「――本当によく撮れてる写真。その才能だけ認めてあげるよ。お前もさ、僕とおんなじ側の人間だろ?」
「誉めてくれるのは嬉しいな。祈夜柚。でも、たいしたダメージなくて、がっかりかも。君はさ、別に芸能界に未練も何もないでしょ? 逆に、イメージダウンで、芸能界脱退できてラッキーとまで思ってるかも」
「……」
どうやって、僕のアドレスを聞き出しか知らないけれど、いつの間にかおくられてきた学園祭の時の写真。本当によく撮れてる、生々しい写真に僕は眉間に皺を寄せることしか出来なかった。こんなもの送り付けて何がしたいんだと。はじめは、脅しかと思った。芸能界にいられなくなるぞっていう脅し。でも、僕にとってそれは痛くも痒くもないことで、寧ろ好都合だった。けど、一つ不都合があるとするのなら、紡さんの将来のこと。この写真をばらまかれて、優しくて少し脆い紡さんが耐えられるのかって思ったこと、耐えられるわけがないよねって、僕は思ってこの場にきた。
こっちから、そのアドレスに場所指定して、一発殴ってやろうって考えた。
最近、紡さんの調子がおかしかったから……でも、これではっきりと分かった。その原因が、此奴だってこと。
(……同じ側の人間)
空っぽで、何かで満たそうとしている、何ものでもない人間。狂ってるとか、空っぽとか、まあそこは大差なくて、僕と瑞姫契っていう人間は似ていると思った。だから、気にくわないのかも知れない。
僕は生きていくの辛いよ、こんなにもあわない人間ばかりが周りにいるから。
漫画で成功している天才君も、真面目努力型天才君も、人間を引き出すことだけに長けたこの天才君も。全員嫌いだ。
「何がしたい?」
「単刀直入に聞くね。分かってるんじゃない? というか、聞いてない? レオ君から」
「何で、そこでレオ君が出てくるのさ」
「だって、僕とレオ君は幼馴染みだから。親友だし」
「お前と、レオ君が?」
そんな話……いや、聞いたことあった。というか、このアドレスのこと言った、いや見られたときレオ君に「契と知り合いなのか?」とも言われたから。あーあー、そういうこと、そこと繋がっているのか、なんて世間の狭さに落胆したほどだった。全然世界なんて広くないって突きつけられた気になって、僕は酷くいやだった。
けれど、幼馴染みで親友なのに、こうも違うのかと。逆にレオ君大丈夫かとすら思った。こんな奴と親友なんていやだろうと。
「そう。親友。あれだけ、僕がやらかしても、親友っていってくれるから親友なんじゃない?」
「……僕と同じこと、レオ君にしてたってこと」
「そうそう、そういうこと」
と、悪気なんて一切ないみたいに瑞姫契はいう。
本当に、レオ君が哀れになってくると、僕は心底思った。逆に、レオ君の心理状況は大丈夫なのかって、感情がないんじゃないかとすら思ってしまう。でも、僕と、同じような被害を受けていて平気なわけがないってそれは思った。
共通点。レオ君と僕の共通点といえば、感情が表に出ないことだろうか。
「人間の堕ちた顔を撮るのが趣味なんだって? だから、僕を今回のターゲットにしたと」
「そうだね。祈夜柚。あざと俳優。完璧すぎる演技は、その役を憑依させたようにも思える。プライベートシークレットボーイ。でも、本当の君は空っぽで、何に対しても興味がない。そんな君が、感情むき出しにして無様で滑稽で、それで美しい表情を見せてくれればって思ったんだけどね。残念。欲しい表情はそれじゃない」
「そのためだけに、紡さんを利用したっていうの」
「君も利用していたから、人のこと言えないよね」
瑞姫契の鋭い視線が刺さり、思わず、狼狽えてしまった。その通りだと、何でバレたの? って。
俺が、そんな感じで狼狽えていれば、パシャリと一枚首からさげていた一眼レフカメラで撮られてしまう。
「今のは良かったかも」
「前言撤回。狂ってるよ、お前」
「褒め言葉だよ。人間正常なフリをしているだけ、生きていく上で、何処か演技して嘘ついて、自分さえ騙してふさぎ込んでる。僕は、そのふさぎ込んでいるものを解放してあげているだけだから。悪いことしてないよ。それに、それで、僕の空っぽが満たされるんだから、一石二鳥だと思わない」
「思わない。全部いっしょにするな」
辛辣だなあ、なんて肩をすくめる瑞姫契。
何を言っても、此奴には届かないと、僕は、堪えていた拳が思わず飛び出そうになる。もう、殴っても良いんじゃないかって。芸能界に未練はないし、殴ってスッキリするなら……ああ、でも、警察に捕まったら、紡さん悲しむかなって頭の中よぎっていく紡さんの笑顔を見て、僕は飛び出してしまった拳に後悔を乗せた。
瑞姫契はにこりと笑ってカメラを構える。殴られてもいい、写真を撮れれば良いって、ほんと狂ってるよ。
僕は止らなかった、飛び出た拳は瑞姫契の顔面に向かって飛んでいく。そうして、このまま直撃する、と思ったところでパシンッと誰かに受け止められた。
「やめろ、祈夜」
「眞白レオ」
「タイミング、良すぎる。レオ君」
「助けたわけじゃないぞ。契」
「手、手ぇ、離せよ!」
僕の拳を受け止めたのは、あの真面目君。街灯に照らされて青く光る銀髪は、これでもかというくらい鬱陶しかった。びくともしない拳。捕まれて、引き抜くことも出来なくて、イライラが募っていく。
この際、二人まとめて殴ってやろうか……そう考えていると、こちらに向かって走ってくる足音が聞えた。
「瑞姫――ッ!」
そんな怒号とも捉えられる叫び声と共に、瑞姫契が何ものかによって右に吹き飛んでいった。それはもう、綺麗に。
「……は、はは、何」
「ゆず君!」
目の前で信じられない光景が広がって、呆然と立ち尽くしていれば、次は左から、体当たりするようにやってきた紡さんに僕は抱きしめられた。
タイミングが良すぎるって。
「紡さん……」
「ゆず君」
腕を緩く放せば、そこには泣きそうな紡さんの顔があって、僕は、彼を安心させるために、笑うしかなかった。
「大丈夫ですよ。紡さん。だから、泣かないで下さいよ」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!