テラーノベル
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「……やっぱり、本物は輝きが違いますね」
月曜日の朝
給湯室で自分の左手を見つめ、私はそっと頬を緩めた。
週末、徹さんから贈られた本物の婚約指輪。
オフィスではまだ目立ちすぎるからと、チェーンに通してネックレスとして服の下に忍ばせている。
肌に触れる冷たいはずの金属が、今は何よりも私を温めてくれていた。
「あら、田中さん。なんだか今日は一段と顔色が艶やかね」
背後から声をかけてきたのは美佐子さんだった。
以前のようなトゲはなく、どこか面白がっているような、優しい視線。
「美佐子さん。……おかげさまで、週末はゆっくり休めました」
「そう。高橋君も、朝から浮かれた顔して資料を読み飛ばしてたわよ。……幸せそうで何よりだわ」
美佐子さんはそれだけ言うと、コーヒーを手に颯爽と去っていった。
社内の空気も、香織さんとの一件を経て
私たちを「最強の公認カップル」として受け入れてくれている。
(これ以上の幸せなんて、ないかもしれない……)
そう思っていた私に、昼休み、徹さんから一本の電話が入った。
「結衣、今いいかな。……実は、今日の夜、急なんだけど会ってほしい人がいるんだ」
徹さんの声は、いつになく緊張を含んで硬かった。
「会ってほしい人……?どなたですか?」
「……俺の、母親だよ。ちょうどこっちの方に用事で来てるらしくて、俺たちの話を聞きつけて『相手に会わせろ』って聞かないんだ」
心臓が跳ね上がった。
つい数日前に婚約したばかりで、まだ心の準備も
親御さんへの挨拶の段取りも全く考えていなかった。
「お、お母様…私、そんな、今の格好じゃ……!」
「大丈夫だよ、結衣は今のままで十分素敵だから。…ただ、うちの母さん、ちょっと個性的というか……一筋縄じゃいかないところがあってさ」
徹さんの言葉に、一気に不安が押し寄せる。
でも、徹さんの大切な家族。いつかは避けて通れない道だ。
私は覚悟を決めて、「分かりました」と答えた。
その日の夜。
徹さんに連れられて行ったのは、格式高い和食の料亭だった。
緊張で足が震える私を
徹さんは「俺がついてるから」と、廊下で一度だけ強く手を握って励ましてくれた。
仲居さんに案内された部屋の扉が開く。
そこに座っていたのは、背筋を真っ直ぐに伸ばし、着物を完璧に着こなした貴婦人だった。
「───お待たせ、母さん」
徹さんの声に、その女性……高橋静江さんはゆっくりと顔を上げた。
徹さんに似た鋭くも美しい瞳が、私を頭の先からつま先まで、値踏みするように射抜く。
「……あなたが、徹をたぶらかした『偽装彼女』さんかしら?」
静江さんの口から飛び出した、予想もしなかった言葉。
私たちは息を呑んだ。
秘密だったはずの「偽装」の始まりを、彼女は既に知っていたのだ。
「母さん、どうしてそれを……!」
「徹、私を誰だと思っているの?あなたの周りのことくらい、調べればすぐに分かるわ」
静江さんは扇子をパチンと閉じると、冷ややかな笑みを浮かべた。
「第一それを頼んだのは俺だ、人聞きの悪い事を言わないでくれ」
「なら今のも嘘の婚約なんじゃなくって?」
「今は違う、最初は嘘から始まったけど、今は本物の婚約者なんだ」
「嘘から始まった関係が、本物の愛に変わる…そんな小説のようなお話を、私が簡単に信じるとでも思っているのかしら?」
#ワンナイトラブ
おまる
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