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尊いなあ、本当に🥹
わあー🫣🫣さいこうっ!🤍🧡
遠くの方で犬の遠吠えが聞こえるくらいに更けた夜の屋敷の中、長い廊下をラウールの手に引かれて歩く。暗闇に慣れ始めた目でその背中を見つめる。
初めて会った頃は、あんなに華奢で可愛らしかった子が、今じゃこんなに大きくなって、広い背中で俺を引っ張ってくれるようになったことに、少しの感慨深さを抱く。
誰にも気付かれないように息を潜めて、足音さえも立てないように玄関まで向かう。
緊張感がザワザワと背中を駆け巡っていく感覚にたまらなくなるけど、多分、このゾクゾクする感じは、みんなには内緒で屋敷から抜け出す、という理由だけではないんだろうな、なんて思う。
足の長いこの子の速度に着いていくのは少し大変で、俺の足は自然と忙しくなる。
いつだって俺のそばから離れなくて、出会いたての頃はなんでもかんでも教えて教えてって言っていたのに、今じゃ俺の方がラウールにリードされっぱなしだ。
「ラウっ、早いて…!」
「僕、一週間も我慢したんだよ?早く行きたい」
「せやけど、ゆっくり歩かな、音鳴ってまう…」
声を殺して二人、廊下の真ん中で触れ合う。
ギラっと光るラウールの目に射抜かれれば、俺の全部は、もうラウのもの。
人も町も木も花も、全てが寝静まった黄金色の月の下で、ラウールが背中を曲げて俺に口付ける。触れるだけの唇は熱っぽくて、この後に待っている甘い時間が俺の頭を掠めれば、体は勝手に溶けていく。
「今日は、とびっきり甘くて溶けちゃうくらいの、してあげる」
「…っ、はよいこ…」
「きゃは、かぁいい」
俺が何を求めているのか、ちゃんとわかっていると言うように、ラウールは愉しそうに目を細めて、俺の耳元近く、吐息を混ぜた声で内緒話をする。
全身がきゅぅぅと甘く痺れて、少しの羞恥と期待でじっとしていられなくなった俺は、もう一度ラウールの手を握って、先を急いだ。
もう少しで玄関に辿り着く。
もう何回もこうやって夜な夜なラウールとこっそり屋敷を抜け出しているけど、いつだって、靴を履くまではソワソワしてしまう。
音を立てないように靴を履いて、俺よりも先に玄関へ降り立ったラウールが差し伸べている手を取ると、不意に後ろから声を掛けられた。
「だれかいるの?」
「んひゃ!?」
喉まで出かかったように感じた心臓が、体から飛び出てしまわないように、自分の口を全力で塞いだ。
バクバクと鳴り止まない鼓動をなんとか鎮めようと、ゆっくりと呼吸をしながら後ろを振り返れば、そこには小さな男の子がいた。
「しょっぴー…驚かさんとってぇな…」
「なんだ、しょっぴーか。びっくりしたぁ」
「こうじ?らうーる?」
俺たちの声を聞いて、ここに誰がいるのかを察したその子、しょっぴーは眠そうに目を擦っていた。
…まずい。めちゃめちゃまずいで。
今一番遭遇したらあかん子と会うてしもうた。
案の定、しょっぴーは、俺たちが【今一番聞かれたくないこと】第一位の質問を投げ掛けた。
「どこいくの?今まっくらだよ?」
「え、えぇっと…ちと小腹空いたからコンビニ行こかな思うて…」
「そっ、 そうそう!」
「康二、ご飯作れるのに買いに行くの?無駄遣いって阿部ちゃんに怒られるよ」
「うぐっ……」
なんでこの子こんなに賢いん…。
どないしよ…。
やからって、ホンマはどこに行こうとしとるかなんか、しょっぴーにだけは口が裂けても言われへん…。
…今からラウールとラブホテル行く言うん、そんなん絶対に言われへん。
「ねぇ、どこいくの?すぐ帰ってくる?」
どう言い逃れようかと頭をフル回転させていると、しょっぴーがまた俺たちに問い掛ける。その声が寂しそうで、その目が不安そうで、俺は思わず息を呑んだ。
重ねているのかもしれない。
