テラーノベル
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「お前が、そんなこと思うはずないだろ……」
「嘘じゃねえ。俺は、そう言う嘘は嫌いだ。まあ、本音を言えば、魔法が効かないやつが敵だった場合、勝ち目がねえからっていうのは大半を占めてるな」
「……」
アルベドらしい答えではあった。でも、そこに、確かに優しさがあって、私はアルベドらしいな、とも思った。グランツは、それでも納得できないようで、首を横に振っている。でも、彼に助けられたのは事実なんじゃないかと。
「ヘウンデウン教に情報を流した王妃は、確かに反省していた、後悔もしていた。だからこそ、死を持って償おうとしていた。それを阻止したのは、王太子だ」
「兄が」
「そうだ。言っただろ。お前を疎ましく思っていたと。王太子のユニーク魔法は、何処の文書にも載っていなかった。探せばあったのかも知れねえけど、俺はそこまで探す余裕はあの時なかったわけだ。つーか、死んじまったんだ、別に関係ねえ」
「兄のユニーク魔法」
「どんなユニーク魔法であれ、お前の魔法にはかなわねえんだよ。じゃあどうするか。殺すしかないよな……っていう話だ」
「……」
アルベドはサラッととんでもないことを言った。自分が、弟に殺されかけた過去があるからこそ、それが普通でもおかしくないとでも言いたげに。心底怖いと思ったが、実際に体験している人からしたら、そうでもないのかも知れないと。同情は勿論できはしないけれど。
(王妃はグランツと心中を図って……でも、兄の方は?)
グランツの兄を、アルベドは殺したと言っていた。それは間違いないのだろう。でも、殺した理由がちゃんとあったというわけだ。記憶を書き換える前、殺さなければならないような理由があったと。
それでも、殺しが許されるわけじゃない。けれど、殺さなければグランツは今ここにいなかったと、そう思うと、何が正解なのか分からなくなってくる。その人の正解が、正解なのだろうけど、私には理解できなかった。
アルベドは、あまりにも人の命を軽く考えているから。きっと、ラヴァインだってそう。
「アルベド・レイ。貴方が、兄を殺した理由は何なのですか。俺を殺そうとしたから、殺した……理由は、本当にそれだけなんですか」
「そうだなあ。お前が殺されることに関しては心底どうでも良かった。殺戮と裏切りの中で生きてきた俺にとっては、日常茶飯事……だが、決定的にまずい状況だったんだよ。分かるだろ?俺がお前にかけた記憶を書き換える魔法よりもタブーとされている奴が」
「禁忌の魔法……まさか、兄は、俺を殺して、悪魔を?」
グランツの目が見開かれ、信じられないとでも言うようにアルベドの満月の瞳を見つめていた。アルベドの顔には感情がない。それが真実だと、紛れもない真実だと、彼に突きつけているようだった。
横を見れば、ブライトもこれには驚きだったようで、信じられない、と口を開いていた。
ラジエルダ王国は、元から腐っていたのかも知れないと、そんな疑惑が浮上したからだ。ラスター帝国の皇帝や、この世界の人の女神と聖女に対する考え方と同じくらいには、ラジエルダ王国も酷い。
(だって、自分の弟を殺して悪魔を召喚って……人の心ないの!?)
