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「はあ……全くさ、一般人巻き込んでいる自覚あるの? みお君」
「わりぃ、わりぃ。まさか、神津まで来てくれると思わなくってな。さんきゅー」
ヘルメットと高速で風を切っているのにもかかわらず、高嶺はしっかりと神津の声が聞えたようで、ゆるくひらひらと手を振っていた。今の状況と、高嶺の態度が全然マッチしていなくて、本当にマフィアを追っかけているのかと不安になる。
まあ、彼の顔に笑みが浮かんでいるのはあの運転好きな颯佐が隣にいるからだろう。安心感しかないのは分からないでもないが。
「あっ、ハルハルじゃん。来てくれたんだ」
「お前もなあ、颯佐……」
運転席から声が聞え、運転の最中だって言うのに、こちらを向いてニコニコとしている颯佐が見えた。こっちもこっちで、運転しているという自覚があるのかと思うぐらい緊張感がない。仮にもマフィアの車を追っているというのに。
(余裕があるのは何でだ?確かに、この先のインターチェンジは何10㎞も先だ。だから、逃げられないと思っているのか?)
高速道路の情報を確認すれば、この先インターチェンジもなければ工事のため一車線になっている。そのため渋滞になっているようだった。確かにこれなら逃げられそうにない。
だが、犯人もそこまで馬鹿ではないはずだ。
「つか、今すげえかんけえねえけど、颯佐その車どうしたんだよ。レンタカーか?」
俺がそう聞けば、颯佐は大笑いして「なわけないじゃん」と否定した。
白いボディの二人乗りのスポーツカー。車体は低く、そのエンジン音はうるさい。見た感じ高級車だろうな……と思って、ならどうやって購入したか気になってしまったのだ。どうしても、男心をくすぐるデザインであったから。全く今関係無いのに。
颯佐はハンドルを握りながら、誇らしげに話し始めた。
「二代目SW20型。MR-2っていうんだ。あの某有名な車の会社が出してる奴。ハルハルお察しの通りかなり値段は高いね。でも、乗るならこれ! って決めてたから、無理して買っちゃった。夢だったんだぁ。MR-2乗り回すの。勿論、色は白一択だったね。それでね、MR-2のいいところは……」
「あーわかった、わかった。その話はまた今度聞かせてくれ。お前の乗り物愛はよく分かったから」
そう俺が、長くなりそうな説明を遮ると、颯佐は不機嫌になったものの、それ以上は喋らなかった。ただ、運転するスピードが少し上がった気がした。
そんな会話をしていると、神津がふと何かに気づいたらしく、指差した。
「話の最中ごめんね、追っているくるまってあれ?」
と、神津が指さした先には黒い車が見えた。見る限りあれもスポーツカーのようにも見えるが、詳しくないため下手なことは言えない。
「そっ、トヨタGR86。かっけーの乗ってる! って滅茶苦茶テンション上がってる。あれにぶつかるの気が引けるんだけど。あー!でも、オレのMR-2も格好いいから!」
一人で盛り上がっている颯佐を横目で見つつ、今は正常な判断が出来ている高嶺に聞けば「間違いねえよ」と短く答えてくれた。
あの車にマフィアが乗っているらしく、人数は一人。何でも、取引現場を巡回中の警察官にみられ逃亡。パトカーで追ったが、上手くまかれパトカーは横転することになったのだと。そして、ちょうど近場を通っていた高嶺達に連絡が入り、追跡することになったのだとか。
だから、高嶺はそれ以上詳しいことは知らないらしい。何処へ逃げるのかも全く予想がつかない。
「だが、この高速道路って確か海岸沿いまでいくよな。港がある……そこで待ち合わせとかしてるんじゃねえか?」
「あり得るな。まあ、逃がす気はねえけど」
高嶺はそう言うとニヤリと笑った。
その隣でようやく興奮が収まった颯佐も笑っている。警察官の顔ではないと俺は頬を引きつらせることしか出来ない。
