コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「お前詰め込みすぎなんじゃねえの?」
執務室で、俺の書類のチェックをしながらルーメンをぼそりと呟いた。
ちらりと窓の外を見て、晴れ晴れとした青空を何処か遠い目で見たルーメンはうんざりだとでも言うようにため息をついた。
災厄の調査の後、誕生日が近いらしいが俺は仕事に明け暮れていた。
と言うのも、父親とぶつかってしまったことにより、それらの鬱憤を晴らすために他事をしているという感じか。まだ提出期限やゆっくり解決していけばいい問題なども俺は片っ端からルーメンに持ってきて貰い、執務室に籠もって書類と睨み合っていた。
「聖女様言ってたじゃん、無理すんなって」
「ああ、知ってる」
「なら……はあ、もういい、もういい。お前は聞かないもんな」
「これでも、休んでいる方なんだが」
「何処が!?」
がばっと起き上がったルーメンは俺の方を睨み付けた。
俺は、ルーメンが俺に向かってぐちぐち言っていたがそれらを全て無視して仕事に戻る。
調査が終わり、アルベド・レイに皇宮まで転移させられた俺たちは、災厄によって人々が姿を変え化け物になるという現実を突きつけられた。仲間を失い悲しむものもいた。だが、それ以上に、エトワールへの不信感は強くなっていった。普段ならもう少し冷静に考えられる奴らだが、これも災厄の影響か。
闇魔法の家門であるアルベド・レイの登場によってさらに場も乱れた。
難しい顔をしていると、ルーメンは俺の方によってきて、紅茶の入ったカップを思いっきり机にぶつけた。ぽたりと跳ねた雫は机にシミを作っていた。
「おい、書類にシミが出来たらどうするんだ」
「その怖い顔やめろ。一緒にいるだけで空気が重い」
「なら、出て行け」
少しきつく言ったが、ルーメンははあ……と大きな溜息を漏らして首を横に振った。
「無理すんなって言われただろ」
「無理じゃない」
「倒れたら、聖女様が心配してくれるかもな」
「……それなら倒れた方がいいだろ」
アホか。とルーメンは突っ込んで、俺を指さした。そんな前世と変わらない彼が可笑しくて、俺は笑ってしまった。笑えば、何を笑ってるんだと追撃され、俺は可笑しくて仕方がなかった。
確かに、書類仕事をしてばかりではいけないだろう。剣の腕も鈍るし。身体に良くない。俺はそう思って立ち上がり、ルーメンの方を見た。彼はツンとした表情で俺を見ていたが、すぐに砕けた笑みを浮べた。
「お前が倒れて心配するのは聖女様だけじゃないんだからな」
「誰が心配するんだ?」
「俺だよ。何で気づかねえんだよ! この馬鹿、アホ!」
「怒り方が小学生みたいだぞ。それに、皇族を侮辱した罪で補佐官失脚どころか牢獄行きになるかも知れない」
「……冗談に聞えない」
「冗談だ」
俺は、そう言って口の端をあげた。
此奴といると飽きないと、先ほど彼が見ていた窓の外を見た。呆れるほど青い空に大きな白い雲が悠々と漂っており、平和の二文字を連想させた。それと同時に、自分の心に影が差すようで、俺は目をそらした。
「どうした? 皇帝と言い争いになったことか?」
「ああ、まあそうだな」
「貴族らも交えて災厄に対してのこれからの対処法について話し合ってたまでは良かったが、お前が皇帝と二人きりで話をしたいって言ったから一時はどうなることかと。それで、そこで何かあったのか?」
と、ルーメンは心配そうに俺を見てきた。
調査の次の日、早朝から帝国に大きな利益をもたらし、皇帝の配下にある貴族達を交え調査の報告と、災厄の対処法についての話し合いが行われた。途中まではルーメンも参加しており、皇帝の……父親の言葉に反発するばかりの俺をおさめてくれたのも彼だった。彼がいなければ俺の首が飛んでいただろう。
それぐらい胸くそ悪い話し合いだった。
調査の結果をありのまま伝えれば、貴族達の顔は一瞬にして曇った。光魔法のものですら例外なく、負の感情に飲まれ感情が暴走すれば醜い怪物になると言うこと、そして、ヘウンデウン教は、俺たちが思う以上に厄介で大きな組織と言うこと。この二つを報告し終えると、貴族達は焦りを顔に浮べ、皇帝に対処法を急がねばという声を上げた。
「聖女がいないのでは、このままでは災厄に飲まれてしまいます。一刻も早く、聖女の召喚を」
「聖女ならいるだろう」
「聖女殿に住まう少女のことですか? あれは、聖女ではありません。伝説上の聖女と何一つ容姿がちがいます」
「だが、彼女は魔力を持っている。それは、魔道騎士団の時期団長のブライト・ブリリアント卿も大神官も認めている」
俺がエトワールを庇うように反論すれば、貴族達は忌々しそうに俺を見た。そして、俺にその怒りを焦りをぶつけられないからと言ってエトワールのことを悪く言い出した。勿論、それを父親は咎めたりはしなかった。父親もまた、エトワールのことを聖女として認定していなかったようだ。