この子が、どんな思いで前に住んでいた家で夜を過ごしていたのか、どんな気持ちで親が自分を置いて家を出ていく姿を見ていたのか、深いところまではわからない。
それでも、今、この子の不安げな顔を見れば、それがどれだけ怖くて辛かったか、どのくらい悲しくて寂しかったか、痛いくらいに伝わってきた。
俺は、廊下の床に膝をついてしょっぴーを抱き締めた。
小さくて丸く、形の良い頭を何度も撫でた。
大丈夫、大丈夫って、少しでもしょっぴーに伝わるように。
ラウールも同じように膝を曲げて、俺ごとしょっぴーを抱き締めた。
「しょっぴー、俺ら、どこにも行かへん。すぐ帰ってくる。」
「ほんと?」
「うん、ほんとだよ。」
「明日もご飯作ってくれる?勉強教えてくれる?」
「おん、また明日の朝から夜まで、めっちゃうまいごはん作ったる。ええ子で待っててくれたしょっぴーには、特別におかずたくさん付けたるで?」
「明日は、たくさん漢字教えてあげる。それから、工作もしよう」
「こうさく?なにするの?」
「それは明日になってからのお楽しみ!すっごく楽しい時間にしようね」
「わかった。待ってる。」
「戻れるか?部屋まで一緒に行こか?」
「ううん。いい。涼太一人にしたくないからもう戻る」
「ほな、また明日な。おやすみ」
「うん、おやすみ」
あの子がこの家に来てからというもの、ただの一言も聞いたことがない。
寂しいとか、辛いとか、悲しいとか。
そういう気持ちをどこかに捨ててしまわないと壊れてしまうと、きっと、しょっぴーの心はあの子を守ったのだろう。
だが、そういう気持ちだって、人間にとって大切な感情なんだ。寂しがり屋の俺は、自分の泣き虫な性格に悩んだこともあったけど、それも含めて俺なんだと気付けてから、自分のことがもっと好きになった。
あんな良い子に、人としての大事な心を一つ捨てさせた人たちに、抑えきれないほどの怒りが込み上げる。同時に、しょっぴーのあの目を思い出すと、やるせない切なさで胸がいっぱいになった。
慰めるようにラウールが俺を抱き締めてくれる。
大きな手が何度も俺の背中を上下する。温かくて目が潤む。
「ぐすっ…らう……あないなつらいこと、、ほかになんもあらへん…っ」
「うん、僕もそう思うよ。」
「いっぱい愛したる…っ、俺らでしょっぴーを大事にするんや…ずびっ」
「うん、うん。そうだね。……康二くん」
「すんっ…なんや…?」
「服に鼻水つけないで…」
「……………すまん。」
ずっとズビズビと鼻を鳴らす俺を見て、ラウールは「今日はもう寝よっか」と言った。一度泣いてしまうとなかなか気持ちを切り替えられない、そんな俺のナイーブさも受け止めて尊重してくれるラウールの優しさが温かかった。
玄関まで進めた足を180度回転させて、俺たちは屋敷の中へ戻った。
二人で俺の部屋へ入ると、ラウールが布団を敷いてくれる。
「康二くんが眠れるまでそばにいてあげる」
と言ってくれたラウールは、俺を布団に寝かし付けて、ずっと頭を撫でてくれた。
その心地良さに、少し腫れて熱を持った瞼がだんだんと閉じていく。
「おやすみ、康二くん」
意識が途切れる直前、ラウールの優しい声が鼓膜を伝っていく。
ぽってりとした唇の感触を額に感じて、俺の眠りは深く深く沈んでいった。
翌朝目を覚ますと、昨晩そばにいてくれたラウールの姿は無かった。
時計を確認すると、早朝の四時半。
俺としては、この時間は早すぎることはないし、むしろいつも通りだ。
朝から八人分の朝食と坊の離乳食を作るのは、なかなかに時間がかかる。
それに、“月”の子達のお弁当も同時に作っていくとなると、このくらいの時間に起きるくらいが丁度良いのだ。
“月”の子達の現場は、早くて九時から始まるから、八時ごろ出掛けていく照兄に大きな弁当箱を持っていってもらっている。