そんなことをグランツは知らずに育ったのだろう。愛されていない……疎ましく思われていたことすら、グランツは気づいていなかった。私、偽物聖女に対する分かりやすい当てつけ、嫌がらせとはまた違う、分からない陰湿な嫌がらせのようなものがラジエルダ王国にはあったのかも知れない。その中でグランツは育ったと。
もしかしたら、気づいていないだけで、何処か感じていて、それが今の彼の性格に繋がってしまっているんじゃないかと思った。
「確かに、兄は俺の事が嫌いだったと思います。周りの態度も……でもそれは、王太子と、第二王子だからという理由だと思っていました。元々、王位継承権は俺にはなかった。その座を俺が奪うこと何てないのに。兄は何を恐れて、俺を殺そうとしたんですか」
グランツは自分の考えをアルベドに伝えた。グランツの考えは、あながち間違いじゃないと思うのだが、アルベドの顔は浮かなかった。
「確かにな。周りから疎まれ、気味悪がられ、嫌われたユニーク魔法を持つお前が、王位継承権を得ることは出来なかっただろうな。ただ、国家なんてものは転覆しようと思うものがいて、力を持ち実行に移せば出来ないことは無い。国を新太に作り替える、革命は起こせるわけだ。そうしたら、王位継承権の話も、王族の話もどうでも良くなる。お前が、国を支配できる可能性だってあったわけだ」
「俺は、そんなこと考えもしなかった」
「だろうな。お前はそんなこと出来るような奴じゃねえ。そもそも、誰かに指示して貰わなきゃ動けない、指示待ち人間だ」
「……」
図星なのか、グランツは何も言えない。
私も、グランツが、第二王子、ということを知ってもすぐには受け入れられなかった。というか、そうは見えなかった。彼が高貴な身分であることをすぐに見抜けなかったのだ。知っている乙女ゲーム? だから分かるわけじゃない。そこまでの設定を知らなかったのも事実だし、初見で彼が第二王子であったとか見抜けないほどに、彼は平民、それか若しくは奴隷のような、地の底から這い上がってくる人間、というように見えたのだ。だから、恵まれていた……実際には恵まれていなかったのかも知れないが、そんな環境で育った人間には見えなかったのだ。
今は、ラジエルダ王国は滅ぼされて、その名前と島だけが残っている状況。そして、ラジエルダ王国の領土はラスター帝国の貴族が支配するかも知れないと、そんな話も出てきている。だから、グランツが、どうこうしたい、といっても簡単にはできないだろう。
「だが、人の心は醜くて、視野が狭い。自分の考えが正しいと、思い込む生き物だ。だからな、お前が自分の座を狙っているんじゃないか、自分に危害を加えるんじゃないか。そして、疎ましく、微笑ましく、憎たらしい。ユニーク魔法を持つお前に嫉妬した。お前を殺そうとする理由は十分だ」
「……そん、な」
「兄のこと信じてたのか?」
と、アルベドはグランツに最後の問いかけをした。グランツは、ハッと顔を上げて翡翠の瞳を揺らしていた。もう随分と昔のことだろう。グランツは、私や周りに対してもその身分を隠し、どちらかと言えば、貴族と平民の格差についてずっと怒りを、闇魔法の人間に対して殺意を抱いてきた人間だ。そこに、家族を殺されたとか、そういう思いがあったとするなら、信じていた、という回答になるのだろうが。
グランツはギュッと拳を握った後、大きく首を横に振った。
「信じているわけがない。俺は、愛されていなかったんでしょう。俺は……エトワール様を裏切ったときもそうだった。自分がよかれと思って、行動する。けれど、実際の所自分のことすら信じられない。何が正しくて、正しくないのかもはっきり出来ない、人間だ。アルベド・レイ」
グランツはそこで言葉を句切って、はっきりと言った。
「俺は、家族を信じていなかった」
「ふーん、そうか。だよなあ」
アルベドは、おかしそうに笑って、口元を手で覆った。
まあ、予想は出来ていたことだけど、攻略キャラ皆、人のことを信じられない人なんだなあ、と思った。いや、元から分かっていたことなのかも知れないけれど、あまりにも、人を信じず、受け入れない人間だと。
今となってはどうでもイイし、そんな人の心の中に私が入り込めていたんだと思うと、何だかそれは少し感動的な話である。アルベドもリースも、私のことを信じてくれると言った。人間不信の二人が言ってくれたのだから、そうなのだろう。
そして、グランツも。
少し視線を外し、グランツの方を見れば、彼の翡翠の瞳とぶつかった。彼の目には芯の通った何かがあった。
「アルベド・レイ、教えてくれてありがとうございます。俺は、貴方に救われたんですね……貴方が救ってくれなきゃ、俺は死んでいた」
「感謝の言葉はいらねえよ。悪魔が召喚され、お前の身体を乗っ取ったら……それこそ、誰も倒せなくなるだろうが。そのリスクを考えての行動だ」
「そうですね……貴方はそう言う人だ………………俺は、お前が嫌いだ。アルベド・レイ。それは、ずっと変わらない。過去がどうであれ、感謝はすれど、人間として好きになれない」
「そうかよ」
「殺意は簡単には消えないものだと思います。真実が分かっても、殺した人間が悪人であったとしても、幼き頃に見たあの血みどろの光景は俺の中から消えてくれない。泣き叫び死んでいった国民のことを忘れられない。貴方はそこにいたのだから。貴方は、その手で何人も殺したのだから。よかれと思って貴方は行動している。でも、俺はそれを否定したい。それでも俺は――」
グランツはぼそりと何かを呟いた。私には聞えなかったけど、アルベドはそれを聞いて、満月の瞳を見開き、プッと吹き出した。
「お前らしいな。グランツ・グロリアス」
アルベドは、満足そうに笑うと、ニッと白い歯を見せてグランツを優しい目で見つめていた。
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