確かに、伝説上の聖女とは似ても似つかないだろう。だが、それだけで聖女ではないと決めつけるのはどうかと思った。現に召喚が失敗したわけでも、召喚術を間違えたわけでもない。そうして、召喚されたのがエトワールだったのだから、彼女は聖女と言うほかないだろう。
しかし、災厄の影響も重なって、視野が狭くなっているのか、心が狭くなっているのか貴族達は話を聞かなかった。
「認めているかも知れませんが、彼女は何一つ帝国に利益をもたらしていないじゃないですか。それどころか、災厄の進行は早くなっている。このままではあと一年持つかどうか」
「そんなにもエトワールを排除したいのか」
「……皇太子殿下は、今回の調査で彼女に危険な目に遭わされたじゃないですか。お忘れですか!」
「そうです、皇太子殿下考え直して下さい。貴方は彼女によって死ぬ寸前だったじゃないですか。運良く生きて帰ってこられたから良いものの」
「黙れ。俺を治癒したのは彼女だ」
そう俺が怒鳴れば、わらわらとエトワールの悪口を言っていた貴族達は黙った。しかし、それまで口を重く閉ざしていた皇帝が重い腰を上げた。
「息子よ。冷静になっていないのは貴様だ」
「皇帝陛下、お言葉ですが私は正常です」
「いいや、貴様はあの偽物が現われて以降可笑しくなった。常に偽物のことばかり考え、周りが見えなくなっている。聞けば、怪物に食われた偽物を助けにいったそうじゃないか。あのまま、食われていれば我々が処分しなくてすんだものの」
「何だと」
父親の言葉に、堪忍袋の緒が切れた。俺は今すぐにでも剣を抜き、父親の首を切ろうと腰に下げていた剣の柄を握った。そこで、止めに入ってくれたのがルーメンだった。
「抑えて下さい、殿下」
「ルーメン」
「……抑えろ、遥輝。今不利なのはお前だ」
「…………」
ルーメンに止められていなければ、きっと暴れていただろうと、俺はこんなにも感情的な人間だったのかと自分の愚かさを知らしめられた感じだった。冷静になれと父親の言葉が頭を巡る。
言われた通り、俺はエトワールが関わると周りが見えなくなる。それは事実だった。
「陛下、処分とはどういうことでしょうか?」
「そのままの意味だ、貴族達は皆賛成しているからな、今日にでも聖女の召喚の儀をしようと思う」
「私がいない間に、勝手に決めたんですか?」
「反対するのは貴様だけだろう。それと、偽物とか……」
「……ッ」
言い返す言葉もでなかった。
場の空気は冷えかたまり、貴族達も何も言い出せないというように俺と父親の会話を聞いていた。俺は、このまま貴族達の前で醜態をさらし続ければ、自分が皇帝となった時ついてくるものはいないだろうと、これから先のことを考え、皇帝に提案した。
「分かりました。ですが、理由と現聖女、エトワールの事について聞きたいことがあります。報告と話し合いは以上なら、皇帝陛下、貴方と二人で話す機会を下さい」
「よかろう」
直接二人きりで話す約束を取り付け、その場は丸く収まった。そこまでは、ルーメンも知っていることだ。
「それで、二人きりで何を話したんだよ」
「エトワールの事だ。皇帝はやはり、エトワールのことを聖女として認めていないようだった。きっと、これからもその考えは変わらないだろう」
「……儀式は?」
「まだ執り行っている最中だ」
「何故止めなかった?」
「……俺が、止められるとでも?」
「違う、そうじゃない。お前、儀式の……召喚の儀式を執り行うことに賛成しただろうっていってるんだ」
ルーメンは話をひとしきり聞き終えると、そう反論した。
何故、彼が、俺が儀式を執り行うことに対して賛成したかを知っているのか、また気づいたのか不思議だったが、それよりも彼が怒っている理由が分からなかった。
「何故、怒る? 確かに、エトワールは聖女とは認められないかも知れないが、聖女殿に置き続けて貰えるらしいし、命に関わることは――――」
「お前、この世界がゲームの世界だってこと忘れたか?」
「……いや、忘れるはずはない」
俺は、エトワールの好きなゲームのキャラで……そう思い出していると、ルーメンは苦々しい表情を浮べて、髪をむしった。苛立った彼を見て、どうかしたのかと聞こうとする前に口を開いた。
「知らないだろ、エトワールの立ち位置。ゲームでの」
「あ、ああ……」
「それで、本物の聖女様は召喚されたのか?」
「そう、だな……もう少しで召喚されるらしいからな。顔を見せに行かなければならないかも知れない、気は乗らないが」
そう俺が言うと、ルーメンは先ほどよりも大きなため息をついて、手遅れだというように俺を見た。
「本物の聖女、このゲームのヒロインが召喚されたってことは、エトワールは本来の立ち位置に戻るだろうな。エトワールの本来の立ち位置は、悪役だ。このゲームの世界のラスボスって言えば分かるだろ」
「……ツ」
「悪役に待っているのは死だ。分かるか、お前は彼女を守ったんじゃなくて、彼女の死亡フラグを立てたんだよ」
俺は、ルーメンの言葉をきき、返す言葉が見つからなかった。それどころか、一気に目の前が真っ暗になり、何も考えられなくなってしまった。
胸に抱いたのは大きな絶望だった。
(俺が、エトワールを?)