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病室を出たトラゾーさんを追っていたら、廊下の隅っこに座り込む姿を見つけた。
「トラゾーさん…!」
あの時のトラゾーさんの顔。
崖下に突き落とされたかのような表情。
医者からクロノアさんの病名と症状、治療法を聞いた時に治療法のことを黙っていてほしいと言ったのは他でもないトラゾーさんだった。
「…しにがみさん、」
青白い顔。
絶望と悲しみに染まる顔。
「すみません、分かってても…ちょっと、…やっぱり受け入れ、られないなって…」
咄嗟に口元を押さえるトラゾーさん。
「っ、ゔ…」
僕は慌てて背中をさすった。
「だ、大丈夫ですか…?」
「…、…」
こくりと小さく頷いた為、手をそっと離す。
その時、口から手を離したトラゾーさんから、はらりと一枚の花びらが落ちた。
「?」
不思議に思ってそれを拾おうとしたら、すごい速さで手を握られ止められた。
「しにがみさん、触っちゃダメです」
「え、でも、ただの花びらですよ…?」
首を振るトラゾーさんが口を開く。
「……花吐き病って聞いたことありますか」
昔、うっすらと聞いたことのあるこれもまた厄介な奇病だ。
それとこの花びらに何の関係が、と考えていた。
だけど、瞬間で嫌な予想が頭をよぎる。
「……ま、さか…?」
この人はこんなタイミングで冗談を言うような人間ではない。
その予想は外れていてほしい。
なんの変哲もないただの花びらがたまたまトラゾーさんにくっついていただけであってほしかった。
「その、まさかです」
トラゾーさんはへらりと笑って落ちた花びらを拾った。
「そんなっ…で、でも…!トラゾーさんたちは…っ!」
ぐっと拾った花びらを握りしめたトラゾーさんはその手をポケットにしまう。
「…いいえ、今の俺はクロノアさんにとって見覚えのない嫌悪する赤の他人です」
「そんなのって…」
「どこで感染した人の花を触ったかは分かりませんが…発症したということは、…まぁ、そういうことです」
至って冷静に言おうとする姿を見て、どうして自分の中だけで消化しようとするのだと憤りを感じた。
「どうして、そんな冷静でいようとするんですか…」
「…クロノアさんの忘愛症候群は俺が死ななきゃ治らない。俺の花吐き病はクロノアさんと元通りにならない限りはおそらく治らない。……無理だからですよ。存在しない神様にどんなに願っても祈っても望んでも、治療法はそれしかない。…それに、仮に俺が死んだとして、そうすればクロノアさんは全てを思い出すでしょう。…自死したなんて聞いたら後を追ってきそうですし。……俺はそんなの望んでません。…大丈夫、俺は死にませんよ。…まぁ、花吐き病で下手しない限りは…ね?」
その表情は、今にも自ら命を手放そうとしてるようにしか見えない。
嘘の上手いこの人が、こんなにもすぐにバレるような嘘をつくほど取り繕えてないくらいに動揺しているのだ。
冷静を装おうと、ポケットに入れた手が震えているのがその証拠だ。
「……活動には迷惑かけないようにしますよ。やりたいことまだたくさんありますし、俺も大人ですからね」
手を取り出したトラゾーさんは僕を見つめる。
「トラゾーさん…!」
その力なく笑う目の前の人に、どう声をかけていいか分からない。
かける言葉も見つからない。
「…しにがみさん、俺喉渇いちゃった。下の購買で2人の分もなんか買ってきますね」
「あ、ちょっ…」
そう言ってさっさとエレベーターのある方へ行ってしまった。
追うことができなかった僕は伸ばした手を下ろすしかできなかった。
「2人って、僕とぺいんとさん?…病室には、戻る気ないってこと…?」
今のクロノアさんがトラゾーさんからの差し入れは受け取らないと分かっているから。
おそらく、病室でクロノアさんと話しているぺいんとさんも僕たちを呼び戻す気はないだろう。
「…どうして、」
2人の苦難と幸せを近くで見てきた僕たちだからこそ、どうしてこんな酷いことをするのだと、いない神様を呪った。
どうして幸せな人たちからそれを奪うのか。
何故、あの人たちを苦しめるのか。
もう、充分すぎるくらい苦しんで葛藤して悩み抜いて、僕たちに思わぬ形であれ打ち明けたトラゾーさんを傷付けるというのか。
「…クソ野郎」
自分に誓わせといて、自分が破りやがって。
何が神に誓ってだ。
その神がその人たちの幸せを奪うとか有り得ない。
結婚式で神父が神に誓わせる、死が二人を別つまで。
こんな形、誰も望んでない。
クロノアさんが忘愛症候群の診断をもらったのは昨日。
様子がおかしかったのは5日ほど前からだった。
トラゾーさんの花吐き病の花に触れたのはいつかは分からない。
発症したのは、クロノアさんが完全にトラゾーさんを忘れ嫌悪するようになってしまったからだ。
段々とトラゾーさんのことが分からなくなって拒絶するようになって、あまりにも様子が変だと思った僕たちがクロノアさんを連れてきたのだ。
「……」
平静を装うトラゾーさんは見るからに痩せていた。
病気のせいでもあるけど、精神的なものが大きいはずだ。
「…片想いの者が発症…治癒させるには両想いになるしかない。…両想いになったら白銀の百合を吐く」
なんと矛盾した病気に罹ってしまったのだろうか。
「僕はどちらか1人を取るなんてできない。日常組は4人でひとつなんだから」
誰1人だって欠けてはいけない。
絶対に抜け穴がある。
2人の罹る病気をどうにかしてやる。
無謀なことを成し遂げてきたのが僕たちなんだから。
「、クロノアさんの嘘つき」
泣かせないって約束したのに。
幸せにするって誓ったのに。
誰が悪いとかはない、けど。
お互いに幸せを手放そうとしている。
1人は病気のせいで。
1人は自らの意思で、自らの手で。
「絶対に、そうはさせてやらない」
思い通りになんてさせてやるものか。
ふと目の前に貼られたポスターが目に入る。
どうやらこの病院の中庭でバラ園が開催されるという掲示のようだった。
手描きのそれは患者が描いたものか、看護師によるものか分からない。
ただ、その明るい色と奇跡と言われる色を見て僕は決意を固めるのだった。
ライトオレンジ…絆
青…不可能を可能にする