テラーノベル
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「よし、戻るか」
「貴方の手当てが先です」
「大丈夫。琉月ちゃんが介抱してれば、それで治るから」
「もう……」
すっかりと何時もの調子だ。本来なら両者共に早急な治療が必要なのだが、一番重傷な時雨を琉月が肩を貸し、此処を後にする。それに続く雫に悠莉。
さしおり船に乗り込み、応急手当ては帰路の途中で。
――船に乗り込む際、ふと琉月が立ち止まり振り返った。
「琉月ちゃん?」
時雨も怪訝そうに釣られる。
“兄さん……どうか安らかに――”
「何でも無いです。さあ、行きましょう」
それはほんの僅かな。時雨には痛い程、琉月のそれが理解出来た。
“安心して見ててくれや……。琉月ちゃんは俺が守り、絶対に幸せにしてみせるからよ――”
「どうしたの~?」
立ち止まった二人に、悠莉が怪訝そうに声を掛けた。
「大丈夫。何でも無いのよ」
「ああ……何でもねぇ」
何処か哀しそうに微笑む二人に、悠莉はその意味に気付いた。
「そう……。あっ! 何かね、二人とも突然お似合いに見えちゃった~」
「そっ、そうだよなぁ!? やっぱりぃ――」
「ちょっ、ちょっと悠莉? いきなり何言い出すのよ」
悠莉としては二人を和ませる意味なのだが、時雨は当然とばかりに。そして琉月は慌てふためいた。
「結婚式にはちゃんと呼んでね~」
「おお勿論!」
「貴方は気が早過ぎですよ!」
それは過酷で、凄絶過ぎる闘いを生き延びた彼等の、一時の安寧だったのかもしれない。
「ふふ……」
雫はそんな彼等のやり取りに、微笑を浮かべた。
闘いは終わっても、自分達の裏に課せられた使命は終わる事は無い。それはこれからも決して。
それでも――せめて今だけは。
――今度こそ船に乗り込もうとする際、またしてもというか不意に雫が振り返った。
「――っ!?」
雫だけではない。全員が一斉に。
各々の視線は、一点に集中している。それは墓標となった巨大な氷へと。
気のせいだったのかも知れない。だが確かに全員が感じた。
「っ…………」
有り得ない筈なのに、人の気配が。そしてそれは悪い意味での。
「なっ――!?」
瞬間――氷全体に幾多もの線が走った。それと同時に亀裂が入り、巨大な氷は脆くも崩れ落ちていく。
「何で……だよ?」
「こんな事が……」
有り得ない光景に絶句するしかない。崩れ散っていく氷の中心点に立つのは――潰された筈のエンペラーだった。
“刀であの氷を……斬ったというの?”
とてつもない質量の氷――『コキュートス』を、刀で斬った事はもとより――
“それでも……無傷かよ!”
エンペラーは相も変わらず、穢れ一つ見当たらない無傷のままだった。
「嘘でしょ? そんな……こんな事って……」
「くそっ! 化けもんが……」
間違いなく直撃だった筈だ。最早説明もつかない――処の問題では無い。それはまるで悪夢の中にでも、さ迷い込んでしまったかのよう。
――闘いは終わっていなかったのだ。寧ろこれからとでも云うように、氷の冷笑を浮かべながらエンペラーは、彼等へとその矛先を向けた。
「いやぁ、本当に驚かされたよ。まさかレベルでこの私が上回られるとは、思いもよらなかった……。流石としか言い様が無いね、感服する以外無い」
怒り心頭と思われたエンペラーだったが、彼は素直に褒め称えながら、自身を――雫を認めた。
雫は皆を下がらせ、再度戦闘態勢を取る。
「フン……。ならば息絶えるまで“殺す”だけだ。今やお前等、俺の相手にはならん」
何故エンペラーがコキュートスの前に無事だったのかは気になるが、ここまで力の差が在れば、雫にとってエンペラー攻略は如何様にでもなる。
雫の掌には絶対零度が。今度こそ直接滅殺するつもりで。
「そうだろうね。今や君の力は、この今の私をも大きく超えてしまった。フフ……まさか“たかだか二十数年程度の生”でしかない君にね。これはある意味、屈辱とも言えるかな?」
エンペラーは力無く笑った。完全に自身が下を認めている。
“では何故、立ち上がったのか?”
