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「いや、なんでもねーよ。


原田と話してて、誕生日の話になって。それで言ってみただけ」



「なんだぁ、びっくりしたー。


まぁ誕生日っていっても、もう私たちもいい歳だし、あんまり嬉しくはないよね」



「まーな。


でも……なにも予定がないなら、その日メシでも食いにいくか?」



「えっ……」



気を抜いたところだったのか、若菜の声が裏返った。



「い、いいの?」



「いいよ。なに食べたいか考えといて」



「う、うん。わかった」



若菜が頷いた横で、頭の中で原田のことがちらつく。



ちらついたら最後、原田の笑顔がどんどん頭をまわりはじめた。





あいつなら、若菜のことをちゃんと思って、若菜を幸せにしてやれるんだろうか。




若菜はいろんな男に好かれて、付き合って……そして振られて。



それを繰り返して、もうじき30歳になろうとしているけど、原田はあいつを大事にしてやれるやつだろうか。



そうかもしれない。



いや、そんな気がする。



でも……そう思っていたとしても、俺にも俺の心があった。



もうずっとずっと前から、若菜に彼氏がいないのなら、30歳の誕生日を祝う男は俺だけつもりだった。




若菜と約束していたわけでもないし、あいつの誕生日中に、若菜と1分でも会えたらいいか、くらいのものだったけど。



彼氏がいないのなら。



若菜が好きだと思うやつがいないのなら。




「おめでとう」と伝える男は、俺だけでいい。





それからとりとめのない話をしながら帰路についた。



今日の雨すごかったなとか、若菜が今日コンビニで買った弁当の話とか。



あいつの仕事のこともすこし聞いたりしながら、眠った街の中を歩く。



どちらも「誕生日」の話題は避けた。



こんな道端で、どちらも核心にふれるようなことをしたくなかった。



ただ「会う」という約束をしただけで、今は充分な気がした。




角をまがった先に、俺たちの家が見えてくる。



間には何年たってもかわらない空き地があって、ぽっかりとあいたそこから、春の終わりを告げるような夜風が渡ってきた。



いつものように、その空き地の前で「じゃーな」と言いかけた時、若菜の後ろにだれかの人影が見えた。



「あっ、おじさん」



その人がだれかわかると、思わず口をついて声が出た。







若菜が「えっ」と後ろを振り返ったと同時に、その人も俺たちに気づいた。



「若菜たちじゃないか。


こんな遅くにふたり一緒って、どこか出かけてたのか?」



若菜の親父さん―――おじさんは、仕事着のポロシャツ姿だ。



若菜の家は、もうすこし先でスポーツ用品店を営んでいて、この恰好だとおじさんは今仕事を終えて帰ってきたばかりなのだろう。



「ちがいます。


たまたま若菜と帰りに駅で一緒になって、今帰ってきたところで……」



「お父さん、今日もこんな遅くまで残ってるの?


もう日付変わってるよ」



俺の言葉をかぶせるように、若菜がおじさんに言う。



眉をひそめる若菜に、おじさんが呆れたように言った。



「そんなことを言って、お前だって湊くんと飲みに行ってたとかじゃないなら、仕事で残ってたとかなんだろ?」



「そ、そうだけど……」



若菜はいたいところをつかれたといったふうに、うろたえた。




「こんな時間まで女が仕事する、そっちのほうが俺は心配だよ。


ここ一週間は帰りが終電ばっかりって、母さん今朝言ってたぞ」



「そ、それは」



「そうなのか?」



そんなことさっき言ってなかったぞ。



眉間にしわを寄せて若菜に聞けば、若菜はさっと俺から目をそらす。



「仕事は遅いし、ここしばらくは男っ気もないし……。


なぁ湊くん。お友達にいい男がいたら、若菜に紹介してやってくれないか?


それとも、もし湊くんがいいと思うなら、若菜もらってやってくれないか?」



苦笑いで、冗談とも本気ともつかないことを言うおじさんに、若菜がたまらず声をあげた。



「も、もう!! お父さん!!」



俺が……俺たちが懸命に触れずにいようとしていることを、いともあっさり口にされてしまった。



いや……笑えないよ、その話。



おじさんの話に、俺はなんとか笑顔をつくるのにせいいっぱいだった。







「じ、じゃあね。ほら、お父さん帰るよ!」



若菜は無理やりおじさんの背中を押して、そそくさと家に入っていった。



ふたりがいなくなった途端に、どっと疲れが押し寄せてくる。



せっかく早あがりできたのに、今日はいつもよりずっと長い一日だった。



原田に会って、あいつの気持ちを聞いて。



若菜に会って、誕生日に会う約束をして。




ふたりのことを考えていると頭が痛くなってきて……今いろいろ考えるのはムリだと悟った俺は、部屋に帰ってベッドにダイブした。



疲れからあっという間に睡魔に襲われ、すぐに眠りに落ちる。



普段は飲みすぎた日に夢なんて見ない。



でもその日は何度も夢を見た気がして、眠りがとても浅かった。




翌朝アラームに起こされると、体中が重だるくて、喉がカラカラに乾いている。



顔をしかめたのは、体の不快感もあるけど、さっきまで見ていた夢がまだ頭に残っていたからだ。




夢の中で、若菜は誕生日で。



待ち合わせ場所にきたのは、俺じゃなくて原田で。



若菜は嬉しそうで、原田はもっと嬉しそうな顔をしていて。



ふたりで一緒にショッピングをして、食事をして……。



夢の中のふたりは、すでに恋人同士で、とても幸せそうで……。




「はっ、笑えねぇ夢……」



思わず酒やけたかすれた声で呟く。



こんな夢をはっきり覚えてるとか……マジで寝覚めが悪すぎる。



原田を出し抜いた罰か、と思いながら、よろよろと部屋を出てシャワーを浴びた。



頭が回りだしたら、きっと今の夢も忘れる。



そう思っていたのに、夢は焼き付いたフィルムのように鮮明で、忘れようとすればするほど、幸せそうなふたりの残像が濃くなっていくだけだった。











30歳になっても、ひとりなら。

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