「アルベド・レイ……ねぇ。確かに髪色は似ているかも。でも、俺なんかより綺麗だね、あの人は」
と、ヴィは苦笑した。嫌なかおをされなかっただけでなく、アルベドの容姿まで褒めた、ヴィに私は驚きを隠せなかった。似ていると自覚しているのも驚きだったのだが。
「アルベドの事知ってるの?」
「ん? そりゃ勿論、有名人だからね。素行の悪い公爵家の公子」
「……矢っ張り、そうなんだ」
素行の悪い公子という不名誉というか、公子にあるまじき言われようで私も思わず苦笑してしまう。アルベドは素行が悪いというか、口が悪いというか。善人しか殺さない暗殺者とも自分の事を言っているが、かなり人を殺し慣れているみたいだし、その事は表むきにはバレていないだろうけど、有名人と言われればそうなのかも知れない。
ヴィは、それにしてもどこでアルベドと知りあったのかと私にしつこく聞いてきた。彼がアルベドの事について興味を示すなんて以外で、矢っ張り似ている髪色をしているからだろうかと私は思ってしまった。
「えっと、それは――――」
「エトワール様?」
私が言いかけたとき、部屋の扉を叩く音がして、私は振返った。その声はリュシオルで、きっと夕食はどうするのかと聞きに来たんだろうと私は察して、ヴィをどうするべきかと彼の方を向いた。彼はきょとんと首を傾げた後、ああ、と呟いて笑うと私の頭を撫でた。
「君のメイドが来たんだね。こんな所見られたら俺も君も何か思われそうだから、俺は帰らせてもらうね」
「ちょっ……!」
「また会おうね、エトワール」
ヴィはそう言うと、ベランダから飛び降りて暗闇に消えてしまった。ここは三階だし飛び降りたら怪我をすると下を見たが、暗くてそこにヴィがいるのかすら分からなかった。そんな風に下をのぞき込んでいると、リュシオルが入ってきて何をしているんだと、私に尋ねてきたので、咄嗟に私は外の風に当たっていただけだと誤魔化した。
「何かあったの?」
「ううん、何でもない。それより、ご飯」
(ま、まあ、黙っておいた方がいいよね……)
私は、内心そう思いながら、リュシオルの方に駆け寄った。