確かに、颯佐の運転技術を持ってすれば、どうにかなるかも知れない。だからこそ、犯人を追跡し追い詰めることがゲームのようでわくわくしているのだろう、この二人は。
(全く、子供だな……)
そう思いつつも、どうして呼び寄せたのかと疑問に思った。この二人であれば、犯人の車に追いつくことも簡単だろうし、何なら俺達を呼び出す理由が分からなかった。巻き込んでまで、俺達に助けを求めた理由は……
「まあ、オレのMR-2を見せたいってのも、ドラテクを披露したいのも勿論そういう私的な理由もあるけど、ハルハルの腕が必要になるかも知れないって思って。ほら、マフィアだし、何か武器持っていたら嫌じゃん。確実に、制圧できないといけない。警察学校で学んだでしょ?」
と、颯佐は笑った。
確かに、この二人だけではそういう面では不安がある。
だからといって、警察を辞めて警視庁から認められた拳銃保持者だとはいえ、この拳銃はよほどのことが無い限り使いたくなかった。もう、ただの探偵だ。と、俺は自分の腕を買われているのは分かっても、乗り気にも何もなれなかった。いけないことをしているような気がしてならない。
「保険だと思ってくれていいぞ、明智。無理強いはしねえ。俺達だけで犯人を捕まえてやるから」
「なら、春ちゃんと僕を巻き込まないでよ」
そう、神津は口を挟んだ。もっともな事だ。
けれど、あの二人に認められ頼られるのは悪くないと思う自分もいて、俺は結局最後まで付合うことを決めた。
高嶺の言うとおり俺は保険だ。
「じゃあ、そろそろ追いつかなきゃ。あまり離れられると、あれだからね!」
と、颯佐は思いっきりアクセルを踏んでタイヤを鳴らした。
神津も負けじと踏み込んで、車の隙間を縫って走って行く。吹き飛ばされないか、そっちの方が心配になる。そうして、急カーブをドリフトしながら曲がると、一気にスピードを上げて追いかけていく。神津は置いて行かれないように必死に食らいついていった。
暫く走っていると、目の前まで追っていた車が見えてきた。この調子なら追いつけるだろうと、余裕が生れたとき、窓が開きこちらに向かって何発か銃弾が発砲され、それらは、俺達の前を走っている車のタイヤに命中し、目の前で車が回転し、ガードレールに突っ込んだ。
「こりゃ、一筋縄ではいかねえな」
キキィーッと、キューブレーキをかけ、間一髪の所で避けると、後ろの車を気にしながら颯佐は高速道路上にある、バス停に停車する。神津も続いて、バイクを止めるとガードレールにぶつかった車をみて、運転手は無事かと目を細めた。幸い、クッションが働いて気を失っているだけのように思えたが、その後事故が起きた道路は見るに堪えないことになっていた。
「警察は、犯人の追跡より、国民の命優先だからね。オレ達はここに残らなきゃだ。応援が来るまで待つしか無いかなあ……取り逃がすことになっちゃいそうだけど、もともと管轄がいなきもするし」
と、颯佐は車の中からそう呟いた。ハンドルにトントンと指を当てて、苛立ちを隠し切れていない様子だった。
確かに、犯人の追跡よりも目の前の命だ。だが、それは……と俺は、ギュッと唇を噛んだ。確かにそうだ、それが大切だ。だが、犯人を取り逃すのも。と俺が迷っていれば、神津がバイクにまたがりエンジンを吹かした。
「そら君、犯人は僕達が追うよ。だから、ここで待ってて」
「はあ!? 神津、お前何言ってんだよ。俺達は指をくわえて待ってろってか!?」
そう神津の言葉に食いついたのは高嶺だった。彼は、先ほどまで犯人を捕まえられると思っていたために、その余裕やプライドが傷ついてその怒りを神津にぶつけているのだろう。だが、何かを察した颯佐は「いいの?」と珍しく、神津の方を向く。神津は、颯佐にだけわかるようなアイコンタクトをおくり、俺も乗るようにいった。
俺は取り敢えずバイクにまたがって、神津の腰にしがみつく。
「どうする気だ? 犯人を追ったとしてもまた被害者が……」
「まあ、かも知れないけど。でも、この先渋滞じゃん。ということはだよ?」