「大変だろうし、俺らどっかでご飯買って食べるから大丈夫だよ?」と照兄に言われたことがあったけど、誰かが作ったものが一番あったかいからと俺はできるだけ毎日、お弁当を作るようにしている。
誰かに用を頼まれて、俺たちが暮らす屋敷まで荷物を持ってきてくれたり、照兄の代わりに買い出しをしてきてくれたりする“月”の子が、玄関先で「今日の弁当も美味かったっす!」と言ってくれると、嬉しくて、大変だけど懲りずにまた作ってしまうのだ。
俺が眠ったあとで、ラウールは自分の部屋に戻ったようで、そーっと彼の部屋の襖を開けると、ラウールには小さいであろう布団から足を大幅にはみ出させて、大の字で気持ちよさそうに眠っていた。
「むにゃ…こぉじくん…しゅきぃ…」
寝言を言いながら、布団を抱き締めるその姿に年甲斐もなくときめきながら、俺は襖を閉めた。
俺たちが恋人同士になったその日、一つだけ約束を交わした。
そういう行為は絶対にこの屋敷ではしない、と。
単純に、誰かに聞かれたり覗かれたりしたら恥ずかしいからというのもあるが、ここは俺たちの家で、何より俺たちの職場でもあるのだ。
大切なみんなや、一生ついていくと誓った親父の前でできないことは、この屋敷の中ではしないようにしよう、と言った俺の言葉に、ラウールも大きく頷いてくれた。
恋愛の形は時代を経るごとに自由になっていくし、ここのメンバー内で恋愛を禁止されているわけでもないし、きっと重く考えすぎているところもあるかもしれない。
きっと、俺たちが付き合っていることをみんなに伝えたところで、驚かれはするとは思うが、反対はおろか、きっと誰もが「いいんじゃない?」と言うだろう。
それでも、これは一つ、けじめのようなものだから、ラウールがこの家で暮らし始めて一年後、めでたく付き合うようになって四年が経った今でも、この決め事を二人で大切に守っている。
そんな約束を交わしてから、坊が産まれて、しょっぴーがこの家で一緒に暮らすようになって、俺たちは以前よりももっと硬い純潔を無言で誓い合った。
教育に悪いどころの騒ぎではないだろう。
もし、しょっぴーや、もう少し成長した坊が、絶賛ラウールと営み中の俺の部屋に偶然入ってきてしまったらと思うと、それはもう、この世の終わりと同レベルの絶望感が襲いかかってきそうな気がした。
俺よりも幾つも若いラウールの我慢は、最低でも一週間が限界だそうで、俺たちは週に一回は昨日のようにみんなが寝静まった頃を見計らって屋敷を抜け出す。
だからきっと、先週からずっとお預け状態のラウールは、昨日とても我慢して、俺が寝たあとに自分の部屋に戻ったのだと思う。
どんなに自分が限界でも約束は守ってくれる、ラウールの俺に対するその真剣さが嬉しかった。
俺の仕事場である台所に立ち、割烹着を着て、頭巾を被る。
俺の長い一日がまた始まる。
卵焼きと、昨日少し余った煮物、ウインナーを焼いて、重箱に敷き詰めていく。漬物や肉団子なども入れて、今日はオーソドックスなお弁当にしてみた。大量のご飯を炊いて三十個ほどおにぎりにしていく。中身は、梅、おかか、鮭、しそ昆布の四種類にした。
足りんかったらなんか買って食ってくれ、、と思いながら準備をする。
料理を作っていると、食べてくれる大切な人たちの顔が浮かんできて幸せな気持ちになる。
昨日しょっぴーと約束した通り、しょっぴーのご飯のプレートにはみんなよりも三品ほど多くおかずを少量ずつ乗せた。
冷凍だけど、小さなアメリカンドッグがあったから、それを温めて、ケチャップをジグザグにかけていく。チーズオムレツと、ほうれん草のバターソテーをさくっと作り、シナモさんのお皿に乗せていく。このお皿は、いつだったか、非番の日にラウールと買い物に出かけた時に見つけたものだった。犬なのかうさぎなのか、どちらともつかない、つぶらな瞳のそのキャラクターを見て、ラウールが「しょっぴーに似てるね」と言った。
