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なんで、笑うんだ。
俺は蛍太にそう言いたかった。
自分に包丁を向けて、どっちが犯罪者だとか聞いてきて、それで、なんで笑うんだ。
「蒼……」
珠奈が俺のシャツを小さく引っ張る。
「珠奈…」
不安そうな顔で俺をじっと見つめている。
珠奈は俺と同い年で、高校の時から付き合っている。
好きな食べ物も嫌いな食べ物も、趣味もよく知っている。
愛想が良くて、誰にでも好かれる。
人見知りもしないので、初対面の人とでも会話をすることができる。
そんな珠奈が、罪を犯しているはずがないんだ。
俺は、視線を蛍太に向ける。
そうだ、珠奈と出会ったとき”蛍太みたいだ”と思ったんだ。
蛍太も愛想は良いし、誰とでも仲良くなれる。
空気も読めるし、考えを肯定してくれるだけじゃなく、ダメなことはちゃんとダメだって言ってくれる。
こんな、優しさの塊みたいな蛍太が、誰かを殺すなんて想像できない。
「…珠奈も、蛍太も……犯罪者なわけないだろ」
俺がそう結論を出すと、蛍太は少しだけ悲しそうな顔をして見せた。
「そ、そうだよ!蛍太くんだって」
「珠奈ちゃんは黙ってて」
蛍太はそう言って刃先を珠奈に向けた。
「蛍太…!」
「蒼、君が決めるんだ。僕が死ぬか、珠奈ちゃんが死ぬか」
「なんで…どうしてそうなるんだよ。どっちが死ぬとか、そんな、なんで…」
理解できない。
「犯罪者なら、法で裁かれるべきだろ?」
「法で裁けるなら、ね」
俺は、息を飲む。
つまり、二人のうち、どちらかは法で裁けない罪を犯しているとでも言うのか。
そんな、まさか。
「わ、私は!なにも、なにもしてないよ!」
珠奈が大きな声で否定する。
その珠奈を見つめる蛍太の目は、いつになく冷ややかだった。
「蒼は気づいているんじゃない?どっちが犯罪者なのか」
「え…?」
「僕がこのミステリークイズを渡したとき、そして、ここに書かれた人物が次々死体となって見つかったとき、蒼はどう思った?」
俺を諭すように、蛍太はゆっくりと話す。
「まさか…蛍太くんが?」
珠奈は血の気の引いた顔で、蛍太を見つめる。
目の前にあるものだけを見れば、殺される人物や殺され方を知っている時点で犯人だと思わざるを得ないだろう。
(だけど……)
「蛍太が、こんなことをする意味が理解できない。どうして彼らを殺した?彼らが犯罪者だったから?そうだとしても殺す理由にはならないだろ?俺の知っている蛍太は…田中蛍太朗(たなか けいたろう)は、そんなことをする奴じゃない」
そういうと蛍太は少し驚いた顔をしてから、”ふっ”と笑みをこぼした。
「なんで笑うんだよ」
「嬉しくてね。蒼が、そう言ってくれて僕は嬉しい」
「じゃあ」
「でも、犯罪者はみんなそうだ。罪を犯しそうな人だけが罪を犯すわけじゃない。みんな、どこにでもいる普通の人が、罪を犯すんだ」
蛍太に言われて、俺は便箋に書かれた名前を見つめる。
(ああ、そうだ……)
彼らもきっと端から見たら”普通の人”だったのだろう。
それが、どこかで捻れて犯罪者になってしまった。
蛍太と珠奈のどちらかも、そうだと言いたいのだろうか。
蛍太は立ち上がり、珠奈に近づいたので俺は急いで、蛍太の前に立ちふさがる。
「蒼がどっちも選べないっていうのなら、僕が選ぶ」
「蛍太…やめるんだ。もうやめよう、こんなこと…」
さっきまであんなに楽しく話していたじゃないか。
「僕の選択は、珠奈、君の死だ」
「な、なんで!!なんで珠奈なんだ!?」
「じゃあ、僕が死ぬべき?」
「そう言ってるんじゃない!俺は…俺は!!珠奈も蛍太も死んでほしくないし!蛍太にも、人殺しになんかなってほしくないんだ!!」
「どうして彼女をかばうの?」
「愛してるんだからかばうに決まってるだろ!珠奈は俺の奥さんで、お腹には俺の子がいるんだから、父親として当然のことだろ!」
蛍太は、スッと目を細める。
「……彼女、浮気してるのに?」
「え?」
一瞬、部屋の中の時が止まる。
「な、なにを突然言うの!?」
沈黙を切り裂いたのは、珠奈の声だった。
「う、浮気なんかしてないわよ!!」
「証拠はあるよ」
そう言って蛍太は、ポケットから数枚の写真を取り出してテーブルの上に投げ置いた。
俺が横目でその写真を見ると、そこには若い金髪の男性と珠奈が腕を組んで歩いている姿が写っていた。
「これ、は…?」
喉の奥が締め付けられるように痛む。
「あ、蒼!見ないで!!」
他にも、楽しそうに食事をしているところやホテルに二人で入っていくところを撮影したものもあった。
(浮気?…珠奈が、そんな、まさか…)
