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「しっかしよく頑張るわね」
ほうきを握った手を止めながら、リュシオルはまあまあと何処か呆れたように、私の方を見ていた。
大変な調査から戻った私は、次のイベントであるリースの誕生日に備えダンスを教えて貰っていた。今は、自分の部屋で自主練習をしているが、教えてくれる先生も優しく教え上手なため踊るのが少し楽しくなってきた。勿論、運動は苦手だからステップを間違えたり、躓いて転んだりはしたけれど、それでも久しぶりに楽しいって打ち込めるものに出会えた気がしたのだ。
「調査大変だったらしいわね」
「うん……まあ、でもいろんな人に助けてもらったし。生きて帰って来れたんだから、生きてればよし!」
「……そういうもの? 私、聞いて心臓止るかと思ったわよ」
「大げさ~私悪運強いもん」
リュシオルは絶えず、心配そうな表情で私を見ていたけれど、私は無事に帰って来れたんだからそれでいいじゃんと強く言ってベッドの上に倒れた。
「こらっ、せっかく綺麗にしたのに」
「ベッドは汚くなるもんなんですー」
綺麗にして貰ったばかりのベッドにダイブして大の字に寝転がっていろと、上からリュシオルのお怒りボイスが飛んできて、私はそれも軽く受け流した。
私はあの調査のこと、思い出しただけでゾッとするから考えないようにしていたのだ。
生きて帰ってこられたから良い何て言ったけど、生きて帰って来れたのはまさに奇跡と言うべきか。
(リースが助けに来てくれなかったら私……きっと……)
リースは命がけで私を怪物の腹の中から助けてくれた。涙と言葉で表すことが出来ないぐらいに感情がぐっちゃぐちゃになったあの闇の中から私を探し出して、そうして助けてくれた。
リースは、少し気まずそうに私の過去を見たといったけれど、私がオタクになった理由もそれに固執する理由も、チケットを破った理由も納得したようで私に頭を下げてきた。私は、確かに彼と喧嘩した理由は彼が私のライブチケットを破ったからだったと言うことを思い出し、私自身も子供だったなと謝らなければと思った。しかし、そんな暇などなく彼はも土堤って閉まった。
もっと離したかったなあ何て思ったけど、彼の邪魔はしていけないと、そもそもに私に引き止める意思と勇気がなかったのもまた問題だった。
だから、今度、リースの誕生日で彼が望んだダンスのパートナーとしてふさわしい女になれるようにこうして、ダンスの練習をしているのだ。
「気、はってるのね」
「え?」
リュシオルはそうぽつりと呟くと、花瓶の花を差し替えた。オレンジの花がついた短い枝が白と金ぱくで彩られた花瓶によく映える。
私は、彼女の言葉が理解できずにベッドの上で体勢を変えて彼女の方を見た。
彼女は手を動かしながら話を続ける。
「何だか無理してるって感じ。貴方、何かあると自分を隠すように無理矢理笑顔作ったり、いつもやらないことしたりするんだもん。あの調査で何かあったの?」
「そ、そうなの?」
「そうよ。やっぱり気づいていなかったのね」
はあ……と大きな溜息を漏らしつつ、リュシオルはこちらを振向いた。
自分では気づかなかったが、長年一緒にいたリュシオルには私の知らない私の癖が分かっているようだった。
確かに、自分でもムキになってあれもやらなきゃ、コレもやってみなきゃと気持ちが先走っている気がした。いつもなら、大きな行事、例えば文化祭の終わりとかは熱もないのに学校を休んだりと自分に休暇を与えていた気がする。疲れたら動かないそれが私だった気がするのに、何故だか今回はあんなに大変な調査の後だったのにもかかわらず、ダンスの先生を招いてダンスの練習をしているのだ。勿論、リースの誕生日までに時間が無いというのはあるが。きっと、それだけではないのだろう。
「調査で何かあった……とくに、何も。でも、リースが助けてくれて、改めてリースっていい人だなって思った事かな。後、アルベドが何故か来ていて」
「そう……なら、きっとそれね」
「どれ?」
リュシオルはビシッと私に指さしたが、私は自分が口にしたどちらが私を動かしているのか分からず、リュシオルに答えを求めた。彼女は考えなさいとこちらを見ていたが、私は自分の癖が分からない上に、自分の考えも時々分からなくなるのにといってやれば、リュシオルは仕方ないというように口を開いた。
「リース殿下の……遥輝君の良さに気づいたんでしょ?だから、何か応えてあげたいって思ったんじゃない? 例えば、そう、この間申し込まれたダンスのパートナーの件とか」
「成る程」
「軽いわね」
私は、全て繋がったというようにポンと手を叩いた。
それを見てリュシオルは苦笑していたが、赤ちゃんが立ち上がった凄いと褒めるような目で私を見てにこりと笑った。やはり、彼女は私のことを小さい動物か子供に見えているらしい。
まあ、それは置いておいて、リュシオルに言われて確かにそうだと納得した。
(リースに何かしてあげたいって言うのはあった。あの調査で、リースの思いとか、かっこよさとか、付合っていた当時には見え無かったものが見えて、それで、私から彼に歩み寄りたいって思ったんだ……)