お土産に買っていくと、意外にもしょっぴーは気に入ってくれて、そのキャラクターの顔で型取られた平たいお皿に乗ったご飯をたくさん食べてくれた。
一歳四ヶ月になった坊用に、離乳食も作っていく。
俺たちよりかは薄めの味付けにした柔らかいお出汁の中に、小さく刻んだにんじんと大根、しっかりと火を通したふわふわの溶き卵が浮かぶ。
茹で上がったうどんを細かく切って、小さなお椀に盛り付けていく。
みんなの朝ごはんも簡単に作って、やり切った達成感にふぅっと息を吐くと、台所の入り口につけている暖簾が少し揺れた。
「おぉ、しょっぴー。おはようさん」
「おはよう」
「坊もおはようやでぇ!」
「ぇぅ!」
「朝ごはんできてるで!約束通り、しょっぴーにはおかず、めちゃめちゃ増やしたったで!」
「わ。いっぱい入ってる」
「シナモさんのお皿パンパンやなぁ。誰か起きとったら、運ぶの手伝って欲しいから呼んできてくれるか?」
「わかった」
しょっぴーは坊を抱っこしながら、とてとてと台所を出ていく。
少しほっとする。
昨日のことが、しょっぴーに辛い記憶を呼び起こさせてしまったのではないかと、そんな不安が目を覚ました後も消えなかったから。
いつも通りに見えるしょっぴーのその表情に、俺は安堵のため息を漏らした。しかし、抜け落ちてしまっているのかもしれないしょっぴーの感情に思いを馳せると、心にツキンと何かが刺さったような気がした。
俺の仕事は、料理を作る以外に、あといくつかある。
「こうじー、これ、首から下げられるようにしたい」
「康二、俺も」
「……へいへい。」
俺の部屋に急に入ってきためめとさっくんは、だらしなく顔を綻ばせながら、俺の目の前にピンクと黒のお守りをぶら下げた。
ツッコむ気もどこかへ行ってしまうほどに、目の前の等身大小学生二人はニコニコ、デレデレ、頭のてっぺんからつま先まで蕩けきっていた。
「全く、節操というものが無いのか…」と呆れるように二人を見やるが、そんな俺の視線にも気付かずに、二人して「ねぇ、初デートどこ行く?」なんて会話で盛り上がっていた。
気にしたら負けだと、何も聞いていないフリをして二人から預かったお守りに長い紐を縫い付けていく。
ここ数年、ずっとピリピリしていた阿部ちゃんは、昨日からずっと機嫌が良い。
昨日、阿部ちゃんとこの小学生二人が、ぎゅっと固まって一つの小さな布団で寝ていた現場に出くわして、この三人の間に起きたことについては大体察している。
まぁ、どちらかと言うと、好きならいい加減素直になれと、側から見ていたこちらとしては、いつまでも煮え切らない阿部ちゃんの態度にヤキモキしていたから、やっとくっついたか、と言った方が適当だろう。
しかし、どんなに嬉しい出来事だったとしても、節度は守って欲しいものだ。
しょっぴーが見て、ショックを受けでもしたらどうするんだと、昨日、三人には厳重注意をしたのだが、こいつらは全く聞いていなかったことが丸分かりなくらいに、昨日と同じように、始終でれぇっと顔を綻ばせていた。
「できたで」
「やったぁぁ!ありがと!」
「ありがと、康二」
「屋敷ん中でイチャつくんは程々にしときやー?」
「へいへーい!」
「努力はする」
俺が二人に言ったことは、おそらく、あと一分後に無駄になるだろうと思いながら、俺の部屋を出ていく二人を見送った。
カメラの手入れでもしようかと立ち上がると、地鳴りがするのではないかというくらいの大きな声が屋敷中に響き渡った。
「そういうのは、みんなが寝てからしてって…っ、言っただろこのばかぁぁっ!!」
「…三十秒も保たんかったな」
言わんこっちゃないが、あの二人なら仕方ないかとも思う。
今までと違うことといえば、阿部ちゃんの怒声の中に、少しの嬉しさがちゃんと混じっていること、言葉遣いも声も可愛くなったことくらいだろうか、なんて考えながら柔らかい布でカメラのレンズを拭き始めた。
