「瑞姫――ッ!」
「ちょ、ちょっとあずゆみ君!?」
止める暇ものなく、夜の公園で、何やらもめているかたまっている、祈夜柚、眞白レオ、そして瑞姫契に向かって走っていったあずゆみ君は、ちぎり君の右頬にストレートをぶち込んだ。痛い音が響いたと共に、ゴムボールのようにちぎり君は、地面にたたきつけられながら、飛んでいく。人間ってそんな風に飛ぶんだ、なんてちっぽけな感想を抱きながら、ポカンとそれを傍観しているゆず君に俺は抱きついた。
「……は、はは、何」
「ゆず君!」
「紡さん……」
「ゆず君」
「大丈夫ですよ。紡さん。だから、泣かないで下さいよ」
抱きしめれば、何故か、こっちを安心させるような言葉をはくゆず君。大丈部下って聞きたいのは、こっちなのに、どうして、俺の心配何てするんだろうか。
俺が、ゆず君を抱きしめていれば、それをじっと凝視する、サファイアの瞳と目が合った。
「祈夜」
「見世物じゃないんだけど、レオ君。てか、どっちの味方なの」
「俺は……今回のこと、謝りに来た。お前の敵じゃない」
「どうだか」
「本当だ。祈夜」
ゆず君は、ポンと俺の胸板を叩いて、腕の中から抜けると、俺を庇うようにして前に立ち、眞白レオと対峙した。彼は、自分は敵じゃないといいながら、目を泳がせて、言葉を真剣に選んでいるようだった。
こうして、眞白レオを近くで見るのは二回目だと。
ゆず君と肩を並べる、ゆず君はまた違う天才。ゆず君が嫌う天才。
ちぎり君を吹っ飛ばした、あずゆみ君。レオ君の立場が悪くなるのは必然だった。
レオ君は、視線を泳がせつつ、倒れたちぎり君の方をちらりと見てから、顔を一掃した。キラリと光る、銀髪は、月明かりや街灯の光を帯びて青く光る。
「此奴の特殊性癖に巻き込まれたのはお前だけじゃない」
「知ってる」
「でも、許してしまった。あの時、俺ががつんと言っていればよかったのかも知れない。幼馴染みとして、親友として」
「此奴のこと親友だって思ってるの?」
「色々、助けてもらった。俺は、感情を表に出すのが苦手だからな。友達が少ない俺の数少ない親友だ」
と、レオ君は言うと、大きなため息をついた。
ゆず君はそれが気にくわないというように、レオ君に掴み掛かっていた。ここは、二人の問題だと、価値感のぶつかり合いを前にし、俺は視線を漂わせた。
その傍らで、ちぎり君の胸倉を掴んで、あずゆみ君がもう一発彼を殴ろうとしていた。俺は、ゆず君から離れて、あずゆみ君を制す。
「あ、あずゆみ君。それ以上殴ったら」
「……は、あはは。梓弓くん、最高。その表情!」
鼻を押さえながら、かくん、かくんといった感じに立ち上がったちぎり君は、恍惚の笑みを浮べていた。顔を赤く染め、息を荒くし、興奮した様子で、あずゆみ君を見つめる。狂っているとしかいいようのない、その表情に、俺は思わず鳥肌が立つ。
もしかしたら、今回の狙いは、俺じゃなくて、祈夜柚でも眞白レオでもなくて、鈴ヶ嶺梓弓だったのかも知れないと。はじめから、俺達は、ちぎり君の手のひらの上で転がされていたのかも知れない。あずゆみ君をここまで引っ張り出してくるために。
「はあ……本当に梓弓くんは最高だね」
「いい加減にしろよ、瑞姫。先輩がどれだけ……!」
「あずゆみ君、いいから」
「良くないです。此奴は、此奴の狙いは最初から俺だった」
と、あずゆみ君は全て分かっていたというように、叫んだ。
あれだけ、アピールされていれば、分かる、とあずゆみ君は鋭い目で俺に訴えかけてきた。だからこそ、その空色の瞳に、巻き込んでしまった罪悪感などが見えて、俺は止めることが出来なかったのだ。
色んなものが絡み合って、複雑化していたけれど、ちぎり君のやりたいことは一貫していたと。
ゆず君とレオ君、そして、あずゆみ君とちぎり君。交わる瞳は互いを敵視し、射殺さんとするばかりだった。
俺は入っていけない、そんな世界。この四人は、同じ高校出身で、それなり面識はあったのだろう。俺は蚊帳の外だ。
(高校時代、何があったかは知らないけれど……ここにいる全員ちぎり君の被害者なんだ)
ちぎり君の被害者って言うことは分かる。ゆず君もレオ君も、そして、現在進行形であずゆみ君も。ちぎり君は引っかけるだけ引っかけて、自分の欲を満たしている。後はどうなっても関係無いと。掲示板もそうだったから。写真を撮るだけ撮って、それで満足して、中退しようが、休学しようがどうでもいいって、興味なさげだったから。
「契もう、良いだろ。その辺にしておけ」
「レオ君、どっちの味方か分からないこと言うと、また祈夜柚に刺されるよ」
「……祈夜とさしあうのは、撮影の時だけだ」
そういうと、レオ君はちぎり君に手を差し伸べて、立ち上がらせる。ちぎり君の黒く塗られた爪が、なまめかしく見えた。ちぎり君は鼻を押さえつつ、俺達の方を振返って手を振った。
ご満悦、とでもいうように頬を赤らめて、あずゆみ君に熱烈な視線をおくるちぎり君。
「じゃあ、皆さん、今日はこの辺で。梓弓くんはまたね♡」
「……」
二度とあらわれんな、クソやろう! なんて、レオ君の肩を借りて歩いて行くちぎり君に向かって、ゆず君は今まで見せたことのない表情と、声で叫んでその場で大きな舌打ちをしていた。
これで、きっかり、俺とゆず君への執着はなくなっただろうって……なんか、そんな安堵感はあって、俺はその場に足をついた。
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