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萩原なちち
「いつきくんの左側が空いてるじゃん!腕組み放題で幸せしかないんだけど」
「だいきくぅん、いつきくんにあんまりベタベタしないでぇ」
「いいじゃん。一週間も誰にも触れられなかったんだよ? こっちは人恋しくて死にかけてるの!」
「そっちでは苦労してないんじゃなかったの?」
うふふ、といつきくんが楽しそうに笑う。……あれは強がって言っただけで、好きな人にそんなこと言われるの、結構ショックなんだけど。俺だって、誰かれ構わず遊んでるわけじゃないんだからね。
「神社に行って煩悩を全部飛ばしてきたのに! いつきくんに会った瞬間、大復活しちゃった」
「はぁ!? やめてよ、俺のいつきくんをエロい目で見るの!」
「いや、無理でしょ。この人は歩くエロ本なんだから」
「なんだよそれ、人のこと猥褻物みたいに……」
結構ひどいことを言っているのに、いつきくんは大笑いしてくれている。
何を言っても穏やかに受け入れてくれる、この心の広さが本当に大好きなんだ。
焼肉屋に着いて、さっそくいつきくんの隣の席を奪い合ったけれど、結果は惨敗。
せめて真ん前に座ろうとしたら、りゅうせいが「そこに座らないで」って駄々をこねてくる。だったら俺を誘わなきゃいいじゃん。二人っきりで行けばいいでしょ。
「遅れましたぁ! とりあえず生二つくださぁい!」
しばらくしていっちゃんが凄まじい勢いで店に入ってきたと思ったら、そのままの勢いでビールを頼んでいて笑った。……ん? 二つ?
「こんばんわぁ、お疲れ様ですぅ」
「お疲れぇ」
「だいきくん、ちょっと詰めて。カレンちゃん、お隣どうぞ」
は!? なんでカレンちゃんがいるの?
りゅうせいもいつきくんも、当たり前みたいに受け入れているし……こいつら、また俺に黙って仕組んだな!
「だいきさん、お疲れ様ですぅ」
「……お疲れ様」
なんだよ、みんなして俺のリアクション観察しないでよ。
カレンちゃんって、マジで俺のことが好きなのかな? 初詣のときはそんな感じしなかったけど……いや、何度か探りを入れてきてたな。
というか、今まで全然接点なかったよね? もしかして、この俺の超ウルトラスーパーかっくいいビジュアルに惚れちゃったってわけ?
「じゃあ、もう一回乾杯!」
「仕事お疲れっしたー」
「今年もよろしくぅ」
ジョッキを掲げて乾杯。……変に意識しちゃって、隣が見られない。
「今日、カレンちゃんの着物びっくりしたぁ。めっちゃ似合ってて可愛かったよ」
「ありがとぉ。私も朝出勤したら、急に社長の奥さんに個室へ拉致されてびっくりしたぁ」
「ぶふっ……!」
久しぶりに聞いたカレンちゃん節に、ビールを吹き出しそうになった。
そうそう、ちょっと忘れかけていたけれど、この感じ。この予想外の角度から飛んでくる言葉に、俺はまたしても調子を狂わされていくんだ。
「だいき、大丈夫?」
「……だいきさん、これ」
自分のバッグに手を伸ばしかけてやめ、カレンちゃんが近くにあったお手拭きを差し出してくれる。待って、また思い出し笑いしそうなんだけど。
「……お尻拭き、出してくれるのかと思った」
「え、バレてました? 今、咄嗟の判断でお手拭きにしたんですけどぉ」
お手拭きで顔を隠しながら、くくくと笑い声を抑える。コソコソ話してくるあたり、お尻拭きを出すのを一応恥ずかしがってはいるらしい。
「しかも、これ見てください。会社に持ってきてるのは、ちょっとマイルドな動物の赤ちゃんイラストのやつなんです。でもおむつは履いてるっていう」
カバンからこっそり取り出して、俺にだけ見えるように見せてくれた。本当だ。初詣の時は、まんま実写の赤ちゃんがパッケージに載っていたやつだったのに。
「もうやめてよ、笑い死ぬ……っ」
腹を抱えて笑っていると、他の三人がニヤニヤしながら「どうしたの?」と聞いてくる。ダメだって。なんでカレンちゃんまで、ウケたのが嬉しそうにニヤニヤして俺を見てるのさ。
「なに? 想像以上に仲いいじゃん。妬くわぁ」
「あ~いっちゃん、ヤケ酒の深酔いは禁止だからね? 明日も仕事なんだから」
「それに、いっちゃん自然にカレンちゃんの隣に座ったけど、それおかしいからね? 彼女に怒られるよ」
「ほんっと、りゅうせいは彼女、彼女ってうるせぇなぁ。もう別れたんだから、ほっとけよ」
「え!? 別れたの!? いっちゃん!」
思わず立ち上がって、いっちゃんを凝視する。……けれど、なぜかみんな気まずそうにカレンちゃんの方を見ている。え、なんで? 今、見るべきなのは俺でしょ?
「……ちょっとクリスマスからギクシャクしてて。正月、俺の実家に一緒に行く予定だったんすけど、急に行けないって言われて。プロポーズする予定だったんすけどねぇ……」
「え、プロポーズ? いっちゃんって、男の子と付き合ってるんだと思ってた」
「え、なんで? バリバリ女の子ですけど」
りゅうせいが不思議そうな顔をしている。俺もいっちゃんが女の子にしか興味がないのは分かっていたけれど、やっぱり世間的にはそう見えるのかな。
「まぁ、見た目が男の子と間違われても仕方ないっすよね」
いっちゃんがスマホを取り出して、彼女との写真を見せてくれた。いっちゃんより少しだけ背が低くて、ショートカット。メイクも控えめだ。百八十センチあるいっちゃんの隣でこれなら、彼女も百七十センチくらいはあるんだろうか。
「ファッションとか仕事とか、自分の信念を貫くめっちゃカッコいい子だったんすよ。だけどクリスマスに『私と仕事、どっちが大事?』って言われて……。覚悟を決めなきゃなってプロポーズを決めたんすけど、はぁ……」
ほら、やっぱりな。そうだと思った。
女の子って、結局みんな、そういう面倒くさいことを言い出すんだよ。
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