晩御飯の支度も終わったところで、俺はカメラを持って屋敷中を歩き回る。
これも、俺の仕事の一つ。
家を空けがちで、なかなか俺たちや何よりも坊と過ごすことができない親父のために、みんなが日々どんなことをして暮らしているのか、記録に残していくのだ。
今日は、特訓に励むしょっぴーとさっくんとめめの姿、坊が両手をしょっぴーと繋ぎながらよちよちと歩く姿、三徹目のふっかさんのげっそりした顔、真剣な表情で筋トレをする照兄、ダンボールでロボットを作って遊びながら勉強するしょっぴーと阿部ちゃんとラウールの笑顔を撮った。
みんないつだって楽しそうに、幸せそうに、ひたむきに生きている。
この空間を守りたい。
俺は、喧嘩もできないし、土木仕事だってできない。お金の計算だって難しくてよく分からないし、この組をまとめ上げる要領の良さも無い。
だけど、みんなが笑顔になってくれる食卓を作ることはできる。
みんなの幸せな瞬間を記録することはできる。
縫い物も、洗濯物も、掃除も、家の中でできることなら、「なんでも任せとき」って、それだけは自信を持って言える。
夜ご飯を食べ終わって食器洗いを済ませたあと、居間に戻るとしょっぴーが坊の写真がたくさん入ったアルバムを見ていた。
「涼太、見て。涼太と俺がお風呂入ってる」
「んぶ」
「お風呂、楽しいよな」
「ぁい!」
「しょっぴー、どや?俺が撮った写真」
「みんな楽しそう。」
「せやろー!こうやってみんなのこと撮って、また親父に見せるんや。親父も寂しがっとるからな」
「組長も寂しいんだ」
「ぁ…」
言い方を間違えただろうか。
しょっぴーからしたら、帰ってこない親の気持ちなんて、知ったことじゃ無いかもしれない。しょっぴーの親が、親父とはまた別の人間だと分かっているとは思うが、親という存在一括りにしてしまえば、彼らの寂しさなんて、ふざけるなと一蹴したいものなのかもしれなかった。
内心やってしまったと焦る心でしょっぴーの顔を伺うように覗き込むと、意外にもしょっぴーは穏やかな顔をしていた。
「組長、喜んでくれたらいいね」
「…おん、せやな」
「俺、教えてあげる。組長が会えなかった時に涼太がなにしてたとか、どんなことできるようになったとか」
「…そうやな…っ、ぎょうさん教えたってな…ぐすっ…」
「康二、泣いてるの?」
「アホ、泣いてへんわ…っ、目ぇにゴミ入っただけや…」
この子はどこまでも優しくて、どこまでも強い子だ。
言葉も感情も、何もかもが欠けていたこの子が日々成長していく。この子の中が毎日尊いもので埋まっていく。この子の生活と未来を守ってあげたい。この子が大人になるまで、いや、大人になってからも、ずっとずっと見守っていたい、そう思った。
夜が更けてみんなが寝静まると、また、俺とラウールだけの時間が始まる。
昨日の今日で、ラウールの限界はMAXを悠に超えていて、目はギラギラというよりバキバキに近かった。
よくまぁ、俺なんかにそんなに欲情してくれるよなとも思うけれど、そのくらい求めてくれると感じるだけで、俺の体は素直に熱を帯びていくから、「阿部ちゃんたちのことそんな言われへんな」なんて考える。
性急なラウールの足取りに導かれるまま、屋敷の廊下を渡って、玄関で靴を履く。
静かに引き戸を少しだけ開けて、横向きで体を外に出す。
人一人がかろうじて出入りできる分だけ開けた戸をゆっくり閉めて、俺たちは少し駆け足で目的の場所まで向かった。
「明日は、土曜日であの子ら現場休みやから、ちょっとだけ朝寝坊できる」
大きなベッドの上で、伝わるか伝わらないか、ギリギリラインの誘い文句を吹っ掛ければ、ラウールは嬉しそうに笑って、何度も俺に口付けた。
耳から首筋を伝って、唇で体の輪郭をなぞられていく感覚にぞくっと背中が波立つ。甘い吐息を吐いてから、俺は自分の両腕をラウールの首に回した。
俺の一日は、まだまだ終わらない。
続