自分から何か行動を起こすことは難しいけど、ダンスのパートナーにと彼からの要望になら応えることが出来ると。
だから、疲れている身体にむち打って練習に励んでいるんだ。
「殿下に惚れちゃった~?」
「そ、そんなんじゃ……ない、と思うけど。でも、格好いいのは事実だし、優しいし、強いし……それに、それに」
リュシオルがまたからかってきたため、私は何か言い返してやろうと言葉を探していたが、どうにもこんがらがってしまい上手く言葉が出なかった。それにまだ、リースへの思いが自分でも分からないのだ。付合っていた当時分からなかったリースの良さが今になって分かるようになってきて、でも、恋愛感情を持って好きかと言われたら好きと応えられはしないだろう。
そもそも、恋愛の定義とは何なのか。恋に落ちるとは何なのかそこから教えて欲しいぐらいだ。
「じゃあ、アルベド・レイ公爵は?」
「何で、アルベドが出てくるのよ!」
「だって、貴方たち仲良いみたいだし。いつの間に仲良くなったのか気になっちゃって」
「別に、仲良くなんてない!」
アルベドの話をどこから引っ張ってきたのかリュシオルは彼と私の関係性について尋ねてきたが、別にやましいことも、男女の仲でもない。ただ、ちょっと仲がいい……話が通じる相手というだけだ。
(暗殺者に話が通じるってどういうことよってなるかもだけど……)
そう自分で思いつつ、完全に遊ばれていると感じた私は枕に突っ伏した。
今になって、足の痛みがじんじんと痛み出したからだ。
「足痛い」
「少し休みなさいよ。治癒魔法は自分にはかけられないんだから」
「分かってる」
リュシオルは、掃除を終えると私の元まで寄ってきて、優しく私の頭を撫でた。また、赤子をあやすような手つきでやられたことが少し笏だったが、リュシオルの温かい手に包まれて、そんな野蛮な気持ちも何処かにとんでいってしまった。
「寝れそう……」
「寝ないでよ。まだ昼間よ?」
「うーん、でも最近頑張ってたしー」
そんなことを言いながら、二人でじゃれていると、廊下の方からパタパタとせわしく誰かが走っている音が聞えた。それも一人ではなく複数で、階段を駆け下りる音が聞えた。
誰かが来たのだろうかとリュシオルと目を合わせていると、ふとドンドンと私達のいる部屋を叩く音が聞え、思わず私はリュシオルに飛びついてしまった。リュシオルも何かあったのではないかと、険しい表情になり、開けても良いかと私に尋ねてきた。
(リースが来たとかではなさそうなんだよね。何なんだろう……アルベド? でも、アルベドは聖女殿に来るまでに神殿があるからあまり来なさそうだし……)
全く何が起こっているのか理解できず、部屋の扉の前でリュシオルとメイドが話しているのを見ながら、ここからでは声が聞えないため彼女が帰ってくるまで待っていた。すると、リュシオルは血相を変えて私の方へ飛んできた。
「貴方、誰を攻略するか決めたの!?」
「え、何でいきなり」
帰ってくるなりリュシオルは私の肩を掴んで揺すった。ぐわんぐわんと頭が揺れて、彼女が結局何を言いたいか理解できずにいると、リュシオルは困ったことになったとでも言わんばかりに、ため息をついた。
「リュシオル一体何があったの?」
「……大変なことになった、それに尽きるわね」
「だから、何が!」
「兎に角、真偽を確かめるために下に降りるわよ!」
「わ、私も?」
ええ。とリュシオルは私を起き上がらせて、軽い身なりのチャックをしてから、私の手を引いて廊下を小走りで進んでいく。しっかりと靴が履けていないが為に、じくんと足首が痛んだが、リュシオルはそれに気づかないほど慌てているようで私からは何も言えなかった。
(何があったんだろ……いやな予感はするんだけど)
先ほどから、胸のざわめきが収まらず、軽い目眩と吐き気がこみ上げてきた。
(うぅ……何か良からぬ事が起きそうだとすぐに体調悪くなるのやめたい……)
心の中で弱い自分に文句を言いつつ、階段を降りると、そこには既に人だかりが出来ており、メイド達が何やら騒いでいるようだった。見慣れない騎士達もおり、コレはただ事ではないと私はリュシオルの手を離してその人だかりに突っ込もうとしたとき、ピタリとそこにいた人達の声と動きが止った。
そうして、私の方を向いて、何やらら困ったような表情を浮べる。
(……何か嫌な顔。私の顔に何かついているの……?)
彼らが私に向ける目はコレまでにも感じた疑いや軽蔑の目で、居心地が悪くなった。これまで一緒に暮らしてきたメイド達も私の方を見て何やら申し訳なさそうな顔をしている。
私は、その態度にもイラッとして口を開こうとすると、人だかりの中心から誰かがこちらに歩いてくる靴音が聞えた。床をカツカツとヒールで音を鳴らしながら、その音が近付くのと同時に、人だかりがパッと別れた。そうして、その中から現われた人物に私は目を見開いた。
黄金蜂蜜色の髪に、純白の瞳、何度も画面越しに見た少女がそこにはいたのだ。
「初めまして、エトワール様。挨拶に来ました。帝国の危機を救うため、召喚されました聖女のトワイライトと申します」
「……トワイライト」
にこりと花が咲くように微笑んだ彼女は、このゲームの世界の本物の聖女……ヒロインだった。