「信じないで!こんなの、今の時代いくらでも作れるじゃない!!」
珠奈の悲鳴みたいな声が、耳の中でこだまする。
「そうだね。作ろうと思えば幾らでも作れる。じゃあ、待ってもいいよ。子供が産まれてくるまで。その子が正真正銘、蒼の子なら君を許そう」
「な、なにを偉そうに!!」
「否定しないんだ」
「っ!?」
「浮気相手の子じゃないって否定しないってことは、そういうことなんでしょ?」
「ち、違う!この子は蒼の子で!ね、ねぇ、蒼、信じてよ。こんな出処がわからない写真なんて信じないで!」
珠奈は俺にすがりついてくる。
「珠奈……」
「出処?僕がこの目で見たんだよ。二年前、君が蒼以外の男と並んで歩いている姿を」
「なに、を……」
「知り合いかな?とか見間違いかな?とか思ったんだけどね。探偵雇って調べさせたらこのザマだよ」
「蒼…私、浮気なんかしてない……」
珠奈の声が震え、その大きな目に涙を浮かべる。
そのさまを見て、蛍太は呆れたようにため息をこぼした。
俺は、一枚の写真を手に取る。
そこに写っている珠奈の服装は、少し前友人の真姫(まき)と食事に行ってくると言っていたときに着ていたものとまったく同じだった。
俺は顔を上げ、珠奈の目を見ると彼女はすぐに目をそらした。
「真姫と一緒に食事って言ってなかったっけ……」
「えっと…それは、別の日で…」
「じゃあ、その真姫って子に聞いてみようか?」
蛍太が嫌に明るい声で言うと、珠奈の顔は少しだけ引きつった。
「本当に、その日、食事に行ったのか…」
「そ、それは…」
「それとも、浮気相手の川口和也(かわぐち かずや)を連れて来ようか?」
「なっ!?」
「”早く旦那と別れろ”って言ってたから、呼べば喜んでくるんじゃない?」
「な、なんでそのことを」
そう言って、珠奈は慌てて己の手で口を塞いだ。
「あはっ墓穴を掘ったね」
蛍太は心底嬉しそうに言い放つ。
「違っ違う!」
「何が違うっていうんだ?蒼がいるのに他の男にうつつを抜かすなんて。蒼が忙しくて相手にしてくれないから、そのへんに転がってる適当な男に泣きついたのは君だろ?」
「うるさい!あんたに、あんたに何がわかるのよ!知ったような口聞かないで!ねぇ?蒼、蒼は私のこと信じてくれるでしょ?」
「蒼、その女のことを信じちゃダメだよ」
「ねぇ!蒼!」
二人が同時に俺の名前を呼んだ。
「信じる?…いったい、何を信じろっていうんだ…」
「蒼…」
「こんな写真見せられて、目を見て話してくれなくて、そうじゃないって否定ばかりして。俺は、俺は珠奈が好きで、珠奈も俺のこと好きだって思ってたのに」
「す、好きに決まってるじゃない」
「他の男と腕組んで歩いてたのに?」
蛍太が言うと、珠奈はギラリと睨みつけた。
「あんたは黙ってて!それに、何度も言うけどこんな写真、今ならいくらでも作れるでしょ!」
「蒼、この写真は」
「蛍太はちょっと黙ってて」
俺が言うと蛍太は開いていた口を閉じて、悲しそうな顔をした。
俺は、一つ大きく息を吐く。
「俺だって珠奈のこと信じたいし、お腹の中にいる子も自分の子だって思いたい。だから、真姫に電話して確認させてくれ、本当にあの日、二人で食事に行ったのか」
「あ、蒼…それは…」
目を逸らす珠奈を見て、俺はため息をこぼす。
「少しの間、一人にしてくれ…」
「蒼っ」
珠奈が俺の腕を掴もうとしたのを、反射的に振り払ってしまった。
珠奈は驚きの表情を浮かべたが、俺はすぐにその目を蛍太に向けた。
「…蛍太」
「なに?」
そこにいるのは、俺のよく知っている蛍太のはずなのに、今はその姿が歪んでみえた。
「”お前”がこんなことのために、あのクイズを用意したって言うのなら……俺は、”お前”を許せない」
「あ、蒼…?」
「もっと他のやり方があっただろ?違うか?」
蛍太は口を開いて何か言い返そうとしたが、言葉は出ず、口はゆっくりと閉じられた。
「それと、俺は”お前”が人を殺してないって信じたいけど、今はもう…その自信が無い」
「蒼……」
「だから、
俺が答えを出すまで珠奈には手を出さないでくれ」
「……わかった」
蛍太が大人しく手にした包丁をテーブルの上に置いたのを見て、俺は一人家を出た。
(ああ…何もかも…めちゃくちゃだ…)
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柘榴とAI

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羽海汐遠
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