と、神津はフッと笑った。俺はようやく神津の意図が理解でき、「ああ、そういうことか」と返してやる。
そんな俺と神津、颯佐の会話が全く理解できていないような高嶺はまた文句を言いたそうに口を開いたが、それを颯佐が「ここで、待ってよ?ミオミオ」と制止する。
高嶺は大きく舌打ちを鳴らし、ガードレールにぶつかった車をみてくるといって発炎筒を持って走って行ってしまった。まあ、理解できずとも、どうにかなる。
そんな高嶺を見送りつつ、俺と神津はバイクを再発進させる。
事故が起きたせいで、前はがら空き状態ですぐに遠くに追っていた車が見えた。だが、その先には先ほど情報が出ていたとおり渋滞の赤色が見える。犯人の車は、追っ手が来ていないかと、車線変更を繰り返し、車の影に隠れながら前へ前へと移動していき、見失いそうだった。渋滞がこの先あると言うことで、だんだんと前の車はスピードを落としていく。このままでは、追いつけない。
「春ちゃん。大丈夫。追いつこうとしなくていい」
「……分かってるけど、もしじゃなかったとしたら?」
「僕を信じて。必ず、犯人の車は―――」
そう神津が言いかけた時、パッパーと前の方でけたたましいクラクションがいたるところで鳴りだした。
それを聞いて、神津は「ほらね」と全て読んだかのように声を上げる。
その直後、俺達の横を一台の黒い車が反対方向に駆け抜けていった。所謂逆走だ。
「春ちゃん、しっかり捕まっててね。あと、舌かまないように!」
「うお……ッ!」
神津がそう言ったかと思えば、ギュンっとブレーキを切って、犯人の車をにがさまいと猛スピードで追い始めた。そして、急カーブをドリフトして曲がり、前を走る車を追い越していく。俺達も逆走しているため、前の車とぶつからないかとヒヤリとしたが、そこはうまく避けてくれているようだ。
しっかりとした方向で進む車の運転手も、神津の運転テクニックには驚いたのか、目を丸くしているのが見えた。いや、逆走していることに驚いたのか。どっちでもいいが、神津も神津で颯佐に負けないほどのドライブテクニックを持っているようで、驚いた。
そうして、追っている車と迫ってくれば、また銃弾が飛んでくる。それを、神津はいとも簡単に避けて、車間距離をつめた。だが、つめすぎては今度こそ避けられないと悟ったのか、少しばかり速度を落とした。
「いいのか?」
「何が?」
「速度を落として……」
「そうだね、あの二人に花を持たせてあげなくちゃ。僕らはあくまで一般人だよ?」
と、悪戯っ子のように笑う神津をみていると何だか笑えてきてしまい「そうだな」と俺は返し、前を見た。
すると、あの白いMR-2が見え、颯佐が上手くハンドルを切り力尽くで犯人の車を止めた。凄い衝撃音とともに、追っていた黒い車は強制停車させられ、颯佐のMR-二の後方は酷く大破していた。
あれは、修理代がかかりそうだ。と、何処か白い目で俺はパトカーのサイレンの音を聞きながら思った。
「ひぐっ……うっ……オレのMR-2」
そう泣きべそかきながら、いや、完全に泣きながら大破したMR-2から出てきた颯佐は俺達の方へとよたよたと歩いてきた。かなりショックだったらしく、目が腫れている。
それでも、身を呈して犯人の車を止め、そして相棒である高嶺は上手く事故車とその道路の整備をしていたおかげもあって、誰も死なずに犯人を捕らえることが出来た。それは、誇っていいことなんじゃないかと、俺は颯佐の頭を撫でてやる。
「修理代、でるかな……」
「いや、それは分からねえけど……」
そんなことを話しながら、事件が解決したと笑い合っていると、あの車から犯人らしき人物が倒れるようにして、出てき、逃げるように走り出すのが見えた。逃げる場所なんてないのに、何処に逃げる気だと、反射的に追えば、その人物は懐から何かを取りだして、勢いよくピンらしきものを抜いた。
「春ちゃん、ダメ! 離れて!」
「……ッ!」
そんな神津の声が聞えた瞬間には、目の前で真っ黒な黒煙が上がり、そうして視界が真っ赤に染まった。