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3 - 第3話 ゼラニウム

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2025年05月21日

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正直、自分が病気…奇病になってるとは信じ難かった。


病室に入ってきた2人と、全く見覚えのない1人。

その見覚えのない人を見た瞬間に、今まで感じたことがないほどの嫌悪感に襲われた。

それと同時に微かに感じたΩのフェロモン。


「きみ、誰?」


彼を見て、嫌悪を露わにしてしまった声をかけてしまった。

びくりと跳ねる肩。

ぺいんととしにがみくんは焦ったような悲しそうな顔をしていた。

その後ろに少しだけ離れて立つ、”トラゾー”という人物はこの世の終わりのような顔をしていた。


その表情をする理由も意味も分からない。

それに先生とぺいんとたちに聞いた話によれば、彼は俺の番らしい。


俄かには信じられない。


「クロノアさん、ホントにトラゾーのこと分かんないんですか…?」


「嘘ですよね…、だって、あなたたちは運命の…」


「しにがみさん、いいよ」


しにがみくんの言葉を遮ったのは彼だった。


「でも…!」


「大丈夫。俺は平気ですから」


努めて出そうとしたであろう明るい声は隠せないほど震えている。


「すみません。…やっぱ俺、先に外に出てますね」


見ているのも声を聞くのも嫌な感じがして、彼のその申し出は有り難かった。

静かに病室を出て行く彼にほっと息を吐く。


「トラゾーさんっ!…、……ぺいんとさん、僕あの人のとこ行きますから」


「うん、トラゾーのことよろしく、」


彼のあとを追うようにしてしにがみくんも病室を出て行った。


「ぺいんと、…ホントに彼が俺の運命の番なの」


静かになった病室。

面会用にと置かれた椅子に座るぺいんとは俯く。


「……えぇ、」


思い沈黙の後、そう消えそうな声で返事をした。


「…信じられないな、いくらぺいんとの言うことで「あなたは今、そういう病気になってるだけです」……そうだね、」


俺の言葉をかき消すようにして静かに通る声でそう言った。


詳しいことは何故か先生は教えてくれなかった。

言葉を濁されたからだ。


ただ、生活には支障がないのならわざわざ調べる必要性もない。


「クロノアさん、…俺らにできることはありますか」


それが指し示す意味を瞬時に理解する。


「……いや?特にないかな。俺もすぐ退院するし。…活動には迷惑かけないようにするから」


傷付いた顔をするぺいんとは俺を見ながら喋る。


「…クロノアさんも、トラゾーも、分別つけれる人って分かってるんでそこは心配してないですけど…」


言いたいことは分かるけど、俺はそれに受け入れることができない。


「俺が言いたいのは…「ぺいんとの言いたいことは分かるよ。でも、死ぬわけじゃない病気だし…彼には悪いかもしれないけど、ホントに無理なんだ。運命の番っていうのも信じられない。…俺だってこの変な感じの気持ち悪さに困ってるんだよ」……すみません…」


今度は俺が遮るようにして話す。

ぐっと唇を噛み締めるぺいんと。

小さく何かを呟いていたが、聞き取ることはできなかった。


「……クロノアさんを悪いとは思ってません。…ホントに仕方のないことだって、思ってます。誰も悪くない、けど、俺は諦めてほしくない、トラゾーのこと拒絶をしてほしくない…、嫌いにならないでください…」


「……」


「2人がどれだけの葛藤を経て番に至ったかを1番近くで見てきたのは俺としにがみです。…αの本能として何かを感じているから、あなたは困惑してるんでしょう」


外に出て行った彼の表情を思い出す。

記憶にないはずなのに、嫌なはずなのに、泣かせてしまったという微かに感じる罪悪感。

断定できない。

これがαの反応なのかどうかは。


「……それでも、無理だよ」


全く身に覚えのない彼のことを思い出すだけで頭が拒絶をする。


「…思い出すことはほぼ不可能と聞いてます」


「先生にはそう聞いた。治療法のことを”いちを”聞いてみたけど、首を横に振られただけだったよ。教えてくれなかった。…日常生活に問題がないかを聞いたらなんの支障もない、って言われたし…活動はしづらくなるかもだけどね」


ぺいんとは悔しそうな悲しげな顔をしてじっと俺を見つめた。

いつも明るくコロコロ変わる表情は今は暗い意味で変わるばかりしていた。


「……明日には退院なんですよね、また来ます。今日はゆっくり休んでください」


これ以上何を言っても堂々巡りになると判断したぺいんとは立ち上がった。


「うん、ありがとう」


しにがみくんたちの荷物を持って病室を出て行ったぺいんとから視線を外し、外を見つめる。


俺のことを見ていた緑の目。

色んな感情の混ざっていたそれを見ても、嫌悪を感じてしまう。

それなのに泣かせてはいけないと、どこかで訴えている自分もいた。

その矛盾した思いに吐き気がする。


「……トラゾー、ッ…」


その名前はやっぱり覚えがない。

名前を呼ぶのも体が拒否していた。


「……」


忘愛、その名の通り愛を忘れる。

愛する者を忘れてしまう病。

治療法は、分からない。


今の俺には”それ”を理解することはできない。


「…運命、ね」


α、β、Ω。

男女の他にある性。


同性同士だったり、異性同士であったり。

その繋がり方は様々である。


ただの番よりも更に強固な繋がりを持つのが”運命の番”。

俺にとって、彼は本来、最も大切にすべき相手なのだろう。


Ωは番が1人しか作れない。

一度、解消されたΩは二度と番を作ることができない。

そして、ひとりになったΩがどれだけつらく苦しい思いをして生きて行くのを知識としては知っている。


俺が彼と番関係を解消しない理由は、嫌なのだとしても、彼をそんな可哀想な目に合わせたくないという人として不憫に思っているところからきてるのかもしれない。

好きの反対は無関心だ。

俺に覚えがないにしても、活動仲間であるのは変わりない。

俺の感じるこれはただの同情なのだろう。


「…そんなことする、理由なんてないのにな」


嫌なら早く切ってしまって離れたほうがいいに決まってる。

Ωのそれが不快に思えていたのに、微かに感じた彼のものを嫌に思えなかった。

だからこそ、その相反する自分の感情が気持ち悪い。


唇を噛み締めた時のぺいんと。

あの時呟いた聞き取ることのできなかった言葉は誰に向けたものだったのだろうか。

あの表情は、誰か死んでしまうような顔だった。


もしかしたらぺいんとたちは、俺の罹っている奇病のことを先生から詳しく聞いてるのかもしれない。

俺は知ろうとは思わないが、それがぺいんとにあんな顔をさせていたのだろうか。


「はぁ…」


こんなに重苦しい気持ちになるのはいつぶりだろう。


すぐ退院することになるから持ってきていたものは少ない。

その為、暇つぶしにと購買で買った雑誌をパラパラと捲る。


「……」

何かに目を引くわけでもなく、機械的にパラパラとページを捲っていった。


ふとその中に一部、花の特集をしているところがあった。

花の名前はなんとなく聞いたことがあったけど、その花がそうであったとピンとこず、へぇと単調な声しか出なかった。


白と深紅のお祝い事に使われそうなその色味が何故か目に痛く思えて俺はそっと雑誌を閉じてしまった。






白…あなたの愛を信じない

深紅…憂鬱

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