それとも最早、エンペラーには闘う気は無いのか。仮に再度闘った処で、結果は火を見るより明らか。
「負け惜しみのつもりかそれは? お前らしくもない。まあ今更泣き言を言った所で、もう遅い。闘う気が無いなら、このまま殺すだけだ」
雫は容赦無かった。今更エンペラーに掛ける情けは無い。仮に敗北を認め、命乞いをした所で、雫は容赦無く止めを刺す事だろう。それ程に、彼はやり過ぎた。修復が効かぬ程に。
「フフ……そうじゃない。これは“最終試験”の必要が有るかなと」
後は止めを刺すのみ――なのだが、不意にエンペラーが発した意味深な言葉。
“最終試験?”
どういう意味なのだろうか。エンペラーはまだ闘う気でいるのか。
だがエンペラーからは、闘う気が全く感じられない。
しかし何だろうか。この嫌な予感は一体――
「最終試験だか何だか知らんが、お前の御託にこれ以上付き合っている暇は無い――死ね」
雫は意にも介さず、戦闘態勢すら取らないエンペラーへ向けて、止めの一撃を放った。
「――っ!?」
放とうとしたが、雫は急に動きを止める。それは何かに気付いて。
“何だ? この……”
雫だけではない。全員が感じ取っていた。
何かを悟ったように、ただ突っ立っているだけのエンペラーから感じられる、とてつもなく嫌な予感が。
「……くっ!」
雫は何故か――動かない。否、動けない。
突っ立っているだけのエンペラーに、止めの一撃を加えるのは容易な筈なのに――動けない。
それは本能が警告していた。
“絶対に手を出してはいけない”――と。
今更闘ってエンペラーに負ける道理は無い。だが何故か、動けばその瞬間に殺られる気がしたのだ。
「……賢いね」
心を――全てを見透かしたような、エンペラーの呟き。
「なっ……」
雫の瞳が驚愕に見開かれる。
確かに感じた。エンペラーから感じる嫌な予感、その真意の程に。
“奴はまだ何かを隠している――まだ見せていない何かが!”
エンペラーは無表情のまま、そっと呟いた――
「モードチェンジ。最終コード、解除――」
“展開――モード『インフィニティ』”
その瞬間、何かが外れるような、とても不快で――とても不吉な音が響く。
「何だ!?」
それは雫達が身に付けている、多岐制生体測定機『サーモ』からの、これまで聴いた事の無い解錠音だった。
************
※エルドアーク地下宮殿内にて――。
「ノクティス様。ユキが“大気圏内”にて、最終コードを解除するつもりですが……」
モニターにて闘いの行く末を見届けていた霸屡が、エンペラーの取った行動をノクティスへと進言していた。
その口調から感じられる危機感。明らかに深刻な状況を示唆している。
「ユキ……そうきたか」
これまで玉座に居座り、決して立ち上がろうとしなかったノクティスが――立ち上がった。
そしてモニターを見詰める。
「……人は神になろうとした。自分こそが神で在ると――神に取って代わる為に」
「…………」
ノクティスは呟く。心此所に非ず、という風に。
「そして人間の叡知は禁断の、神の領域に到達した。だがそれは傲りだった……」
ノクティスの語りを、霸屡はただ黙って傾けている。
「人間の欲望は――業は決して尽きる事も、終わる事も無い。それは留まる事を知らず、自ら神へと到達した人は、更に目指した」
ノクティスは突然、何を言い出したのか。凡そ闘いに関係が有るとは思えない――が、語りは続く。
「神を超えた存在を――。そして今、禁断の扉が開く……」
モニター内では変化が起こっていた。それは――
「……それにしても事態は深刻、そして一刻を争います。急ぎ“大気圏外”へと離脱した方が宜しいかと思いますが?」
モニターを見詰め続けるノクティスへ、凡そ信じ難いような提案を、霸屡は間隙を縫って進言した。
――大気圏外。つまり地球外へ。
一体何が起こるというのか。霸屡の口調から、それは冗談でも誇張でも無い事が伺える。ノクティスとは対称的に、明らかに霸屡は焦っていたからだ。
「まあ落ち着きなさい。それに……地球外へ逃げた所で、どうにもならないだろう?」
逆にノクティスは落ち着き払っている。そして再度、玉座へと腰を下ろした。
「これより宇宙の法則は乱れ――変わる」
頬杖を着いたまま、そんな耳を疑うような事を、ノクティスは平然と言い放った。寧ろ、何処か愉しそうに。
「し、しかし……」
「それに、ユキにはきっと何か考えがあっての事だよ。それを見届けてからでも、事は遅くない」
懸念し続ける霸屡を遮って、ノクティスは悠長に構える。
「本当に美しくも神々しいね……“神をも超越せし者”。ユキのこの姿を見る事になるのは、幾星霜振りだろうか。流石は私が惚れ込んだ、史上唯一の――」
ノクティスが燦々とした瞳で見詰めるモニター内。その一点に在るのは――エンペラーの姿、それのみ。
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